「大好きだ」


(あ、雨降ってきた)

パシパシと車窓に当たる雨粒。もう千葉に入ってる。総北高校の最寄り駅までもうすぐだ。まだ小雨だし、近くのコンビニでビニール傘でも買えばいい。

今日の部活、別に休みもらわなくてもよかったかもしれないな。

『次の停車駅は───』

車内アナウンスと共に席を立った。ここからまきの家にはどうやって行けばいいんだろう。事前に聞いておけばよかった。でもサプライズで行く方がいいかなあということで、まだ一切連絡していない。とりあえずコンビニコンビニ…




「……あ!?まき!?」
「よう」
「ようって…いつから!?」

改札を抜けて早足でコンビニまで向かった。その時前方に見えた玉虫色。声をかけるとやっぱりまきだった。傘をさしているからよかったものの、一体いつから待っていてくれたのか。

「連絡、してなかったのに」
「勘だよ勘。もうすぐ来るかなあって」
「そんな適当な…」
「てか、傘は?天気予報見てなかったのかよ」
「あー、見てない。いけるかなーって」
「朝から曇ってたショ…お前の方こそ適当だなァ」

苦笑いしながら傘の中に入れてくれたまき。お互い適当だなあって笑った。まきのそばは落ち着く。最近気が張っていたから余計そう感じるんだと思う。

俺より少しだけ背の高いまき。見上げると、優しい目とかち合った。雨の勢いが強くなった気がする。

「……まき」
「ん?」
「俺、まきのこと好きだよ」
「………」
「電車に乗ってきてさ、こんな長い距離を俺なんかの為にあんなに速く走ってきてくれたんだって、嬉しかった」
「………」
「でも、ごめん。まきと同じ好きにはなれない。ごめんなさい」

すごく逃げ出したくなった。目をそらしたくなった。声が震えて、自分でもちゃんと伝えられてるのかわからない。でもまきも一緒なんだ。自分の気持ちを伝えるのって、こんなに怖くて不安で勇気のいることなんだ。

まきは逃げなかった。だから俺も逃げない。本気でぶつかれば分かってくれるってぱちも言っていた。

「……クハッ!」
「!」
「そんな目で見られちゃ、強引になんか出来ねーっショ」
「まき…」
「わざわざ安くねえ金払ってここまで来てくれた。それだけで十分だ」
「…お金なんて大した問題じゃない。俺がしたくてしたことだ。聞いてくれてありがとう」
「礼言うのは俺の方ショ。この一週間、一生懸命考えてくれたんだろ?その期間だけでも独り占めできたんだって思っとくよ」
「………」
「…ありがとな、なまえ」
「…こっちこそ。好きになってくれてありがとう」

ありがとうの言い合いみたいになってる。つい笑ってしまうと、まきも笑ってくれた。

「…そんじゃあな。気ィつけて帰れよ」
「おう…えっ、ちょっと待てまき!傘!」
「家すぐそこなんショ。お前が使え」
「けど、」
「最後くらいかっこつけさせろよ」

俺に傘を押し付けて、立て掛けてあった自転車に乗っていってしまったまき。すぐそこなんてきっと嘘だ。なんでフラれた相手にそこまで出来るんだろう。感謝して、笑って、優しくして。

「……ありがとう、まき」

俺じゃない、もっと素敵な人を見つけて幸せになってほしい。そう強く思った。

(…まだ電車来ないだろうな)

ホームでのんびり待つか、と踵を返して駅へ向かった。その時雨の音に混じって聞こえた、車輪の滑る音。まさか、まきが戻ってきた?

「なまえ!!」
「!」

振り返ると同時に叫ばれた。荒々しく捲し立てられたそれは、まきの声じゃない。

「……やす…なんで…?」

支えのなくなった自転車は重力にしたがい地に倒れた。愛車のビアンキをそのままに、一歩一歩俺に近づいてくるのはやすだった。なんでここにいるんだ。俺なにも言ってないのに。どこに行くかも何をするかも。

ずぶ濡れになって、肩で息をして、ここまで走ってきたのか。

「…なんでここに」
「……お前が、いるからだろ」
「………」
「走りながら、いっぱい、考えてた。言いたいこと、とか、伝えたい、こととか」
「……お前…」
「…一週間、」
「え」
「一週間、話せなくて、顔も、まともに見れなくて、お前と離れて、すっげえ、寂しかった」
「!」
「嫌いだって、言われて、死にそうなくらい、辛かった」

途切れ途切れに紡がれるのは、やすの本音なのか。

「…頬っぺた、大丈夫?痛かった?痛かったよな?」
「……もう大丈夫だよ」
「…触ってもいい?」

小さくうなずくと、恐る恐る手が伸びてきた。まるで壊れないように優しく触る手つきがくすぐったい。

「……ゴメンネ」
「…いいよ、もう」
「傷付けたくなかった。ほんとに。大事に大事に、したかったのに」
「………」
「なのに、俺が一番、傷付けてた」
「…そんなことない」
「巻島に取られそうになって、お前に親友だって言われて、それでやっと気付いた。もう親友とか、幼馴染みとかじゃ嫌だって。それ以上がいいって。でもそれ言ったら、お前が離れると思って、お前を傷付けると思って、言えなかった」
「………」
「けど、結局俺自身が傷付きたくなかっただけなんだよな」

ハッ、て笑うやすの顔を見るのはとても久しぶりだった。

「お前は対抗心だって言ったけど、ちげーよ。ただのダッセェ嫉妬。巻島だけじゃない。東堂とか新開とか福ちゃんに同じことされても、絶対ぶちギレてた。俺のに触んなって」
「………」
「でもお前が言った通り、お前は俺の所有物でもなんでもない。ただの幼馴染みだ。だから、もう幼馴染みをやめる。もうそういう目で見れねえ。俺は巻島と一緒でお前が好きだ。けど巻島には負けねえ。お前が巻島を好きだっつっても関係ねえ。俺が無理だって、諦めるって思うまで絶対引かねえ。だから、覚悟しとけよ」

ああ、本気なんだな、と思った。前喧嘩した時よりも、真剣な顔で、真っ直ぐにそう言った。やす、お前は本当に…

「…本当に、勝手なやつだな」
「ウン、勝手だよ」
「言いたいこと全部言えて満足か」
「ウン」
「じゃあ俺も言わせてもらうよ。殴られたとこ、すっごく痛かった。ふざけんなって思った」
「ウン」
「理不尽にキレられて、本当に自分勝手な奴だと思った。今の話聞いてもそうだ。なんでそんなに自己チューなんだよお前」
「ウン」
「…でも俺も、嫌いってのは言い過ぎた。わかってると思うけど本心じゃない。けど、ついとはいえ、酷いこと言ったと思う」
「ウン」
「俺もこの一週間、やすと話せなくて寂しかった。最近は二人きりになるのが怖かったくらいなのに、いざ離れるとこんなに寂しいんだって思った。でもそれはこの一週間のことだけじゃない。やすが自転車始めてから、そう思うことが増えた」

あんなに荒んでたお前が、また少しずつ輝き始めた。とても嬉しかった。すごく喜んだ。けど、

「お前は、もう俺がいなくても大丈夫なんだって思った。仲間がいるから。俺よりも分かり合える仲間が出来たから。みんなのお陰でお前は変われた。俺の出る幕なんかなかった。そう思ったら、すごくやるせなくなって、寂しくなった」
「………」
「知らなかっただろ?そりゃそうだ、だって必死に隠してたから。笑って喜んで嬉しがって誤魔化した。お前が自分をダサいって言うなら、それは俺の方だ。お前なんかよりずっと前から、ずっと醜い嫉妬してた。よりによって仲間であるみんなに。ふくに。毎日毎日、どんな思いで部活に来てたか知ってるか?本当、こんなこと考えてる自分が嫌いで仕方なかった」

こんなに喋ったの、いつぶりだろう。ほとんど一方的に喋ってる。それでもやすは黙って聞いてくれた。

全部、寂しいからだと思ってた。でも違う。やすと一緒だ。やすを取られるのが嫌だったんだ。幼馴染みとか親友だからじゃない。

「まきのことは好きだ。他にも好きなやつはたくさんいる。でもお前のとは違う。お前だけは、他の誰にも渡したくないって思ってる。それくらい好きだ」
「………」
「俺は、多分、お前が思ってる以上に嫉妬深いんだと思う。そんな俺でも好きでいてくれるか?」
「……それ、まんま返すわ」
「!」
「オメーこそ俺のこと好きだっつーならそれなりの覚悟しとけよ、ボケナスが」
「っ、だからボケナスって…!」

言うな。そう言おうとしたけど、やすの口に塞がれてしまった。

「…もう俺だけのだってことでいいんだよなァ?」
「……お前こそ」
「嫌いだって言われても手離さねえから」
「それなら安心だ」
「あ?」
「これからは、もっとたくさん口喧嘩しよう。思ってること隠さずに全部言うようにしよう。だから、もしかしたらまた嫌いだって言ってしまうかもしれない」
「………」
「もし言ってしまったら…そうだな…ごめんの代わりに、たくさん好きだって言ってやる。それでいいだろ?」
「どんな口説き文句だよそれ」
「嫌か?」
「…いいヨォ、俺もたくさん言うから」

抱き締めてくる体は雨に濡れていて、必然的に俺もびしょ濡れになってしまった。でも嫌な気はしない。一瞬ヒヤリとしたあとに、じんわりやすの温もりが伝わってきたから。

「やす」
「なに」
「大好きだ」
「…俺もだよ、バァカ」

雨はいつの間にか止んでいた。








151218


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