天狗様 | ナノ
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真っ赤に腫れた頬を見ては大爆笑をするみんなにため息をついた。ひどいなあ、何度も言ってるのに。これはおにくんからの、


「愛の証だって」
「お前マジで頭沸いてんだろそなんだろさすがにきしょすぎだぞココ」
「サニーこそさっきから毒舌過ぎるよ。そんなに羨ましい?」
「きっしょ!!」
「はあ…もうなんだかこのジンジンする痛みさえ愛しいよ…」
「っべえぞトリコ、こいつ完全に逝っちまってる」
「なんてこと言うんだいサニー」


それにしても本当に可愛かったな。酔ってる時は余裕満々だったから僕の方がドキドキしちゃったのに、素面だとあんなに真っ赤になっちゃって。ああもう思い出しただけで顔が……っていうか、僕、ついに、しちゃったよね、キス。唇に。うわあ。一瞬だったのにまだ感触が残ってる。さすがにあの場所ではやりすぎたけど、もっと味わいたかったな。おにくんは恥ずかしがり屋さんだから仕方ないか。僕は全然気にならないけど。

頬に触れると、やはりまだ痛む。ものすごい力だったから当たり前と言えば当たり前だけど。でもまあそれも照れ隠しのひとつだと思えば……って、僕やっぱり気持ち悪い?


「……でも仕方ないと思うんだよね。惚れたもん負けと言うか。もう僕おにくんになら殺されても喜んで受け入れられると思う」
「冗談に聞こえねえからやめろココ」
「うーん、それはさすがに言い過ぎたかも。やっぱり一緒に来てくれなきゃ嫌だ」
「余計怖ェよ!とりあえずそのネガティブな話から離れろ!」
「ネガティブどころかポジティブだよ。明るい未来の話をしてるじゃないか」
「どこが!?」


帰ってこいバカ野郎!と叫びながら僕の肩を揺するトリコ。そうだよ別に全然ネガティブじゃないよむしろ素敵な最期の話を…ダメだ、きっとこういうところが気持ち悪いとか言われるんだ。


「……どうでもいいけどよォ、お前、それいつやられたんだァ?」
「え?ああ、一昨日だけど」
「…………は?ちょ、え、嘘、一昨日ィ!?んだけ強力なパンチお見舞いされてんだよ!」
「すっげえなおにの奴、ココに一発ぶちこむだけでなく数日痕を残せるなんてよ」
「………痕…」


ポツリと呟いて、また頬に触れた。熱い。ズキズキする。

おにくんにつけられた、痕。


「……今日まで、無意識に放置してたんだ」
「え?」
「治そうと思えば治せたんだ。でもろくな応急処置もろくな食事もしないで放置してた」


面倒だったとかそんなんじゃない。きっと治したくなかったんだ。だってせっかくおにくんが僕につけてくれた、


「…ごめん、僕行かなきゃ」


思い出したかのように動き出した足が向かうのは、やっぱり彼の家だった。そうか、だから今すっごくお腹すいてるんだ。せっかくだしおにくんにご飯作ってもらおう。

つい最近会ったばかりなのにもう会いたい。毎日会いたい。ずっとそばにいたい。片時も離れたくない。恋人でもなんでもないのにそこまで欲張るのはいけないことだろうか。

嫉妬でおかしくなりそうなんて嘘だ。もうとっくにおかしくなってる。このままじゃダメだ。他の誰でもないおにくんのためにも、このままじゃ…











「…………げえ、」
「こんばんは。いい匂いがしたから寄っちゃったよ」
「変態野良犬野郎にやるご飯はありませんお帰りください」
「見て、これ。ずっと治らないんだよね。痛いなあ、こんなに真っ赤にヒリヒリしてる」
「…………」


つんつんと頬をつついて見せつけると、しばらく僕を睨み付けてから、フンと鼻を鳴らしてキッチンの方へ行ってしまった。どうやらなんだかんだでご馳走してくれるらしい。


「……カレーライスか」
「偶然たくさん作ったんでね。仕方ないから食べて行ってもいいですよ」
「美味しそうだ。まあおにくんが作ってるんだし、当たり前か」
「誉めてもおかわりはありませんからね」
「ケチだなあ」
「っ、ココさん…!」


カレーをよそっているおにくんを後ろから抱き締めた。慌ててお皿を置いて僕を引き剥がそうとするのを無視してもっと強く、力を込めて。

ひょっとしたら入れてくれないんじゃないかって思ってたのに、いつもみたいに簡単に入れてくれたね。それはさ、この間の僕の告白がちっとも響いてなかったからってことだよね。だからそんなに無防備でいられるんだよね。


「言ったよね?本気だって」
「…………」
「なのにどうしてそんなに普通なのかな。さすがの僕も、傷付くよ」


誤魔化すように笑いながらそう言ってもおにくんは答えない。この沈黙はなにを意味してるんだろう。


「……おにくん、僕怖いんだ。好きすぎて、愛しすぎて、そのうち、君をどうにかしてしまいそうで」
「…………」
「だから……今のうちに、本気で拒絶してほしい。今ならまだ間に合うと思うんだ。傷が浅いうちに、一思いに終わらせてほしい」
「……それは…出来ません」
「!」
「だってココさんの気持ちを否定したら、それは俺自身をも否定することになる」


震えた声が耳を貫いた。


「あの時は頭がごちゃごちゃして、なんにも考えられなかったんですけど、帰ってから冷静に整理して、それで、すごい苦しくなって」
「……おにくん…?」
「わかるんですよ。悔しいけど、痛いくらい、わかるんです。俺も同じだから」
「…………」
「本気で否定して、拒絶して、それで本当にすっぱり諦めてくれますか?俺は無理です。たとえ拒否されたって恋人が出来たって結婚したって、絶対諦めきれません。それが俺の本気です。馬鹿みたいに哀れで、滑稽で、愚かで、」
「もういいよ」
「っ」
「もういいよおにくん。もういいから。泣かないで」


体を無理矢理こちらへ向かせて、正面から抱き締める。あの時と一緒だ。ぽろぽろと流れる涙を止めることしか出来ない。その涙が流れる原因であるあの男が恨めしい。

やっぱり君は甘いよ。なりふり構わず拒絶してくれたらどれだけよかったか。でも、許してなんて言わないから、これからもその甘さにつけこませて。









鬼の本気










140223

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