天狗様 | ナノ
 14


「やあ、こんにちはおにくん」


食べかけのホットドッグを落っことしそうになった。


「……こん、にちは。ココさん」
「もしかして昼食のつもりかい?それだけ?」
「あ、えと、いや、」
「おいで。近くに美味しい食堂があるんだ。僕もお昼はまだだから一緒に行こう」
「えっ、ちょっと、ココさ……!」


顔面ひきつる俺とは違いビックリするくらいの超絶イケメンスマイルで近付いてきたココさん。そのまま俺の返事も聞かずに腕を引いてすたすた歩きだした。いや待って待って待って待って。

例の酔い潰れ事件からココさんと会うのは初めてだ。どうしよう何を話せば……ていうかココさん普通じゃね?あれ?慌ててんの俺だけ?なんでだよ。


「……あの、ココさん」
「ん?なんだい?」
「(もしかして、そんなに酷く酔ったわけじゃないのかもしれない)…こないだは、迷惑かけたみたいで…ありがとうございました」
「こないだ…?」
「えーっと……ほら、あの、俺、お酒飲んじゃって、それで、」
「ああ、それか。いいよ別に、気にしなくて」


勇気を振り絞って話を振ってみたのになんだか軽く交わされた気分だ。やっぱりなにも無かったのかもしれない。あの時サニーさんの顔にココさんの顔が重なって見えたのはきっと気のせいだ。そうだそうだ、腐っても紳士なココさんが酔っぱらった相手に手を出すはずがない。俺の気にしすぎだ。


「いや、でもみっともない姿をお見せしたみたいで。お恥ずかしい」
「恥ずかしがることないよ。むしろ全部見せてくれて僕は嬉しかったけど?」


ちょっと待て。


「………………すいませんココさん、ちょっと聞こえなかったんですが今なんと」
「恥ずかしいもなにも、全部見せてもらったから、僕は嬉しかったよ」
「………………あの、」
「えっ、もしかしておにくん…何も覚えてないの…?」


いやいやいやいやいや全部見せたってなんだよなに見せたんだよ俺!嫌だ嘘だもう聞きたくない…でも気になる…ていうかなんだよその顔覚えてるわけないだろ覚えてたらあんたに会った瞬間逃げてるわアホかもうほんとに俺何やらかしたんだよ!

どうしようか。ここは一先ず覚えてる風に装ってそれとなく話を聞き出すか、正直に白状して全部話してもらうか……後者は恐らくダメだな。嘘話されて記憶改竄させられそうで怖い。ということで、俺ちゃんと全部覚えてますよ大作戦で行こう。


「……まさか。全部覚えてますよ。だから恥ずかしいんじゃないですか」
「だからって…いや、でも、あんなに大胆に迫られた僕の方が恥ずかしいよ…」
(ええええええええええええなんだよそれ大胆に迫っちゃったのかよ俺っていうかココさん赤面やめてすっごい気持ち悪…いやいや、落ち着け俺悟られるぞ!俺は全部覚えてる。全部受け入れる。大丈夫大丈夫)
「ほら、知っての通り僕は基本的に攻めたいタイプなんだけど……おにくんが相手なら、その…喜んで、受け入れるから」
「(モジモジすんな気持ち悪い!)まっ、待ってくださいココさん落ち着いてくださいここ外だから!」
「そんなに恥ずかしがらなくても、もう今さら照れることもないだろう?あんなことやこんなことまでしちゃった仲なのに」
(ひいいいいいマジで何しちゃったの俺……!)
「あれから僕もしばらく体が怠くなっちゃって…おにくんは?大丈夫だった?」
「え、(言われてみればたしかに怠かっ……いやでもそれは二日酔いのせいであって、そんな、そんな違う俺そんなことしてない絶対してない信じたくない!)」
「っと……そんなこと、聞くのが野暮だったね。あんなに激しく動かせば誰だって」
「うわああああああああああああああああああごめんなさいココさんもうそれ以上言わないで!!!」
「んむっ」


どこかうっとりしながら話しだしたココさんの口を無理矢理塞いで黙らせた。これ以上聞いてたら俺の精神が持たない。大丈夫かな涙目になってないかな俺。

とりあえずどこか人気の無いところへ隠れて、やっぱり白状しよう。強がったところで真相がそれならもう逃げ場ないじゃん俺……とそこまで考えたところで思考が停止した。ココさんの口を押さえるために使った右手の平を這った生暖かい何か。

こ い つ 舐 め や が っ た !


「っ、何すんだコラァ!!」
「えへへ」
「えへへじゃない!ていうか、その、場所考えて喋ってください!せ、迫られるだの攻めたいだの、は、激しいだの…!」
「だから言ってるのに、照れなくていいって。全部作り話だし」
「照れてるんじゃなくて……は?」
「作り話に決まってるでしょ?理性のない相手をどうこうする趣味はないよ」


にーっこり。これまた素敵笑顔でそう言ったココさんをぶん殴らなかった俺を誰か褒めてくれ。なんだよこいつ腹立つ。まあ嵌められた俺も俺だけど。この人相手じゃどっちにしろ騙されるに決まってたんだ。まだまだ甘いな俺。


「あー可愛かった。必死に覚えてるふりしてたのバレバレだったよ?赤くなったり半泣きになったり」
「黙れ。それで、真相は?今度はちゃんと話してください」
「……本当に何も覚えてないんだね」


やるせないなあ。そう呟いたココさんの顔は、何故だか少しだけ陰りを帯びているように見えた。


「まあ、いいか。もう一度言えばいい話だし」
「……俺になにか言ったんですか?」
「ああ。そうだよ」
「それ…もしかしてですけど、すごく、至近距離で言いませんでしたか?」
「!」
「…何故かそれだけは覚えてるんです。でも何を言われたのかは、」


思い出せない、と言おうとしたけど出てこなかった。ココさんの顔が目の前にまできていたから。


「ちょっ、と、」
「今から話す言葉を、一言一句、聞き逃さないで」
「え」
「あの時に話したこと全部伝えるよ。嘘偽りない正真正銘の僕の気持ち」
「ま、待ってください!せめて例の食堂で…!」


俺の言葉も周りの視線もすべて無視して、ついに額がぶつかった。悲鳴や野次馬がうるさい。でもそれ以上にうるさい心臓が憎い。なんだよこれどういう状況だよこれ。


「……君は酔った勢いのせいか、いろんなことを話してくれた。ここに来た理由。美食屋を目指す理由。そして愛する人のこと」
「!」
「それら全部を聞いても、僕の気持ちは変わらなかったし、むしろ強くなった。本気で手に入れたいと思った。ブランチにも、誰にも負けたくないと思った」


あの人の名前が出たということは、どうやら本当らしい。最悪だ。なに全部話してんだよ。それでも変わらないってなんだよ。諦めろよ。俺の気持ち分かったんだろ?ならなんでそんな目で俺を見るんだよ。そんな顔されたって、俺は、


『拒絶されるのが嫌で、ずっと隠してた。でも言うよ。本当は誰にもその姿を見せてほしくなかった。誰にも関わってほしくなかった。君を見つけたあの日から今まで、ずっとそう思ってたんだ』


なんだ、これは。


「……一目惚れほど虚像の恋はない、ってバッサリだったけどね」
「待って、ココさん」
「でもね、信じて。この気持ちは紛れもない本物なんだ」
「やめ、やめてくれ、」
「おにくん、君のすべてが欲しい。誰にも渡したくない。僕のすべてを君にあげるから、だから、僕だけを見てよ。他の男を想って泣かないで。嫉妬でおかしくなりそうだ」
「ココさん、離して!」
「……前回我慢したんだから、いいよね?」
「何を…んんっ!」


引き剥がそうとした瞬間キスされてしまった。時折黄色い悲鳴が聞こえるのは気のせいだと信じたい。

頭が真っ白になって、でもそれはすぐに終わった。一度軽く吸われたかと思うと離れていった顔。それを逃さず渾身の右ストレートをお見舞いしてやったら思いの外ぶっ飛んでしまった。でも、ああ、どうしよう、こんな大勢の人がいる前で、信じられない。ありえない。


「なに、する…この変態野郎!!二度とその面見せんな!!」
「痛いなあもう…そんな真っ赤な顔で怒られても怖くないよ」
「っ!」
「怒った顔も可愛いけど、僕はやっぱり笑顔が一番好きかな」
「ふざけんな知るか!!俺もう帰るからな!!」
「あ、待っておにくん!もう一つ伝え忘れてた」
「ああ!?」


人混みから逃げるように背を向けて走ると呼び止められた。もういい加減にしてくれと振り向こうとした、ら、頬に柔らかい感触。


「……いま、何した…?」
「ふふ。愛してるよ、おにくん」


ドヤ顔でそうかましてきたのでもう一度だけぶん殴っておいた。









鬼とあの日の真相










140223

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