「……好きだよ」


「おはよう、やす」
「オハヨォ」

部屋に入ると、そこにはもうすでに朝の支度を終えてケータイを弄っているやすがいた。今日はどうやら俺の方が遅かったらしい。

「遅くなった。行こうか」
「ん」

差し出された手を握り、そのまま部屋を出た。


やすと仲直りをしたあの日から二週間。以前よりもやすとの距離が近くなったので、あれは意味のあるケンカだったんだと思う。ケンカと呼べるものなのかはわからないが。

「……おはよう、荒北。なまえ」
「おはよう、ぱち」

俺達が仲直りできたのを知って喜んでくれたみんな。ぱちもその中の一人だ。けれど時折、今みたいに一瞬だけ複雑そうな顔をして俺達を見る。その理由はわからないけれど、本当に一瞬のことだから、俺の気のせいなのかもしれない。

ふと、俺の手を握るやすの手の力が強くなった。そういえばぱちへの返事がまだだぞ、と視線をやったがそのまま教室へと連れていかれてしまった。

「おいやす、ぱちがおはようって言ってた」
「いーじゃん別にィ」
「よくないだろ、無視するんて…」
「そんな俺はキライ?」
「っ、」

椅子に腰掛け、首をかしげたやすがそう言って俺を見る。不敵に歪んだ唇は俺の答えを知っている。

「……そういう問題じゃないだろ」
「そういう問題じゃん。キライだから注意すんだろォ?」
「だから、」
「違ェの?」
「…………」
「……キライなんだろ」
「違う、嫌いじゃない」
「じゃあなに?」
「……好きだよ」
「ホントォ?俺もなまえチャンスキだヨ」
「…………」
「だって俺達親友だもんネェ」

にっこり笑うやすは嬉しそうだった。絡まる指一本一本が熱い。あ、もうすぐ予鈴が鳴りそうだ。1限目は現社か、寝ないようにだけしないとなあ。

やすは最近、よく自分を好きかそうでないかを確かめてくるようになった。俺はもちろんやすのことは好きだから、ありのままそう答えている。この前のケンカの理由が“寂しかったから”というのが正解だと考えると、そんな質問を強要してくるのも無理はないのかもしれない。小さい頃から一緒だったから、今さらこの歳になって好きだの大事だのって口に出すことなんてなくなってた。言わなくても分かってくれてると、当たり前だと思っていたからだ。でもそれは俺だけで、やすには言葉にしないと伝わっていなかったらしい。だからやすが安心できるように、信じられるように、俺はやすのすべてを肯定する。






「……もう寝るのか?」
「んー…調子ぶっこいて走りすぎたァ…」
「あー、たしかになんか今日はやたら張り切ってたな」

夜。ぐだぐだとくだらない話をしながらやすの部屋でだらけていたら、やすの口数が減ってきた。もともとベッドに寝転がっていたのも原因だろう、眠いらしい。いい時間だし、俺もそろそろ部屋に戻るとしよう。

繋がれていた手をやんわりほどいて、腰掛けていたベッドから立ち上がる。

「……おやすみ、やす」
「おやすみィ、なまえ」

少し屈んで、やすの頬に唇を押し付けた。やすは嬉しそうに目を閉じる。それを見届け、電気を消して部屋を出た。

朝やすを迎えにいくのも、手を繋いで登校するのも、可能な限りやすのそばにいるのも、手を繋いで下校するのも、寝るまでやすの部屋で過ごすのも、寝る時にはやすの頬に口づけるのも、すべて二週間前のあの日から変わらず行われている。

『俺達親友だろォ?』

口づけるのはさすがに渋ったけれど、今ではもう慣れて自然とできるようになった。親友なんだからこれくらい当たり前だとやすは笑う。

そうだ、俺達は親友だからこれが普通なんだ。だから俺は今日も明日も、やすのすべてを肯定する。








151208


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