「……謝られる理由がないな」


『悪い尽八、やっちまった』
『は!?』

隼人のその一言だけで体が動いたのは、事前に荒北と話すことを聞いていたからだろう。しかし聞けば話し合いがこじれたわけではなく、巻ちゃんが原因らしい。あの男、やる時はやるからな。さすが我が永遠のライバル巻島裕介。しかしタイミングが悪すぎた。荒北が暴走するのも無理はない。

現場に駆けつけた頃にはもう手遅れだった。地に伏せて荒北を睨み付けるなまえ。涙を流しながらなまえを見下げている荒北。

『お前なんか嫌いだ!』

その一言だけは阻止しなければいけなかったのに。

知っていたかなまえ。俺たちがお前を連れていく時、死にそうな顔でこっちを見ていた。自業自得とはいえ、さすがに憐れみを感じる。

荒北、お前の想いは本物だ。愚直すぎて目も当てられないほどにな。だがそれ故に、普段から不器用なお前とはミスマッチしている。あとほんの少しでいい。ほんの少し素直になれたら、変わっていたかもしれないのに。もうすべて手遅れだ。

(このままいけば、の話だが)







「いやはや、やってくれたな巻ちゃん」
『なんの話っショ』
「惚けても無駄だぞ。俺の情報網をなめてくれるな」
『……しゃーねえだろ、動かなきゃなんにも変わんねえショ。こっちはただでさえハンデが多いのに』
「ワッハッハ!いいぞその思いきりのよさ!さすが巻ちゃん!」

結局荒北は一週間の部活動停止処分を受けた。本来ならもう少し延びていたそうだが、なまえが内通したらしい。どこまでもお互いを大事にしているくせに、本当に不器用な奴らだと思う。

あれから三日。ようやく巻ちゃんとの電話でこの件について触れられた。さすがに当日に聞くことは出来なかったからな。

「それで、勝算はあるのか」
『……ねえよ、そんなもん』
「………」
『あったなら仕掛けたその時に、もう答え聞いてるっショ』
「…次、いつ会うんだ」
『今週の土曜日。もしOKなら千葉まで来てくれって言い逃げした』
「…そうか」

きっと、待つのだろうなお前は。たとえなまえが来なくても。ずっとずっと、待つのだろうな。

巻ちゃんの想いも荒北に負けないくらい強い。それに荒北に比べれば何倍も大人だ。誠実な男だ。あいつと上手くいけば、きっとなまえは救われる。人並みの幸せを得られる。いまの状況よりもはるかに楽しく過ごせる。

でも、それだけだ。

『やれることは全部やった。あとはあいつの気持ち次第ショ』
「そうだな…良い報告を待ってる」
『ああ……東堂、』
「む?なんだ」
『……悪ィな』
「……謝られる理由がないな」
『クッハ、そうかよ』
「そうだよ…っと、すまんね巻ちゃん。客が来た」
『おう、じゃーな』

電話を切り、ノック音のしたドアを見つめる。

「…すまないぱち、俺だ」
「…気にするな。入れ、なまえ」

控えめに入ってきたのはなまえだった。荒北に殴られた頬はまだ少し赤いものの、腫れは引いている。

「どうした、こんな時間に」
「…さっきの電話、まきか」
「ああ、そうだ」
「………」
「…もう隠している意味もないから言うが、俺はずっと巻ちゃんの気持ちを知っていた」
「!」
「だから言える。あいつは本気でお前に惚れているぞ、なまえ」

そう言うと、困ったように眉を寄せて、顔を反らした。

「……なあ、ぱち、俺…」
「告げる相手を間違えているぞなまえ」
「え、」
「俺にではなく本人に言ってやれ。お前が本気でぶつかれば、わかってくれる。伝わる。大丈夫だ」

本気でいくなら、どれを選んでも後悔はしない。だから大丈夫だ。自分を信じろ。

頭をポンと撫でてやると、その視線がまた俺に向けられた。

「……ありがとう、ぱち」
「なんだ?礼を言われるほどのことはしておらん」
「そんなことない。いつもお前やしん達に助けられてる。本当にありがとう」
「………」
「…ぱち?」
「…なんでもない。気にするな、ワッハッハ!」

そうだ、その笑顔が見たかった。それが見れるなら俺はいくらでも自分を殺そう。

「ずっとそうやって笑っていろ、なまえ」
「笑う?」
「辛気臭い顔をしていては幸せが逃げる。笑え!この俺のように!」
「……難しそうだが頑張るよ」

そう言って、またにへらと笑ったなまえ。もう大丈夫そうだな、こいつは。

巻ちゃんもなまえも覚悟を決めた。あとはお前だけだ。なまえとお前が本当の意味で幸せになるためには、お前がどうするかにかかってる。もう時間はない。待っているだけではなにも変わらないぞ、荒北。







151217


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