わかさま! | ナノ


市に用があったので城内を探していると、視界の端に金色が映った。客間の襖の先、机の下にいたのは…

「…どうしたのだ、万福丸」
「ちちうえ!」
「机の下に何か落ちていたのか?」
「いーえ!たぁとらとかくれんぼをしておりまする!」
「ほう、かくれんぼか!それは楽しそうだな」
「あまりはなしていては、みちゅかりまする。しーっ、です!ちちうえ!」

嬉しそうに笑いながら小声でそう言うと、万福丸はさらに体を縮こまらせる。ならばそっとしておいてやらねばとそのまま静かに部屋を後にした。

高虎といい吉継といい、二人は自分や市だけでなく息子である万福丸のことまでいつも気にかけてくれている。ありがたい存在だし、我が家臣として誇らしいことこの上ない。叶うならばこれからも某を、そして次に当主となる万福丸のこともそばで支えていってもらいたいものだ。




その後も市を探すがなかなか見つからない。先に見つけたのは、万福丸とかくれんぼをしている高虎だった。

「やあ、高虎」
「長政様!」

声をかけるとすぐに頭を下げ、お出掛けですかと続けた高虎。市を探しているのだと返すが残念ながら高虎も姿を見ていないらしい。はてさて、一体何処に行ったのやら。

「そうだ、万福丸とかくれんぼ中だとか。そなたもやりたい事があるだろうに、付き合ってくれてありがとう」
「何を仰います、若様の望むことこそが私が何を差し置いてでもやりたいことです。長政様がお気になさることなど一つもございません」
「そうか…高虎、そなたは本当に万福丸を慕ってくれているのだな」
「当然です!この日本中の人間の中で長政様とお市様の次に若様をお慕いしていると自負しております!」
「はは、だから万福丸もそなたを兄のように慕っているのだろう」
「はっ!?あ、兄、そ、んな、勿体無いお言葉、恐縮です!」
「本当のことだぞ?万福丸はいつもそなたの名前を口にしては楽しそうにその日の出来事を話してくれるのだ」
「若様が、私のことを…はあああ…っ」

両手で顔を塞いでしゃがみこんでしまった高虎。驚いて大丈夫かと声をかけると、くぐもった声で大丈夫ですと返ってきた。しかしまだ顔は塞がれたままだ。本当に大丈夫だろうか。何か嫌な気分にさせてしまっただろうか。まさか悪いことを言われていると勘違いしているのだろうか。

「し、心配せずとも、万福丸が話してくれる内容はどれもこれも高虎が大好きだというものばかりで」
「はぐうううっ!!」
「高虎!?」
「わ、若様に、直接、だ、だ、だいすき、などと、言われたらっ…俺は、死んでしまいます…!」
「それはダメだ生きろ高虎!万福丸が悲しむ!」
「全力で生きます!!」
「よしその意気だ!」

今度はぎゅうっと胸を押さえた高虎だったが、なんとか立ち直ってくれたようでよかった。どうやら高虎は直接的な言葉が苦手らしい。今後この話はしない方がよさそうだ。

となるとまずは話を変えないと。そういえば、たしか万福丸とかくれんぼをしていたはず。

「急に呼び止めてすまなかったな。万福丸を探しに行ってやってくれ」
「心配には及びません。もう若様の隠れている場所は把握しています」
「もう見つけていたのか?」
「いえ、過去何十回にも及ぶ若様とのかくれんぼで隠れる場所や逃げやすい場所はある程度絞れています。前回は縁側の襖の裏だったので、今回は東奥の客間の机の下かと」
「なんと!そこまで分かっているのか…では、なぜすぐに見つけてやらぬのだ?」
「すぐに見つけてしまうと拗ねてしまうか泣きじゃくってしまいますので…まあそんな若様も転げ回りたくなるほどに可愛らしくて大好きなのですが、やはり苦労して見つけたふりをした時に見せてくださるしたり顔も身悶えるほどの愛らしさなので丁度いい時間帯を見計らっていたところです」
「なるほど…」

これは驚いた。高虎はこれほどまでに万福丸のことを深く理解してくれていたのだな。一見ただの遊びに見えて、しかしその中で二人にしか分かり得ぬ絆が育まれていたというわけか…恐るべし、藤堂高虎。親である某が少し嫉妬してしまうくらいに、万福丸と分かり合えているのか。

「…高虎、これからも万福丸をよろしく頼む」
「そんな、なにを今さら…私は若様が生まれる前から浅井に忠誠を誓っている身。次期当主であらせられる若様に付き従うなど当然のことです」
「ああ、もちろん当主とその家臣としての関係も大事にしてほしい。ただ、某は一人の親としても、万福丸の成長を近くで見守っていてほしいと願っているのだ」
「!」
「某も、そして市も、いずれ万福丸から離れなければならない日が来る。そうなった時、頼れるのはそなたや吉継といった側近達だけだ」

改めてよろしく頼むと言うと、はい、と力強く頷いてくれた高虎。よかった。きっとこれからも浅井家は安泰だろう。

「…では、そろそろ若様が泣いてしまう頃なので見つけに行って参ります」
「ああ。引き止めてすまなかったな」
「とんでもありません。それでは、失礼します」

す、と頭を下げた後、高虎は万福丸が隠れている客間の方へと走っていった。さて、某も早く市を見つけないと。

「長政様…」
「む、市!何処にいたのだ?ずっと探していたんだぞ」
「…これも、一つの愛の形…ですよね…?」
「?」





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