う、わ。雪だ。
「ゆ、」
「あ?」
「雪ですよブランチさんっ」
「どっは!」
ハントへ行くため外へ出ると、そこは真っ白白銀世界。すごい、ちらちら降ってるのは何度も見かけたが積もったのはずいぶん久しぶりだ。驚きのあまりブランチさんを突き飛ばしてしまった。いやいや、ほんとにすごい。柔らかそう。当たり前だが油断していたブランチさんはそのまま雪の上にダイブしてしまった。
「な……にすんねんゴラァ!!お前ちゃうかったらしばいてんぞ!!」
「やっぱり気持ちよかったですか?ねえ、雪、気持ちよかったですか?」
「冷たすぎて感触なんかわかるかい!」
「うわーすげえなあ、ふわふわだ…」
「人の話聞いとんかワレェ……!」
怒りにうち震えているブランチさんを無視して、おもむろに雪を掴んでみる。ぎゅうっと握るとあっという間に固まってしまった。ぶつけたら痛そう。
「それぶつけたらさすがにしばくぞ」
「バレましたか」
「雪ぐらいでぎゃーぎゃー騒ぐなや、今年でなんぼやねん自分」
「17歳?」
「いや聞くなや」
「歳なんて関係ないですよ。雪見てはしゃいでなにが悪いんですか」
「……はしゃぐのは勝手やけどなあ、ワシまで巻き込むなや。寒いからちゃっちゃ終わらしたいねん、遊ぶんやったらワシ一人で行ってくるから一人で遊んどけアホォ」
「…………」
「心配せんでもそう遠ないからすぐ帰ってく」
「ブランチさんの馬鹿!」
「ぶふっ」
本当に寒いんだろう、いつもよりつれないブランチさん。その態度に腹が立ったので結局先ほど作った雪玉をぶつけてしまった。それも顔面にジャストミート。だがしかし一つだけでは腹の虫が収まらなかったのでどんどん作ってどんどん投げてやった。馬鹿馬鹿言いながら何度投げただろうか。ブランチさんが反応したのは最初の雪玉だけで、あとはぶつけられるがまま。しかし小刻みに体が震えているのでおそらく…ていうか確実に怒っているだろう。
そろそろ止めておこうかな、と手を止めたらブランチさんがピクリと反応した。
「……もう終わりか?」
「疲れたんで」
「ほお……よう言うたのうおに…」
「……ブランチさん、ずっと雪触ってたから手ェかじかんできたんで手袋取ってきてもいいですか?」
「ざけんなコラァ!!覚悟せえ!!」
「っ!」
そう叫んだかと思うと、気付けば目の前にまできていた悪い顔したブランチさん。思わず目を閉じた瞬間押し倒されて、その衝撃で雪が独特の音を奏でた。背中から一気に底冷えした気がする。
「うっ、ひゃあああああああさぶいいいいいいいいい!」
「こんなんまだまだ序の口や、ほれ」
「ひいっ!?」
マフラーの中に手を突っ込まれた。もちろんブランチさんは素手だ。氷みたいに冷たい手が敏感な首もとを刺激する。抵抗しようにもこの人の力になんか勝てるはずないし、上から跨がられているので身動きすらとれない。でんでんを使おうにも寒すぎて上手く喋れないし、それ以前にこの人相手じゃ通用しないし。完全にやられた。
「ぐっ…この…!」
「つめたっ!」
同じように首に手を当ててやった。でも仰け反ったのは少しだけ。それどころかとうとう本気にさせてしまったらしい。意地悪な笑顔が深くなった気がする。
「上等やんけ……うらっ」
「ふあっ…!!」
「はあー、暖かいのう…」
「や、だ…やめっ…!」
服の中に侵入してきた手は当然すこぶる冷たい。体が震える。寒い寒い寒い。口を開いても出てくるのは白い息だけだ。しかし寒いのはもはや言うまでもないのだが、なにより恥ずかしい。どこ触ってんだこの天狗野郎。まずいな、いま絶対顔赤い。はやく引き剥がさないと変に思われる。
「……おい、おに」
「!」
「大丈夫か?顔赤い」
「や、ちが、これは」
「しもた、やりすぎたか」
「へ……」
バレた、と思ったら雪の中から引きずり出されて、そのままホールドされてしまった。背中に付いた雪をパタパタと落とすと、またしばらく抱き締められる。すまんすまん、と笑いながら謝るブランチさん。なにこれ。余計赤くなるわ。わかってやってんのかこの人。暖かいのには違いないけど、恥ずかしくて仕方ない。
もしかして、寒くて顔赤くしてると思ったんだろうか。
「……あ、の、ブランチさん…」
「なんや?あ、まだ寒い?」
「…………」
「……どないしてん」
「……寒いです」
きゅっと服の裾を掴んで擦り寄って、胸板に顔を押し付ける。あったかい。
「せやなあ…ちょっと遊びすぎたな、ワシも寒いわ」
自分めっちゃ暖かいやんけ。そう言って笑いながら、ブランチさんもさらに強く抱き締めてくれた。あー、ヤバい。これはヤバい。幸せすぎて死にそう。残念なのは、この気持ちが独りよがりだということだけだ。
「はあ……ブランチさん」
「なんやねん」
「……なんでもないです」
「はあ?なんやそれ」
「……ブランチさーん」
「今度はなんやねん」
「やっぱり雪っていいですね」
「……もう懲り懲りやわ」
ため息を吐きながら、思い出したかのように俺の頭の雪を払ってくれたブランチさん。いっそ言ってしまおうかと思ったが、やっぱり言えなかった。この意気地無しめ。
大好きだって言う代わりに、バレないように心臓のところへ唇をそっと押し付けた。
(このまま伝わればいいのに)
140208