「用がないと呼んではいけないのか?」


「やす」

たった二文字並べただけで、目の前の席の男はダルそうにこちらを振り返る。相変わらず歯茎剥き出しで俺を見つめるその目はやはりダルそうだった。ひどい顔だ。

「…んだヨ。まだ移動教室じゃねえだろ」
「ああ、そうだな。呼んでみただけだ」
「ハァ?つまんねえことしてんなよバァカ。用もねえのに呼ぶな」
「用がないと呼んではいけないのか?」
「ったりめえだろめんどくせえ」
「むう、今日のやすは冷たいな」

どうもまだ先ほどの授業での失態を気にしているらしい。部活のせいで意識が朦朧としていたのだろう。しかも昼食後だというのが重なってしまい、完全に寝に入ろうとしていた。そこへ見計らったかのように突然の教師からの指名。集中していなかったやすはもちろん答えられず、俺が助け船を出す前にこっぴどく怒られてしまったのだ。可哀想に。

ああ、ちなみのこのやすとは俺の幼馴染み、荒北靖友のことだ。目付きも口も顔も態度も悪いが、良いやつだぞ。

「…ひょっとしなくてもすっげえ失礼なこと考えてただろ、いま」
「なんのことだ?それよりやす、さっきは助けてやれずすまなかったな」
「っせ、謝られる方が逆にムカつく」
「名前も呼べない、謝ることもできない…じゃあ一体俺はどうすればいいんだ」
「ベプシ買ってきてヨ」
「おお!その手があったか任せろ!」

ベプシ一本で機嫌がよくなるとは単純なやつだ。仕方ない、部活が始まる前に買ってやるとしよう。今日の授業は残り二時間。それくらいは頑張れよと背中を小突くと、また「っせ」と返ってきた。冷たいやつだ。

「おーいなまえ…と、荒北も一緒だったか」
「ぱち」
「帰れ」
「んなっ、登場早々何を言う荒北!どうしたんだ一体、いつも以上に不細工だぞ」
「いやな聞いてくれぱち。実はさっきの授業でな」
「言ったら絶交なァなまえチャン」
「すまんぱち別に何もなかった」
「言葉で釣るなんてずるいぞ!!この卑怯者!!」
「何とでも言えそして帰れバァカ」
「チャイムが鳴ってしまうぞぱち。また放課後会おう」
「あっ、ちょっ、なんだよなまえまで!拗ねるぞ!?いいのか!?この山神東ど」

あ、チャイム鳴った。






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