(嫌いだって、言ってしまった)


「……やす?」

寮に戻ろうと入り口の方へ振り返ると、すごい形相でこちらへ走ってくるやすがいた。ここから見ても怒っているのかどうかもわからない、無表情に近い顔。それが余計に怖い。こっちに向かってきてるのか?

「おい、やす…っ」

どうしようかと悩みつつ、ついに目の前にまでやってきたやすに恐る恐る声を掛けると、すごい力で腕を掴まれ引きずられるように寮へと連れていかれた。驚いて声も出ない。

よく見るとお前、裸足じゃないか。どういうことだ。そんなに慌てて俺を探していたのか?それにしたってどうして外にいるって分かったんだ?外に出てきたのはついさっきだったのに。

うそだ。まさかそんなはずない。そう思っても嫌な予感が拭えないのは何故だろう。

「いっ…!」
「どーゆーことォ?」
「なに、が」

ガンッと下駄箱に押し付けられた。強打した背中が悲鳴をあげる。痛みに顔を歪めても、やすの表情や態度は変わらない。嫌でもわかる。いま、すごい怒ってる。

「何してたんだ、あんなとこで」
「!」
「だぁいすきな巻島とヨォ!」

嫌な予感が的中した。全部見られてたんだ、やすに。

「よくもまあ堂々とあんなところで出来るよなぁ、神経疑うぜ」

反論できない。だって本当のことだ。これが男女であれば世間でも成立する場面だが、俺もまきも歴とした男。周りからは異端に見えても不思議じゃない。

「キメーんだよ男同士で!バァカ!」
「っ、」
「好きだっつって迫られたら男でもいいってか!?とんだビッチチャンだなァオメー!」
「違う!」
「アァ!?何が違うっつーんだヨ!いいカモにされてんだよオメーは!」
「違う、まきはそんな軽い気持ちで言ったんじゃない!」

そうだ、普通の人間からすれば男同士での恋愛なんて異端だ。でも、だからって一方的に攻撃されるのはおかしい。

「俺のことはいいよ、何とでも言え。でもまきのことを馬鹿にするなら許さない!」
「っ!」
「好きな相手に好きだって伝えるなんて、俺なら簡単に出来ない。したこともない。ましてや同性なのに。それでもまきは来てくれた。性別なんか関係ないって言ってくれた」

掴まれていない方の手でやすの胸ぐらを掴んだ。俺がこんなに攻撃的に出るのは珍しいんだろう、やすの奴びっくりしてる。俺だってびっくりだ。なんでこんなに怒ってるのか不思議なくらい。

「俺やお前に同じことが出来るか?お前にまきを馬鹿にすることが出来るか?」
「………」
「…何をどこまで見たのかは知らないけど、否定はしない。でもやすには関係のない話だし、そこまで怒られる理由もない」

さっきの光景を見て気持ちが悪かったのなら、もう前みたいに関わらなくてもいい。見られてしまったものを忘れてくれと言う方が無理がある。

けど、本当は知ってるんだ。心配してくれてるんだろ?俺のこと。だからそんなに怒ってくれてるんだろ?そうだ、そういう奴だったよなお前は。不器用で天の邪鬼で、でも、友達思いの優しい奴だ。最近すれ違ってばっかりだったけど、根本は決して変わってない。

「……ごめん、やす。俺のためだってことは分かってるんだけど…」
「出来るヨ」
「え、」
「好きだ、なまえ」
「何、言って…っ!」

腕を掴んでいた手が、今度は俺の顔を包んできた。いや、包むなんてもんじゃない、固定されてる。逃げたいのに逃げられない。

なんで、どうして俺はやすとキスをしてるんだ。

「んっ…やめろよ!」
「!」
「おま、何して…ふざけんな!」
「何が?あいつと同じことしただけだろォ」
「はあ!?」
「好きだっつって、キスしただけだろ。なんでそんなに怒るワケェ?」

思いきり突き飛ばしたつもりなのに、離れたのは顔だけ。しかもまたすぐに詰められる。

「…なんでだよ」
「それはこっちの台詞だ!なんでこんな、」
「なんで俺はダメなんだよ!あいつは受け入れたくせに!」
「っ、当たり前だろ!?お前のそれはただの対抗心だ!」

ああ、俺また怒ってる。さっきとは比べ物にならない。沸々と沸き上がってくる感じだ。

何をそんなに怒ってるんだ。まきと同じことをされたからか。理不尽に怒られているからか。

やす、いくら怒ってるからって、いくら対抗心があるからって、簡単にそんなことをする奴だとは思わなかった。

「対抗、心…?」
「幼馴染みだからって、別に俺はお前の所有物でもなんでもないじゃないか!」
「!」
「誰といようが誰と何しようが、俺の勝手だろ!いちいち干渉してくるな!」
「ざっけんな!」
「ぶっ…!」

痛い。殴られた。最悪だ。勢いよく倒れて、そのままやすを見上げる。

意味がわからん。なんで泣いてるんだ。泣きたいのはこっちの方だ。

「俺は…俺はそんなんで、やったんじゃねえよ」
「……知るか」
「…最後まで聞けよ」
「うるさい!もう聞きたくない!お前なんか嫌いだ!」
「っ、テメー!」

「そこまでだぜ、靖友」


俺とやすの間に立っていたのはしんだった。


「し、ん…?」
「大丈夫か、なまえ」
「ぱち…」
「荒北、このことはフクを通して監督に伝えておく」
「………」

どうやらぱちも来てくれていたようだ。でも話の流れがおかしい。このこと?殴ったことか?そんなこと監督に知れたら、部活が…

「待ってくれぱち、これは…」
「少し頭を冷やせ、馬鹿者」

俺の言葉を聞かずにそれだけ告げると、ぱちとしんは俺を抱き起こしてくれた。そのままその場をあとにしたが、やすが追いかけてくることはなかった。



 


「…二人とも、いつから…」
「俺は隼人から教えてもらってきた」
「俺は、さっきまで靖友と一緒だったんだ。で、寮からおめさんと裕介くんのやり取りを見ちまった」
「!」
「…止めれなくて悪かった。あの時ちゃんと靖友を止めてれば、こんなことにならなかったんだけどな」
「……いいよ、気にするな。どうせ遅かれ早かれこうなってたと思う」

こんな大喧嘩は初めてだ。やす、どうしてるかな。俺のせいで謹慎処分になるかもしれない。もうすぐインハイのメンバーを決めるっていうのに、最悪だ。本当に。

(嫌いだって、言ってしまった)

多分そんなこと言ったのも初めてだ。今度こそ仲直りできないかもしれない。もっと小さい頃は、不貞腐れながらお互い歩み寄ったり、いつの間にか喧嘩してたことも忘れてたりして、すぐ仲直りできてたのにな。いつからこんなに不器用になったんだろう。あの頃よりも成長したはずなのに。

ヒリヒリと痛む頬を押さえる。そこでようやく自分が泣いていることに気付いた。







151217


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