天狗様 | ナノ
 17


あれからすぐ傷は癒えた。依頼食材も無事行き渡った。必要最低限の荷物をまとめて、ありったけの料理を食べまくって、体調も見事に快調になって、これで準備万端。それに今回は別にハントじゃないから前回よりも楽に行けるだろう。

どれくらい世話になっただろうか。結局半年も使わなかったけど、居心地はよかった。まだまだ汚れていない場所も多々見える家にありがとうを告げて玄関を出る。月光だけを頼りに暗い暗い夜道を急いだ。







「おにくん!」
「っ!」


ガシリと掴まれた腕。来るかな、来るだろうな、とは思ってたけど本当に来た。静かに振り向くと、相当急いで走ってきたんだろう。珍しく汗をかいて、肩で息をしているココさんがいた。


「…おそらく来るだろうなと思ってました」
「………嫌な予感がしたんだ」
「へえ。さすがですね、腐っても占い師」


笑って誤魔化してみた。うまく笑えているかはわからない。ココさんの顔も変わらない。すごく切羽詰まった顔で俺を見ている。


「……突然グルメ界への依頼を受けた辺りからおかしいと思ってたんだ。忙しくて会いに行けなかったけど、大丈夫だったの?」
「…………」
「依頼云々じゃなくて、彼に会えるんじゃないかって、思ってたんじゃないのか?」
「…会えましたよ。でもまだ何も言えてない。だから、ケリつけようと思って」
「……もう…会えないの?」
「わかりません。その後のことはなにも考えてません」
「…………」
「でももう行くって決めたんです。そう決心出来たのは、ココさんのおかげでもあります」


腕を掴んでる手の力が強くなった。でも逃げない。誰よりこの人に納得してもらわないと駄目なんだ。


「あんなに真っ直ぐ想ってくれて、ありがとうございました。いつも軽い感じで言ってたけど、きっとすごく怖かったと思います。あくまで俺の想像ですけどね、たくさん勇気をもらいました」
「……僕は…」
「でもやっぱりその気持ちに応えることは出来ません。ごめんなさい」


初めてかもしれない。人にこんなに深々と頭を下げたのは。これで納得してくれるかはわからないけど、これが俺の気持ちだ。ココさんには本当にお世話になった。多分ここに来て一番お世話になった人だと思う。その感謝の意も込めて頭を下げた。

ふと、ココさんの手の力が緩んだ気がする。それを合図に頭を上げると、そこには先程とは違い微笑んでいるココさんがいた。


「……それじゃあ、最後に一つだけ、いいかな」
「え?」
「ただのわがままだよ。愛してるって、言ってくれないかな」
「…………」
「一度でいい。それで諦められるから」
「……言えません」
「……嘘でもいいんだ」
「余計言えません」
「どうして?」
「ココさんは俺の大事な人だからです」
「!」
「だから、思ってもないこと言えません」


そう告げると、少しだけきょとんとして、やがてまた笑ったココさん。


「はは……それはズルいよ、おにくん」
「すみません。でも…」
「わかってる。おにくんは優しいね。そんなところも大好きだよ。ありがとう」
「…………」
「本当はわかってたんだ。どれだけ必死に止めたって、きっと行っちゃうんだって。でもね、おにく」


瞬間、目の前が真っ白に染まった。意識が飛んだとかそんなんじゃなくて、激しい電撃による発光。バリバリと大きな音を立てて襲いかかってきた電気は俺のものじゃない。

俺とココさんの間に割って入った電撃はそのまま俺たちを引き剥がした。それだけでも驚いたのに、気付けば浮いていた体。みるみる小さくなっていくココさん。


(あれ、うそ、)


頬を擽る白銀の髪を俺は知っている。うまく呼吸ができない。心臓がバクバクする。視界が滲んで霞む。なんで?どうしてここに?この状況はなんだ?疑問と驚きと、あと少しの期待で頭がぐちゃぐちゃだ。出てくる言葉はたくさんあるのに、声にならない。


「っ……ぶ、ら…」
「時間切れや」
「!」
「もう待ったれへんで。文句なんか聞かんからな」
「え……っ!!」


言葉の意味を問う前に、俺を抱えたブランチさんはそのままスピードをぐんぐん上げて、夜の街を駆けた。









さらわれた










140227

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