番外編 | ナノ


四年に一度だけ開催されるクッキングフェスティバル。まだ周囲には知られていないが、あの天狗のブランチが久しく参戦する。それを知っている唯一の存在であるおにはもちろん彼に連れ添い、上機嫌でその日を迎えていた…

はずだったのだが、フェスティバル当日、おには不機嫌全開でいつも以上の仏頂面を晒していた。


(もう知らないブランチさんなんか知らない脱落しろ脱落しろ脱落しろ脱落しろ脱落しろ脱落しろ脱落しろ脱落しろ)


まだ司会の声すら出ていないというのに、観客席は歓声が溢れて止まらない。それすら怒りのボルテージとして換算されていくおにの体は無意識にバチバチと音を立てていた。


「おう、おにじゃねえか!やっぱり来てたんだな!」
「!」


目当ての席までカツンカツンと階段を下りていくおにを発見したのはトリコだった。不機嫌な彼に気付いているのかいないのか、いつものように明るく呼び止めたトリコは、そのままこちらへ来るよう促す。おにはというと、頷くでも拒否するでもなく、黙ってトリコの方へズンズン歩いていった。


「くっ、トリコに先を越されるなんて…!久しぶりおにくん!こっち空いてるよ!」
「空いてるってそこお前の膝じゃねえか!つか、何怒ってんだよおに」
「おかわり早くしろっつってんだろがァ!!」
「お前がいるってことは、例の天狗のブランチも出るってことなんだろ?楽しみにしてるんだけどよ……って、なんだ、その顔」
「ブランチ?天狗のブランチ?そんな人知りません出ません知りません」
「は?」


ブランチの名前を出したとたん、おにの体がいっそうバチバチと鳴り始めた。明らかに怒っている。さすがのトリコやゼブラでさえ察したのか、首をかしげた。

なにより驚いたのは、その状態のままココの膝にドカリと座り出したことである。


「はっ、おま、何してんだよおに!やなら嫌って言えよ!」
「な、なん、え、ちょ、え、おにくん?」
「誘ったココでさえ驚いてるじゃねえか…なんだよおに、お前ブランチとケンカでもしたのか?」
「知 り ま せ ん」
「待て待て待て電気抑えろ電気!」
「僕なら平気だよむしろこれも一つの愛の形だよね嬉しいよおにくん」
「嘘つけ目ェ逝きかけてんぞ!」
「はんっ、別れたのかァ?」
「わばばばばばばばばばば」
「やめろゼブラァ!!ココがあぶねえ!!」


どうやら「ブランチ」はNGワードらしい。もうすぐ始まるというのに四天王が一人倒れたとなるとフェスティバルどころではない。なんとかおにの機嫌を直そうと尽力した。

そうしてその後、司会が開会宣言を行う頃には、ようやく体を纏っていた電気をなくすことに成功した。出場者が次々と発表されていく中、恐る恐る口を開いたのはサニーである。


「あー…それで?何があったんだよ」
「……………ケンカしました」
「(わかってるよ)それで、んなに怒ってるワケ?」
「そのまま別れて僕のところにおいでよおにくん」
「お前は黙ってろ馬鹿」
「つーか諦めたんじゃなかったのかよ…」
「たしかに一時は手を引いたけど諦めたなんて言ってないもん」
「もんとか言うなキショイ!」
「………昨晩、人間界に到着して」
「!」
「それで、もう明日も早いし、早く寝るよう促したのに…」


『ブランチさん、絶対寝坊するんだからさっさと寝てくださいって』
『じゃかっしいわボケェ、酒くらい静かに飲ませんかい!』
『まずなんで酒飲んでるんですか。間違いなく明日に響くでしょ。馬鹿ですか?馬鹿なんですか?さっさと寝てください起こしませんよ俺』
『まだまだお子ちゃまのおにくんには分からんのやなぁ〜大人の余裕っちゅうやつが』
『酔っ払いが何を語ってるんですか駄目な大人像かなにかですかそれ』
『ええから酒くらい黙って飲ませろって…ヒック…』
『……こ…恋人の忠告は、聞いておくべきだと思いますけど』
『恋人なんやったらワシの自由にさせろや〜めんどいやっちゃの〜…ちゅーか、ほれ、酌せえや酌』
『………もう知りませんおやすみなさい』
『はあ?なに?怒ったん?短気かアホォ』
『盛大に寝坊して遅刻して脱落どころか出場できなくなって赤っ恥晒してしまえ』


「……みたいな感じで」
「そんな男早々に別れた方がいいよ次の恋を探そうおにくん!ちなみに僕の占いによると君の理想の相手は毒人間だって!」
「もうつっこむのも疲れたぜ…で、結局出るのかよブランチ」
「知りません。今ごろまだグースカ寝てるんじゃないですかね」
「ざまあねえな…あ?小僧も出てきたぜェ」
「お、来たな!頑張れよー小ま」
「絶対優勝してくださいねええええええええええええええええ小松シェフううううううううううううううううううう!!!!!!!!」
「すっげ真顔で叫ぶなお前…」


周りの歓声や応援に圧倒されつつ、笑顔で応える小松。たしかに多少はブランチの件で自棄になっている部分はあるが、小松にも優勝してほしいと思う気持ちは本物だった。しかし、数いる腕利きの料理人の大群の中、どうしても目はあの赤を探してしまう。そんな自分にやはり腹が立つおにであった。

そうしている間にもあれよあれよとフェスティバルは進行していき、ついに第一回戦が始まろうとしていた。


「一発目からトライアスロンか…大丈夫かよ松のやつ」
「なあに、心配要らねえよ。誰のコンビだと思ってるんだ?」
「ちっ。そうやってコンビ面してられるのも今のうちだぜトリコォ」
「………」
「…気になるかい?おにくん」
「…別に、そんなことないですよ」


ココの言葉もつんとはね除け、それでいて目線はブランチを探しているおに。しかし探せど探せどあの天狗は見つからない。まさか本当に寝坊をしたんじゃ…呆れ半分、心配半分でおには静かにため息を吐いた。

ついにスタートしたトライアスロンクッキング。先頭にいるのはランキングでも上位を譲らない強者ばかりだ。小松はというと、やはり少々出遅れている。


「…大丈夫でしょうか、小松シェフ」
「大丈夫さ。これくらいで諦める男じゃないよ、小松くんは。あれでもたくさんの修羅場をくぐり抜けてきたんだし、こんなところで終わるはずがない」
「そうだぜおに!心配するより応援してやれ。その方があいつも頑張れる!」
「……そうですよね。小松シェフ!頑張っ…」


刹那、会場が歓声ではなくざわめきで包まれた。それよりも数秒早くに異変に気付いたおに。バッと視線をそちらへ向けると、遠くに見える鋭い眼光とかち合った。


「…ブランチさん……」


小さく漏れたその声は、果たして本人に届いていただろうか。


   







(どこ座っとんねん、ワレェ)










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