天狗様 | ナノ
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彼の話をまとめてみよう。彼が人間界に来たのは修行のためで、彼がいたレストランのシェフであるブランチと同等の実力を持ちたいがために妖食界を出たらしい。しかし先ほども言った通り、立場の異なる美食屋と料理人とでは勝負のしようがない。すると彼は勝負をする気などないのだと言う。

となると、彼がブランチに劣らないほどの実力を持ち、なおかつ美食屋になりたい理由は、一つしかない。


「……彼と、コンビを組みたいから?」
「…………」


おにくんはなにも言わない。けれど否定もしないということは、おそらくそうなのだろう。それでもまだ疑問な点がいくつかある。その話がすべて本当なのだとしたら、なぜわざわざブランチのレシピノートを持ってきた?美食屋としての修行に必要だったと言えるのか?それに黙って持ち出したということは、この修行自体ブランチには言わずに行っているんじゃないのか?もしそうだとして、その理由は?ブランチはどこまで知ってるんだ?

憶測が憶測を呼ぶ。そういえばつい最近、余計な探索はするなと言われたところだった。酔っているとはいえ、これ以上聞くのはよくないか。


「…まあいいや。とりあえず、今日はもう寝るといいよ。キッチンなら僕が片付けておくから」
「……ココさん」
「なに?あ、やっぱり勝手に触られるの嫌かな?」
「正解ですよ」
「!」
「あの人に相応しい、胸を張ってパートナーだと言えるコンビになりたい。そう思ってました」
「……ました?」
「はい。天狗の城を出る直前まではね」


話しながらクツクツと笑いだしたおにくん。


「今思うと、ほんっと馬鹿な話ですよ。全部全部建前なんです。パートナーになりたいってのも、修行しに来たってのも」
「……どういうこと?」
「ああ、もちろんコンビを組みたいのは本当のことですよ。そのために修行しに来たのも事実。でも本当は、本当は、俺、」
「…………」
「ブランチさんに、見てほしかっただけなんです」


気付けば薄ら笑いは消えていて、その目からは大粒の涙をぼろぼろと流していた。初めて見るその顔に言葉がつまる。


「毎日毎日毎日毎日、ずっと食材とにらめっこ。そんな横顔も大好きだった。そばにいるだけでいいって望んだのは俺だ。この気持ちはきっとあの人の邪魔になるからひた隠しにしてたんだ。それでずっとそばに置いてもらえるんなら、容易いことだって、そう思って我慢してた。けど、もう我慢の限界だった」


悲痛に歪んでいく顔も、流れ続ける涙も、こぼれていく懺悔にも似た言葉も。すべてがすべて、僕には美しく見えた。儚くて、今にも消えちゃいそうで、でもその想いは果てしなく強くて、純粋で、決して軽いものじゃない。


「料理人なんかやめるって言ったのも、制止を無視して飛び出したのも、全部あの人の気を引きたかったからだ。なのにあの人は本気で止めるどころか、探しにすら来てくれない……ほんと、馬鹿ですよね。気を引くどころか、てんで興味ないって言われた気分だ」
「…………」
「こんだけ恥かいて、今さらのこのこ帰れるほど強くもないですからね。もうほとんど惰性でここにいてるようなもんですよ」


乱暴に目を擦って涙を拭うその姿がひどく痛々しくて、たまらずその手をとった。驚いて僕を見つめる目はまだ濡れている。


「……なんですか」
「強く擦りすぎだ。赤くなっちゃう」
「…………」
「…馬鹿じゃないよ。君は馬鹿じゃない。ちょっと方法を間違えちゃっただけだ」
「……ココさん…」
「ねえ、本気になっていいかな」
「本気……?」
「本気で、おにくんのこと、狙ってもいいかな」


欲しいんだ。ずっとずっと、欲しくて欲しくて仕方ない。おにくんのすべてを、僕のすべてが渇望してる。でも本当の自分を出すのが怖かった。醜い本性を出したくなかった。


「……つまり今までの気持ち悪いアプローチはすべて遊びだったと?」
「まさか。最初から最後まで、この気持ちは本物だよ」


掴んだ手を引き寄せ口付けた。指先、爪、指の付け根、掌も甲も手首にも、全部欲しいとばかりに唇を落とす。


「君の気持ちはわかった。話してくれてありがとう。だから僕も本気で君を手にいれることにした」
「…迷惑です。話聞いてましたか?俺は、」
「その想いを聞いても、諦めなんかより負けたくないっていう気持ちの方が強かったんだ。むしろもっと欲しくなった」


背けられた顔を無理矢理こちらに向けて、額をくっつけた。鼻先が擦れるほど近い。仕掛けたのはこっちなのに心臓がうるさい。

その純粋で真っ直ぐで一途な心が僕に向けばどれだけ幸せだろう。


「拒絶されるのが嫌で、ずっと隠してた。でも言うよ。本当は誰にもその姿を見せてほしくなかった。誰にも関わってほしくなかった。君を見つけたあの日から今まで、ずっとそう思ってたんだ」
「一目惚れほど虚像の恋なんてないですよ」
「だとしても構わない。今おにくんを愛してるのは事実だから」
「…………」
「……抵抗しないの?キス、しちゃうよ?」
「……体なんかいくらでもくれてやる。好きにすればいい」
「!」
「でも心はあの人にだけ……それ以外のやつになんかやらない」


小さな声で、でも力強くそう言うと、スッと目を閉じたおにくん。どうやら本当に抵抗しないらしい。

…ひどいな、ここまでされてキスしちゃったら僕のプライド丸潰れだよ。仕方ない、今日は出直すとするか。


「……あれ?おにくん?」


大人しく顔を離したのに、なんの反応も見せない。もしやと思い様子を伺うと、スースーと聞こえる寝息。そんな馬鹿な。まさかの寝落ち?


「はあ…そういえばお酒飲んでたっけ」


小さく囁いたのも目を閉じたのも、単に眠かっただけか。あー、うん、寝顔も例に漏れず可愛い。とりあえず起こさないように体を抱いて、ベッドに運んであげた。


「……これだけ、許してね」


窓から漏れる月光に照らされた頬に、そっとキスをした。でも今日はこれだけ。今日は、だけどね。


「おやすみ、おにくん」


覚悟して。もう容赦しないからね。









鬼に宣戦布告










140206

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