(……なんか、顔熱い)


ぱちやふくたちといる時間はあっという間に過ぎていった。無駄に時間を引き延ばしても怪しまれるだろうから、流れるまま自分達の部屋に退散。どうしよう、またやすの部屋に連れてかれるのか。今の今まで和やかだったけど二人になればまた豹変してしまうかもしれない。それが怖い。

しかし俺の心配をよそに、やすは黙って自分の部屋へ入っていってしまった。安堵とともに、少し拍子抜けだ。別に四六時中一緒にいたいわけでも、もう顔も見たくないわけでもないけど、こうもあっさり何事もなかったようにされるとそれはそれで困る。どうせまた嫌でも会うのに、その時俺はどう接すればいいんだろうか。

(やすがあんなに寂しがり屋だったなんて)

そんなに切羽詰まって迫らなくても、俺は逃げも隠れもしないのに。まるで俺が絶交しようなんて言ったかのように焦ってる。もちろんそんなこと言った覚えもないし言うことすらないし、なのにあんな必要以上にそばにいさせられるなんて思ってもみなかった。もし言ったとしたら俺はどうなるんだろう。それこそ想像したくないな。

俺も流れに従い部屋に戻る。そのままベッドに寝転がると、思い出すのはさっきの光景。

『なまえしか欲しくない』

すごく、泣きそうな顔をしていた。だから自然と謝っていたのかもしれない。

どうして自分から世界を狭めていくんだろう。お前には俺だけじゃない、ぱちやしん、泉田くんだって黒田くんだって真波くんだっている。それになにより、ふくだって、

「…お前だけが寂しかったわけじゃないぞ」

こんなこと、直接言わなきゃ伝わりっこないんだけど。やすの顔を思い出そうとすると、さっきの泣きそうな顔しか出てこない。それほど俺のなかで衝撃的だったんだろう。

あの時、俺が言葉を発っしてなかったら、何をしていたんだろう。まるでキスしそうなくらいの距離だった。付き合ってるわけじゃあるまいし。ましてや男同士なのに。こんな勘違いしてたらやすに気持ち悪がられるな。

(……なんか、顔熱い)

頬や額に触れると、そこは熱を帯びていた。風邪か?こんな急に?もしかしたら、最近のやすとの密着が知らず知らずストレスになってたのかもしれない。せっかくの休みだし、少し寝るか。











『おい、このボケナス』

遠くでやすの声がした。いや、これは夢か?夢の中でさえもそんな悪口言うだなんてひどいやつだ。

『…ダッセェな、俺』

どうしたやす。何だその声。辛いのか?また寂しくなったのか?そこにいるのか?俺はここにいるぞ。大丈夫だ、そんなに心配するな。俺はずっとお前と一緒にいるから。だって俺はお前が…



「……あれ、」

いま、何時だ。すっごい寝てた気がする。てか、あれ、タオルケット掛けたっけ。なんか記憶が曖昧だ。熱は…引いたのかな、もう熱くない。それより時間は…あれ、ケータイ光ってる。着信。まきから。そういえば昼前ブチッた件まだ謝れてない。

「…はい、」
『あ、よかった…出た…』
「まき…昼前は、すまなかったな」
『あー、いいっショ別に。いや、よくねーけど…つか、寝起きかよ』
「んー…」

ぼんやりした頭のまま電話に出ると、息を切らした様子のまきの声。気のせいだろうか。

『まあいいや…今、外、出れるか?』
「そと?」
『ああ』
「……え、」

一気に頭が冴えた。ケータイ片手に部屋を飛び出す。気のせいじゃない、やっぱり息乱してるよな、まき。しかも外出れるって、

「まき!」
「おお、早っ」
「お前、何して…!」

寮を出て正門の方へ走ると、思った通り、そこには愛車と共にこちらを見つめるまきの姿があった。驚きのあまり走ってきたので今度はこっちが肩で息をする羽目になってしまった。

「来るなら来るで、事前に連絡…」
「迷ったんショ」
「え?」
「電話ブチられるし、かけ直しても出ねえし…気になったんだけど、ここまですんのもなと思って…でも、やっぱり来ちまった」
「うえっ、」

グイッと腕を引かれて、そのまままきの腕の中へ飛び込んでしまった。

「あっ、わ、悪い、」
「また荒北か?」
「!」
「しつけえなァあいつも…けど、俺だってもう我慢の限界ショ」
「あの、まき…」

離れようとしたら逆に抱き締められてしまった。真っ暗でなにも見えない。暑い。恥ずかしい。寮の近くでこんな、誰かに見られでもしたらどうするんだ。

「来週会う時にって思ってたんだが、やめた」
「…なに、を」
「俺の気持ち、教えてやるっショ」

肩に手を置かれ、優しく距離を開けられた。それでも距離はすごく近い。久しぶりに見るまきの顔は、とても真剣で、目をそらせなかった。

「俺、お前が好きだ」
「……俺も、好きだぞ?」
「違う。お前の好きと俺の好きは違うんショ」
「は…?」
「お前は俺のこと友達だなんだと思ってるかもしれねえが、俺は違う」

ツ、とまきの指が俺の頬を滑った。くすぐったい。頬から顎にかけて滑らせたかと思うと、次は唇に触れた。

「さっきみたいに抱き締めたいってずっと思ってたし、ずっとそばにいたいし、キスだってしたいし、それ以上のことだってしたい」
「っ…でも、俺、男だぞ?」
「んなもん関係ないショ。俺だって男が好きな訳じゃねーよ」
「なら、」
「なまえだから好きになった。理由なんざそれだけだ。俺、なまえじゃなきゃダメなんショ」

男なのに。俺もまきも。なのにそれでもいいって、なんだよそれ。なんかいろいろとひっくり返された気分だ。最近はよく聞くようになったけど、そんなのあり得ないとか、俺には縁のないことだとか、とにかく非現実的な話だったから。

なのに、関係ないって、一蹴された。

「…返事は、来週会う約束してた日でいい」
「!」
「ちょっとでも考えてくれるんなら千葉まで来てくれ。望みがねえなら来なくていい。連絡も要らない」
「………」
「クハッ…勢いで言っちまったけど、正直今ギリギリなんだよ。このまま返事聞く勇気がねえ」
「…まき……」
「まあでも、応えてくれるんなら絶対後悔はさせねえ。俺しか見えなくしてやるから」

一週間、しっかり考えて欲しい。

そう言って、自転車に跨がったまき。どうしよう。考えろ何て言われたけど、告白されたことなんかないからどうすればいいのかわからない。このまま帰らせてもいいのだろうか。

「…なあ、まき」
「あ、そだ。なまえ、こっち」
「え…んっ?」

襟元をグッと掴まれた。また近くなるまきの顔…いやこれは、近いと言うか、当たった?このふわりとした感触は、

「…んだよ、ノーリアクション」
「……まきは、顔が赤い。風邪か?」
「っ、バッカお前、そんなんいちいち言わなくていーっショ!」
「いてっ」

一瞬だったけど、キスされた。多分。見た通り真っ赤になったまきにつっこむと頭を叩かれてしまった。地味に痛い。それにしても、こんなにあっさりファーストキスを奪われてしまうなんて思わなかった。いや、男の俺が奪われるってのもおかしな話なんだが。

でも、別に嫌な気はしなかった。それはまきが相手だったからだろうか。

「…そんじゃ、また来週な」
「あっ、お、おう」
「んな深く考え込まなくてもいいっショ。まあ、それはそれで嬉しいんだけど」

じゃあな、と手を振り行ってしまったまき。

ぽつんと一人になり、改めて考える。まきに告白をされた。男なのに、それでも関係ないってまきは言ってくれた。好きだから関係ないって。

(……なら、その常識が通用するなら、)

俺はもう答えが出ているのかもしれない。





151214


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