「お前がそれでいいなら、俺はなにも言わない」


ああ、やはりおかしいな。そう気付いたのはあの二人が仲直りをしてから三日後のことだった。最初はただわがままを言って甘えているだけだと思っていた。しかし今になってみれば、あの荒北からそのようなことを求めること自体がおかしい。その時点で気付くべきだった。

あの日何があったかは知らないが、どうやら最悪な形で自覚してしまったらしい。




「おい、荒北」
「アー?」

振り向いた顔は朝と同じく不機嫌そうに歪んでいた。朝だって俺が声をかけるまでお前は誰だと言いたくなるような蕩けた顔をしていたくせに。

あからさまに不機嫌な顔をして警戒してくるのは、きっと俺がすべてに気付いていると知っているからだろう。

「……お前、いま自分が何をしているのかわかっているのか?」
「なんのことォ?」
「とぼけるな。なまえのことに決まっているではないか」

ロッカールームに運よく二人きり。絶好の機会だ。すべては無理かもしれないが、少しでもその胸の内を探りだしたい。

いまの荒北は何を考えているのかがわからなすぎて、不気味にすら思えてくる。

「なまえねェ。あいつがお前になんかしたのかヨ」
「……していたとしたらどうする?」
「そうだなァ、じゃあ親友として俺が代わりに謝っとく。悪かったな東堂」

にやにやヘラヘラ。癇に障る、非常に不愉快な笑顔だ。挑発のつもりか、それとも本気で“親友として”の言葉なのだろうか。やはり荒北の狙いがわからない。

俺はてっきりなまえへの想いを自覚したからこそ、今まで以上に束縛するような、見せつけるような行為を続けているのだと思った。しかしこいつはあくまでも親友だと言う。単純に俺にはその気持ちを隠したいからだろうか。しかしそれにしてはやたら意味深な態度をとっているようにも見える。

黙々と考えている間に、俺も荒北も準備が済んでしまった。仕方ない、単刀直入に聞くしかないか。

「…荒北」
「んだよ、まだなんかあんの?」
「なまえのことをどう思ってる」
「どうって……幼馴染みとか、親友とかァ?」
「……わかっているはずだ、俺が何を聞いているのか」
「…………」

そう言うと、察した荒北からフッと笑顔が消えた。

「……皮肉なもんだよナァ」
「なに?」
「あいつから言われたヨ、お前以上の親友はいないって」
「!」
「そん時気付いた。やっと。昼間のオメーの言葉もヒントになったんだけどな」

やるせないような、諦めたような笑顔。俺も荒北もわかってる。あいつがそんなつもりでそう言ったわけではないと。しかしただでさえ不安定だったこいつには大ダメージだったようだ。

「もうあいつは俺のことをそういう目でしか見ない」
「…………」
「だから逆手にとることにした。親友だろっつって脅して、手ェ繋がせて、そばから離さないで、独り占めして」
「……それで、」

それでお前は本当に幸せなのか。それはなまえの気持ちを尊重しているようで、すべて無視していると同義だ。それに今は独り占め出来ても、あいつに恋人が、お前以上に大切な存在ができたその時、お前はどうする。どうなる。それでも親友を貫く覚悟があるのか。その無理矢理抑え込んでいる気持ちは暴走しないか。

伝えたい言葉はこんなにあるけれど、どれもこれも今の荒北を刺激するには十分すぎる。

「お前がそれでいいなら、俺はなにも言わない」
「…………」
「否定はしない。だが応援もしない。ただ、お前の身勝手な気持ちであいつを傷つけることだけは許さんぞ」
「……わぁってるヨ」

吐き捨てるようにそう言い、ロッカールームを後にした荒北。乱暴に閉まるドアの音と共に静寂が訪れる。

これでよかったのかはわからない。ただ今の俺にはどうすることもできない。

(なかなかの強敵だぞ、巻ちゃん)

せめてライバルである彼が、何も知らないあいつを救いだしてくれることを祈るしかない。







151209


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