天狗様 | ナノ
 05


「おにさぁーん!」


目的の食材に触れようとしたその時、聞きなれた高い声が俺の名前を呼んだ。


「…小松シェフじゃないですか。いらっしゃっていたとは」
「僕もびっくりですよ!まさかこんなところでおにさんと会えるなんて…あっ、一人ですか?」
「はい。ていうか基本一人なんですけどね」
「あれ、そうですか?いつもココさんやサニーさんと一緒のイメージが…」
「それはあの二人が無駄につきまとってくるからですよ」
「あ、あー、なるほど…」


心底嫌そうにそう答えると、さもドンマイと言いたげに苦笑いされた。そうなんだよ俺すっごい可哀想なんだよ助けて小松シェフ。あの人たち気持ち悪いんだよなんで毎朝玄関の前で待ってんだよ馬鹿じゃねえの毎日振り切るのに体力使わせんじゃねえよ。思い出しただけで疲れてきた。


『あっ、あの、もしかして…天狗の城の電気鬼、おにさん、ですかあ…!?』


小松シェフは美食屋四天王の皆さんと違い、ごく普通の人間だ。たしかに料理人としての腕や秘めている力には目を見張るものがあるが、普通の人間だ。そんな彼さえもが俺を受け入れてくれたことには本当に驚いた。まず第一声があれだもんな。サインて。書いたことないから断ったけど嬉しかった。


「…俺はそろそろ食料なくなりそうだったから採りに来たんですけど、小松シェフは?」
「奇遇ですね!実は僕も同じ理由で…この辺りなら獰猛な生き物もいないし、一人で来たんです」
「…まあ、どちらかといえば少ないですけど、決していないわけじゃ…小松シェフって意外と勇気ありますよね」
「えっ、そ、そうですかあ?うーん、きっとトリコさんとの旅で度胸がついてきたのかも…」


ははは、と照れ笑いする小松シェフに、俺も自然と笑った気がする。その証拠に、小松シェフが物珍しげに俺の顔を凝視していた。ちょっと恥ずかしい。

小松シェフにはこういう不思議な力があるよなあとつくづく思った。きっとパートナーであるトリコさんをはじめ、他の皆さんも彼のこういったパワーに癒されてるんじゃないだろうか。


「あんま見ないでください。照れる」
「や、だって…おにさんってあんまり表情変えないから、びっくりして…!」
「そりゃ俺だってたまには笑いますよ」
「たまにはって、もっと笑えばいいのに…勿体無いですよ!せっかくの綺麗な笑顔が!」
「ちょ、ほんとにやめてください恥ずかしいから」
「だって本当のことじゃないですか!」
「……たまに見れるから価値がある。ってことで勘弁してください」
「うっ、そ、そういうものなんですかねえ…」
「そういうものです」
「…じゃあ、今日の僕はとってもラッキーだったってことですね!」


…なんだよそれ可愛いなくそ。小松シェフといると調子が狂う。この人ほんとに俺より年上なのか?


「…そういうことにしておきましょう。行きますよ、小松シェフ」
「えっ、い、一緒に行っていいんですか?」
「さっきも言ったでしょ、猛獣の数は決してゼロじゃない…小松シェフ一人じゃ危ないし、一人にして何かあったらトリコさんたちに顔向けできない」
「おにさん…」
「俺が守ります。安心してついてきてください」
「……はい!ありがとうございます!」


とっても嬉しそうな小松シェフに、また頬が緩んでしまった。トリコさんには悪いけど、今日一日だけは小松シェフを独り占めさせてもらおう。









鬼と噂の料理人










140204

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