ほわいとでー | ナノ
吉継から貰う

「邪魔をするぞからす」
「おや、吉継殿がちゃんと一声添えて入ってくるなんて珍し…え、」
「俺からの贈り物だ。受け取ってくれ」

礼儀正しく一言声を掛けてから部屋に入ると、目当ての人物は座して双剣の手入れをしていた。そのままずいとちよこれいとを見せつけると驚いたのか一瞬止まって、少しだけ首をかしげたからす。表情は読めないが恐らくポカンとしているに違いない。

先の戦の結果、褒美としてちよこれいとを手にしたのは俺だった。予想通り高虎と三成が競い合うことに躍起になりすぎて自滅したのが大きな要因ではあるが、今回は俺も自分なりにいつも以上に頑張ったつもりだ。秀吉様もそこを見てくれていたのだろう。深々と頭を下げ、じとりとこちらを睨み付けてくる二人を横目にそのままからすの部屋にやって来たというわけだ。

「…まさか、ちよこれいとですか?」
「ああ。今回お前は休んでいたから知らないだろうが、俺が一番活躍したのでな。秀吉様が褒美として授けてくださったのだ」
「へえ、そうなんですね。おめでとうございます…なのに、そんな大事な物を私に?」
「一月前にお前も俺にくれただろう?この時期はそのお返しをするのが異国の風習らしい」
「あー、なるほどー…」

ではありがたく、と伸ばされたからすの手を避けるようにちよこれいとを引き戻した。これを獲得するのにそれなりに苦労したのだ、ただで渡しては面白くない。

「………吉継殿、ひょっとしてこれも戯れだとか言います?」
「まさか。俺はお前に渡したくて死に物狂いで戦ったんだぞ」
「そのわりには意地悪な顔してません?」
「だろうな。簡単に渡すのもどうかと思ったので、一つ条件を思い付いた」
「えー…私への贈り物なのに私が何かしなきゃいけないんですか…」
「それほど難しいことではない。ただ俺がこの部屋を出るまで、その作られた口調と人格を崩してほしい」
「!」
「…それが条件だ。簡単だろう?今ここには俺とお前しかいない。なにも隠す必要などないはずだ」

ここまで言えばわかるだろうと目の前に座ると、はあ、と深いため息が面越しに聞こえた。

「……これでいいか?吉継」

あの洞穴で聞いた、普段よりも少し高くて飄々とした声。途端に体中に蘇る、しっとりと濡れた肌と、火傷するのではと錯覚するほど熱い体温。

今は着物で隠れているあの逞しい腕と胸に抱かれたのだと思い出すだけで体が熱くなる。しかし今は駄目だと気持ちを落ち着かせて、再度ちよこれいとを差し出した。

「普段からそう呼んでくれると嬉しいのだがな」
「あの過保護手ぬぐいがうるさい内は無理な相談だわ。つーことで貰っていい?」
「約束は守ろう。どうぞ」
「やったぜ。わざわざありがとな吉継〜」

へへへと笑いながらちよこれいとを受け取ったからす。面のせいで表情が窺えないのが辛い。

「…ん、ほらよ」
「!」
「前回お前も俺に半分くれたろ?今回も半分こしようぜ」

ぱきりとちよこれいとを二つに割ったからすは、ほれ、と半分渡してくれた。これは意外な流れだな。まさかまた一緒に分け合うことになるとは。自然と顔が綻ぶのが分かった。

「…ありがとう、からす」
「いいえ〜。さ、食おうぜ」
「ああ」
「……あ、ちょっと待てお前また俺の顔見ようとしてない?」
「駄目だったか?」
「うわあ開き直りやがったこいつ」
「そろそろ見せてくれてもおかしくないはずだが」
「これだけはほんと無理だから。諦めろ」
「三成にも見せていないのか?」
「…なんでそこで三成が出てくるんだよ」
「否定しないのだな」
「いやそうじゃなくてさァ…」

生真面目そうな武の達人であるからすの本性は飄々としていて、それでも律儀で隠し事をするのが下手なのだ。そういうところも好ましい、けれど。

もやもやどろどろとした物が胸の中を巣食う。決して友に抱くような感情ではないだろう。しかしどうにも悔しかったので、ちよこれいとを食べるためにずらされた面の下を凝視した。前と同じように鼻先から上は面で隠したまま器用に咀嚼しているからす。もう口元を見られるのは仕方ないと諦めたのか、ずっと見つめていても何も言うことはなかった。

慣れとは恐ろしいものだ。このまま俺が何もしないと思っているのだろうか。逆に言えばそれだけ信頼されているのだと考えることも出来るが、その程度で満足できていたのはもうずっと前だ。ただの信頼関係では足りない。周りの人間と同じでは足りない。俺は、

「…からす」
「あ?」
「俺は、お前の唯一になりたいのだ」

面がずれていたせいで俺が口元の布を下にずらしていたのをからすは知らない。どういう意味だ、と紡ぐ薄い唇に己のそれを押しつけた。

「俺はお前が思っている以上に、お前のことが好きだぞ、からす」

離れる瞬間にちろりと舐めたそこはたしかにちよこれいとの味がしたのに、それよりもはるかに甘く感じた。

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