天狗様 | ナノ
 08


(…………お…?)


近い。近くにいる。寝そべっていたそこからのそりと立ち上がり、さらに耳をすませた。距離は…やっぱりそんなに遠くねえな、たった9qか。

歩いても間に合うだろうが他のやつに先越されんのも癪だ。少し急ぐか。


(…あ?この声は、)


狙っていた獲物の元へ走ろうとしたその時、聞き覚えのある言葉が聞こえた。距離にして約1q先。思わず口角が上がる。獲物は後回しだ。


「……うわ、なんかいま寒気が」


だんだん近くなる距離。だんだん大きくなる声。俺の存在に気付いたのか、しばらく止まっていたその場所から急いで動こうとしたそいつ。だがもう遅ェ。


「よォ、どこ行くんだ?」
「……やっぱりゼブラさんだった…」
「ククク…気付いてたのに逃げるたァひでえじゃねえか、鬼小僧」
「ちゃんと謝るから首根っこ掴むのやめてもらえます?」


言われた通り手を離すとそのまま地面に尻餅をついた鬼小僧。降ろせと言ったのは自分のくせに睨み付けてきやがる。チョーシこきやがって。


「ああ?んだよその目は」
「痛かったです、ケツ」
「知るか。テメェが離せっつーから離してやったんだろうが」
「離すにしてもこう、他にあるでしょ他に…あーいて」
「…ここで何してやがる」
「ハント中ですよ。チョゴレームト?だっけ?とかいう猛獣探してて」
「……はあ?ふざけんなよテメェ、そりゃ俺が狙ってる獲物だ!」
「そんなの知りませんよ俺のは大切な依頼なんです絶対邪魔しないでくださいね絶対ですよ絶対だからな」
「知ったこっちゃねえなァ」
「……言うと思ってましたよ…でんでむぐっ」


馴染みの言葉を吐く前に口を塞いでやった。こいつの能力は電気化。体内の血液水分細胞ありとあらゆるすべてを電気に変えて武器を作ったり、自分自身を電流にして移動したりしやがる、やっかいな能力だ。

ただしその能力にも弱点はあった。発動の合言葉である「でんでん」という言葉さえ封じれば簡単に阻止できる。


「はっ、言わせるかよ」
「んんんんんー!ん、ん、んん、」
「ふざけんな、鼻は塞いでねえんだから窒息しねェだろ」
「(マジかよなんでわかるんだ今ので)」
「…どうしても欲しいのか、その獲物」
「(欲しいもなにも依頼だっつってんでしょ)」
「なら条件付きだ。この条件をのむってんなら半分くらい分けてやらねえこともねえ」
「(……それ3分の2になりませんかね)」
「ふん、的確な量なんざどうでもいい。テメェはただ俺の取り分を最高級に調理すりゃあいいだけだ」
「(は?そんなんでいいんで…)ぶはっ!はあっ、はあっ…そんなんで、いいんですか…?」
「そんなんで、だとォ?この俺と獲物を分け合うんだ、それ相応の飯作らねえとぶっ潰すぞ鬼小僧」


挑発するようにそう言うと、同じように挑発するような笑みを浮かべて睨み返してきやがった。


「……上等です。俺の料理以外食えない胃袋にしてやりますよ」
「…ククッ、そいつァ無理な話だな。小僧に比べりゃまだまだ足元にも及ばねえだろ」
「小松シェフと比べるのは無しでしょ……とにかく、そうと決まればはやく行きますよ」


拗ねたように顔を背けた鬼小僧。なに不貞腐れてんだと笑えばまた睨まれた。こいつぐれェだろうな、明らかに俺よりも弱ェくせにこんなに攻撃的な態度を取る奴は。


「……なに笑ってるんですか」
「チョゴレームトがどこにいんのか分かってんのか?」
「………………さっさと案内してくださいよ」
「なに逆ギレしてやがる。勝手に先々行こうとしたのはテメェだろうが」
「ゼブラさんが嫌がらせ言うから…あっ!?」


ぶつぶつうるせえこいつをまた軽く持ち上げ、そのまま背に抱えた。暴れる鬼小僧に舌打ちしながらそのまま道を駆ける。こいつに合わせるよりこうした方が断然速ェからな。


「振り落とされんなよォ、おに!」
「ゼブラさんこそ、ちゃんと捕獲してくださいよ!」


これじゃあまるでコンビ組んでるみてえじゃねえかと思ったが、不思議と悪い気はしなかった。









鬼と交換条件











140204

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