天狗様 | ナノ
 09


ここ最近、日が合えば必ずと言っていいほどうちに遊びに来るやつがいる。こないだ招待した時にえらく気に入ったらしく、近頃は俺がいるタイミングを見計らってやって来るようになった。


「トリコさん、いますか?」
「ばーか、分かってるから来たんだろうが」
「バレましたか」


言いながら扉を開けて入ってきたおにの顔は、やっぱりいつも通り無表情。それでいて纏っている雰囲気はひどく柔らかいものだったので、思わず吹き出してしまった。


「態度に出てるぞ、そんなに腹減ってたのか?」
「普通ですよ普通」


ご挨拶とばかりにビスケットで出来た壁を一口食べ、椅子に腰かけたおに。なにか飲むかと聞けばコーラがいいと返ってきたので、蛇口からたんまり注いだコーラを差し出してやった。


「……今日も休みなのか?」
「はい。でも、もうすぐしたらちょっと遠出するんで、ちょっとリラックスしにきました」
「リラックス?お菓子でか?」


どんだけ甘いもん好きなんだよと笑うと、おには静かに首を振って否定した。


「…その…トリコさんの、話を聞こうと思って」
「俺の話?アドバイスとか、そんな感じか?」
「それもいいんですけど、ほんとに何でもいいんです。今までの旅の話とか、美味しい料理の話とか」
「……俺のでよければいくらでも話すけどよ。けどなんで俺なんだ?話くらいならココや小松と話した方が楽しいんじゃねえのか?」
「ココさんは気持ち悪いんで」
「(即答だな)なら、小松は?料理の話ならあいつとの方が楽しめるだろ」
「んー……まあそうなんですけど…」


いつもすらすら言葉を並べるくせに、珍しく口ごもらせているおにに首をかしげた。ひょっとして何かあったのだろうか。次のハントに何か不安を感じているのだろうか。いろいろと模索して、ふとあの時のおにの様子を思い出した。


『あ、トリコさんだ』


雨に濡れるのも気にしないで、傘もささすに突っ立ってたおに。なにも言わなかったし気にしてる風にもしてなかったから言わなかったが、あいつ、雨に打たれながら泣いてたんだ。もしかしたらあいつ自身それに気付いていなかったのかもしれない。

何を思って泣いていたのかは知らないが、多分まだ触れちゃいけねえと思う。このただの美食屋仲間ってだけの関係のままじゃ、まだだめだ。


「……なんていうか、最近」
「!」
「よくトリコさんの家に来るようになって、一緒にいて落ち着いてる自分がいるなあとか、思うんですよね」


おには相変わらず無表情で、けど少しだけ視線をずらして、恥ずかしそうにそう言った。


「こんなこと言っちゃ失礼かも知れませんが…なんか、トリコさん、俺に似てると思って。勝手に」
「………」
「なんか同じ空気を感じるというか…よくわかんねえけど、とにかく、安心するんですよ」


まさかこいつの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったので、だらしなく口も開けたままポカンとしてしまった。おにもおにで俺が気にしてんじゃねえかとちらちら顔を伺ってくるし、なんだこの状況。ココの野郎が見たら俺毒殺されそうだな。


「……ははっ、そりゃあれだろ」
「え?」
「まだ言ってなかったっけなあ……俺も中に鬼がいるんだよ」
「!」
「本物の鬼であるお前と、体内に鬼を飼ってる俺…無意識に仲間意識を持って安心するのも、そのせいじゃねえのか?」
「…そうだったんですか」
「それから、そんなに心配しなくても全然気にしてねえよ。むしろ嬉しいし」


最近よく来てくれてたのはそのせいだったのか。てっきりほとんどこの家のお菓子目当てだと思ってたから、めちゃくちゃ嬉しい。

俺の言葉を聞いて微かに微笑んだおに。あ、やべえ、かわいい。


「……まあ最初は完全にお菓子目当てでしたけどね」
「おいおい照れんなよおに〜。また好きなだけ食っていいからよ」
「言われなくてもそうします」
「おっ?」


飴で出来たコップに入ったコーラを一気に飲み干し、そのままコップもバリバリと噛み砕いていった。次いでチョコレートで出来た机を適当な大きさに割って食べていく。それが終わると今度は立ち上がって俺の部屋へ行ってしまった。恐らくお気に入りの綿菓子ベッドが狙いだろう。来たら必ず少しかじっていくからな、おかげで少しずつ夜が肌寒くなってきた。

しかし本当に遠慮なくいきやがるな…こりゃまた近々スマイルに依頼しねえと。


「なあおに、どうせならお前もスマイルに……あ?」


階段を上がり部屋を覗くと、やはりというかなんというか、綿菓子ベッドを貪っていたおに。しかしいつもと様子が違う。いつもは外側から少しかじりとっていく感じだったのに、今はベッドに潜り込んで中から食べているようだった。膨らんだベッドがモソモソと動いている。


「なんか言いましたかトリコさん」
「うわあ!?おまっ、急に顔出すなびっくりしただろ!ていうか、それ…もうベッドじゃねえ…」


綿菓子に触れようとしたその時、同じタイミングでズボォと頭を出したおに。おかげでそこに穴が開き、もはやベッドとしての役割は果たせそうになかった。


「あー……まあ、どうせもう俺が全部食べるんで問題ないですよ」
「ふざけんなァ!せめて半分寄越せ!」
「好きなだけ食べていいって言ったのトリコさんじゃないですか」
「それとこれとはまた話が別だ!」
「はあ!?どこが!」
「うるせえ!顔中真っ白にしやがって!」
「っ!?」


頬についていた白い塊を舐め取った瞬間、セクハラだと叫んだおににぶっ飛ばされた。









鬼ともう一人の鬼










140205

prev / next