「へえ、指をねえ…」
「うん。暇さえあればぎゅっぎゅっ、て」

最近のやすの不思議な癖をしんに相談してみた。登下校中とか、休み時間とか、ご飯食べてる時とか、部屋で寛いでる時とか…気付けば俺の手を取って、指を触ってくる。軽くぎゅって握ってみたり、触るだけだったり。さすがに舐めてきた時は怒ったけど。

最初はビックリしたけど、甘えてるだけなのかなあとか思ったり。でも理由を聞いても答えてくれないし、そのくせずーっと続けてくる。だからしんに相談してみたんだが。

「……それ、俺からは言えねえかもな」
「え、わかったのか?」
「多分だけど、それ、左手の薬指?」
「!」
「やっぱりか…靖友もやるなあ」
「ええ!なんでわかったんだ!?天才か!?」
「ま、一つだけ言えるとしたら……お楽しみにってことで」
「余計わからん!!」

頭が?マークでびっしりだ。そんな俺を見ても、しんは笑いながら頭を撫でてくるだけだった。








「なまえチャン」
「んー?もう寝るか?」

いつものようにやすの部屋で寛いでいる。やすはケータイをいじってて、俺は雑誌を読んでいた。その時、不意に声をかけられたので雑誌を閉じてそちらを見ると、真剣な顔をしたやすが俺を見つめていた。

「……どうした?」
「……俺さァ、」
「うん」
「なまえのこと、すっげえ好きなんだヨ」
「…知ってるよ。俺もやすのこと大好きだから」
「…よかったァ。じゃあこれ受け取ってもらえんネ」
「え、」

どこからともなく取り出してきたのは、シンプルなデザインのシルバーリング。

「……それ…」
「手ェ貸して」
「っ、」

そっと掴まれた左手。やっとすべてを理解したその瞬間、顔から火が出たんじゃないかってくらい熱くなった。心臓がうるさく高鳴る。しんが言ってたのはこのことだったんだ。だから最近よく指を…なんで気付かなかったんだろう。ああでもすっごく嬉しい。やすがこんなサプライズを考えてくれてたなんて。しかも指輪と来た。こんな幸せなことがあるだろうか。

「…愛してるヨ、なまえ」

ちゅっ、と薬指にキスをされた。そのまま指先から指輪をはめていくやす。

しかし、第一間接辺りから滑りが悪くなり、やがてはまりきる前に止まってしまった。

「……あ、ち、ちょっと、小さかったのかな」

恥ずかしさを誤魔化すように笑いながらそう言った。俺を驚かせようとここまで内緒にして用意してくれてたんだもんな。そう考えるだけで胸がいっぱいになる。

「仕方ないよ、ちゃんとはかってなかったんだし」
「………」
「けど、貰えるだけで十分だ。ありがとうやす……やす?」

俺の言葉が聞こえてないみたいに、黙々とぎゅっ、ぎゅっ、と指輪を押し込もうとするやす。痛みを感じて無意識に手を引っ込めようとしたら、逆に引っ張られて余計に指輪をはめようとしてくる。

「っ、やす、もういいって」
「…いいって、なにがァ?」
「もう無理だよ。今度また一緒に行ってさ、ちゃんといいサイズのやつ作ってもらおうよ。俺も行くから、俺からも贈らせてくれ」
「んー、それも嬉しいけどォ、」
「いっ…やす!いたい!」

痛がる俺を無視してどんどん指輪を奥へとはめていく。ほとんど無理矢理捩じ込まれていくそれは、涙が出てくるほど痛かった。

やっと根元まではまった指輪は綺麗に輝いているけど、はまるまでに通った指は真っ赤になっていた。ただただ驚く俺とは正反対に、とても嬉しそうに笑っている。

あんなに痛がったのに止める素振りを見せるどころか、無視してまで指輪をはめてきた。意地っ張りなやすのことだから、せっかくプレゼントしたからとなんとかはめようとしてくれたのだろうか。それにしたって、少しくらい申し訳ない態度を見せたり、怒った顔を見せるかと思えば、どうしてそんなに笑っているんだろう。行動と態度が一致してなくて困惑した。

「やす…なんでこんな、無理矢理…」
「ハッ、泣くほど嬉しかったかヨ」
「は…?」
「そこまで喜んでもらえりゃ俺も本望だァ…似合ってんよ、なまえチャン」
「っ、さっきから何言ってるんだ!サイズちっとも合ってないし、泣いてるのも痛いって言ってるのに無理矢理はめてきたからだろ!」
「合ってないのなんざ当たり前だろ、わざと小さいのにしたんだから」

あっけらかんと言い放ったやすに、目を見開いた。

「……わ、わざと…?」
「ウン。ほら、」
「っ!」

意味がわからなくて混乱していると、はめられた指輪を引っ張られた。はめるのに散々苦労したそれはピクリともせず、ただ痛みを与えてくるだけだった。

「ジャストサイズにしたら抜けちまうだろォ?だから抜けないように、ずーっとオメーの指にはまってるように、小さめにしたんだヨ」

とっても嬉しそうに、とっても甘い声でそう言うから流されそうになる。でも、言ってることもやってることも無茶苦茶だ。なのにどうしてそんなに楽しそうなんだろう。痛がる俺が、不安がる俺がおかしいのか?

「…でも…痛かった。今もまだ痛い…そうまでして付けなくたって」
「は?」
「っ、」

瞬間、やすの笑顔が怖いくらいに一瞬で消えた。

「いやいや、何言ってんのなまえチャン。痛いからこそ意味があんだヨ」
「な、に、なんで、」
「ずーっと痛かったらさァ、いつでも思い出せるじゃん、俺のこと。どこにいても何してても、誰かに関わっててもさァ…」

途端にピンときた。これはやすの独占欲だ。前にもあった、どこまでも深くてなによりも重い、怖すぎるほどの独占欲。

「…ここまでしなくても、俺は、どこにもいかない。お前以外見ない。何度も言っただろ?」
「………」
「どうして信じてくれないんだよ」
「……なら言葉返すけど」
「え、」
「どうして分かってくんねえワケェ?」

困ったように笑うやす。困ってるのは俺の方だ。分かりたくても分かってやれない。お前は不安だからこんなことをするんだろう?それはつまり俺のことを信じてくれてないってことじゃないか。

「信じる信じないじゃねえんだよ」
「………」
「ただ俺は、お前に俺のことをずっと愛しててほしいだけ。想っててほしいだけなんだよ」
「だから俺は」
「一瞬でも他のこと考えてほしくねえんだ」

指が絡まる。それだけでも薬指が痛んだ。少しだけ歪んだ顔を見て、やすはまた嬉しそうに笑う。

「だって不公平だろ?俺は毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、こんなにそばにいても、こんなに触れあってても、まだ足りない。ずっとオメーのこと考えてる。今なにしてんのかなーとか、会いてえなーとか、触りてえなーとか。ずっといんの。頭ん中に。それが嫌だなんて言ってるんじゃねえヨ?ただ、これだけお前に縛られてるんだなって考えるとすっげえ嬉しくなってさァ、幸せだなーって思ってさァ…」

だからお前にも幸せになってほしいだけなんだよネ。

そう言うやすが本当に幸せそうだから、錯覚してしまいそうになる。俺が間違えてるんじゃないかって。

「愛してるヨ」

たくさん聞いた、聞く度に恥ずかしくて嬉しくてたまらなかったその言葉が、はめている指輪みたいに痛いくらいきつく心を締め付けてきて、ひどく苦しくなった。




160111