わかさま! | ナノ


「見て、高虎様よ」
「今日も何かお悩みみたいね」
「憂いておられる姿すら凛々しいわ…」

はあ…と女中達が恍惚の表情を浮かべてため息を吐いていた。相変わらずその整った顔立ちはよく女の目を引くなと思うが、残念ながらその中身を知ればすぐに夢から覚めてしまうだろう。恐らく最近仕え始めた女たちだとみた。長年仕えている者なら今どうして高虎が悩ましげに縁側に腰掛けているのか、考えずともすぐに分かるはず。そして、どちらかと言えば呆れに近いため息を吐く。

「今日はどうした、高虎」
「…吉継か」
「まあ、どうせまた若様のことだろうが」
「どうせとはなんだ」
「間違えていたか?」
「間違えてはいないが言い方が気に食わん」

素直な男だなと思う。これがもしも若様に関する何か重大な悩みなのであれば、俺とて真剣に向き合うつもりではある。いつだってそうだ。高虎には負けるだろうが、俺も若様のことは大事に思っているし、それこそ命を懸けてでもその御身をお護りしたいと思っている。

では、なぜ俺を含めた古くから仕える家臣や女中達が呆れてしまうかというと

「…俺はな吉継、叶うならば万福丸様の手ぬぐいになりたい」

真剣な顔をしてこういう突拍子もない願望を吐露してくるからだ。

「……とりあえず最後まで聞こう」
「常から言っているように手ぬぐいは便利品だ、何にでも使える。暖をとれるし、きつい日射も防げるし、汗も拭けるし、物も包めるし、包帯にも出来るし、雑巾代わりにもなるし、火にくべる燃料代わりにもなるし、まさに万能で肌身離さず持っておくべき必需品だ」
「つまり恐れ多くも若様の必需品としてお側にいたいと」
「俺ならすべて出来ると自負しているしそれ以外のことだろうと万福丸様が命じたことならば何だって出来る」
「となると最終的にお前は火にくべられるということになるが」
「万福丸様が望むのであればたとえ火の中水の中だ。問題はない」
「…しかしお前は日頃からこうも言っていたな、手ぬぐいは消耗品だと」
「ああ。だから俺は、万福丸様の為にこの命を…」
「ならばお前が死んだ後、若様は新しい手ぬぐいを所望する流れになるだろうな」
「なに!?ふざけるなそんなことは許さん万福丸様の手ぬぐいになれるのは俺だけだたとえお前相手だろうと見過ごすわけにはいかん戯れ言も大概にしろ吉継!!!」
「では手ぬぐいになるのは諦めるのだな」

無くなれば新しいものを用意すればいいというのもお前がいつも言っていることだ。そう言えば悔しそうに押し黙った高虎。よし、とりあえず今回も上手く対処できたか。毎度こちらの予想し得ない願望やら欲望やらを投げ掛けてくるので困ったものである。こうして道を絶ってやらねば本気で行動しかねない。いつだったか、若様の一部になりたいだとか言って食事の中に自分の血を混ぜようとした時は刺し違える覚悟で止めたものだ。結局本気で斬り合おうとした俺たちを見て号泣した若様のおかげで事なきを得たが、あの時と比べれば今回の件など可愛らしいものだろう。

正直に言って高虎の若様への愛情の大きさは異常だ。常識を逸している。周りからは「若様に対しての過保護が過ぎる」と呆れられているくらいで済んでいるが、きっとただの過保護だとか忠義だとか、もうそういった類いのものではない。それに気付いているのは高虎のこうした願望を直接聞かされている俺ぐらいのものだろう。

この男の友として、そして若様の従者として、この件に関しては本気でどうにかしないといけない。それは十分分かっているし何度か行動はしているのだが、簡単には止まらないのがこの男なのである。

「はあ…万福丸様…万福丸様に会いたい…万福丸様を見たい…」
「そういえばお見かけしていないな」
「長政様やお市様と共に甘味処へ行っているらしい」
「なるほど…しかし意外だな。知っていたのに行かなかったのか」
「馬鹿野郎、せっかく家族水入らずで楽しい時間を過ごされているのだ。そのような無粋な真似が出来るか」

そういうところは律儀なのだなと感心したが、だから手ぬぐいになりたいなどと言い出したのかと気付いたので今の感心は取り消そうと思う。

「しかし見たい…許されるならば一緒に甘味を食したい…大きな饅頭をあの小さなお口で頬張る万福丸様…可愛らしいに決まっている…むしろ万福丸様が饅頭のような愛らしいお顔をしているのに…これではまるで共食いだ…いっそ万福丸様を食べた」
「高虎それ以上はさすがに俺の良心が許さないぞ。若様ほどの大きな饅頭など喉を詰まらせて死ぬのが落ちだ」
「万福丸様を喉に詰まらせて死ぬなら本望」
「違うそこはただの戯れ言だと言い返す流れだろう」
「戯れ言ではなく本気だ」
「やめろ」


「よしちゅぐ!たぁとら!」
「「!」」

本気で怒鳴り付けてやろうかと思った瞬間、トタタという可愛らしい足音と共に聞こえてきた高い声。舌足らずな言葉で紡がれたのは紛れもなく自分達の名前だ。声の正体はすぐにわかった。だから高虎も声が聞こえた瞬間首が一回転するのではないかと思うほどの勢いでそちらに振り向いたのだ。

視線の先には、小さな風呂敷を抱えてこちらへ走ってくる若様の姿。その後ろには穏やかな笑みを浮かべてその姿を見ている長政様とお市様の姿もあった。満面の笑みで俺たちの方へやってくる若様に思わず頬が綻ぶ。

「お帰りなさいませ、若様」
「たーいま!」
「甘味は美味しゅうございましたか?」
「うん!おまんじゅう、どーぞ!」

差し出された風呂敷の中身はお土産だったらしい。まさかのご厚意にすぐさま三人に頭を下げた。長政様は気にするなと仰るが、ありがたいやら恐れ多いやら。しかしこんなにも嬉しそうに渡してくれた若様がいる手前、突き返すわけにもいかない。素直にその厚意に甘えた方がよさそうだ。

「…ありがとうございます若様。さっそく茶を…」
「家宝にさせていただきます」
「かほー?」
「…おい高虎、お前何を」
「万福丸様から頂いた大切な大切な品、口にするなど勿体無い…私にはとても出来ません…!この命尽きるまで肌身離さず持ち歩く所存です!」

どこか涙目になりながらそう話す高虎。正気か高虎。正気なのか高虎。お市様だけでなく長政様までもが困ったように笑っているぞ高虎。気付け高虎。今この場にいる全員を困惑させているぞ高虎。そもそもそれでは大切な饅頭を腐らせてしまうぞ高虎。そこまで頭が回らなくなってしまったか高虎。頼む高虎。

しかしここで転機が。難しい言葉の意味は分からなくとも、高虎が饅頭を食べないということはなんとなく察したのだろう。若様の笑顔が曇り、同時に高虎の表情もぴしりと固まってしまった。なぜそこまでされないと気付かないのだお前は。

「…たぁとら、おまんじゅう、きらい?」
「いいいいいえそんなことは!万福丸様には遠く及びませぬが好物の一つです!」
「おまんじゅう、たべよう…?」
「しっ、しかし万福丸様…!」
「あっ!」

何か閃いたのか、若様はまた笑顔を浮かべて風呂敷を開いた。中には美味しそうな饅頭がいくつか入っており、そのうちの一つをおもむろに掴む。それを苦戦しながら二つに分けると、はい!と高虎に差し出した。

「はんぶんこ!」
「!!!」
「たぁとら、おまんじゅう、どーぞ!」
「……万福丸、様…っ」

ありがとうございます、とこれまた涙目で返した高虎。どうやら若様は、高虎があまり食べられないのだと考えたらしい。さすがは長政様とお市様の子といったところか。子どもながら他人への配慮を忘れない優しさ、恐れ入る。将来が楽しみだ、本当に。

あろうことか若様の手からそのまま饅頭を食べようとした高虎の頭を思い切り叩いて阻止した後、俺もそこから一つだけ頂戴した。





190604