ばれんたいん | ナノ
高虎に渡す

「………」
「えっ何その顔。嫌だった?」
「……いや、決してそういうわけではないのだが…」

じゃあなんだよ、とどこか不服そうな顔をしている高虎を軽く睨む。どういうことだってばよ。

簡易アミダくじ(自作)の結果、選ばれたのは高虎でした…ということで三成に捕まらないようさっそく素顔モードで秀長の屋敷まで飛んでった俺である。どうしてからすが持ってたちよこれいと持ってんだよとつっこまれた時のために考えてた「秀吉様が余ってたからってくれたんだ〜へへへ」などというクソ適当な言葉を付けてチョコを渡したというのに、当の本人はなにが気に入らないのかお世辞にも嬉しそうとは言えない顔をして俺を見ていた。なんでやねん。こんなことはおかしい。お前も秀吉の話聞いてたから知ってるだろこれ大事な人に渡すっていう風習あるって聞いてただろそれを渡そうとしてた(多分)俺から貰えたんだからもっと喜べや嬉しいだろどうだ高虎嬉しいだろ!なんか自意識過剰に聞こえるけどこいつマジで俺にめっちゃなついてるからセーフ!しかし高虎はなかなか俺の手からチョコを受け取ろうとしない。ちょっと待てよ…お前まさか…

「…高虎よ」
「なんだ」
「もしかしてお前……自分から俺に渡したかったから拗ねてんの…?」
「………」

す、と顔をそらした高虎に頭を抱えたくなった。図星かーーーーーい!お前ほんとめんどくせえな!そこ気にする!?どっちでもよくね!?せっかくのバレンタインデーなんだぞ笑って流せや!まあいっかって納得しろや!妥協しろや!あの死線(主に三成からの鬼のような監視)を潜り抜けてここまで渡しに来てやったというのに!俺の努力返して!

「…待て、どうして俺が渡そうとしていたことを知っているんだ」
「え?あー…からす殿が誰に渡そうかって相談してきたから」
「あいつともよく話すような仲なのか?」
「まあそれなりには…顔会えば話す程度、みたいな?」
「…あの男とは関わるな」
「ええええ」

ナイスアドリブ俺!と自分で自分を誉めた瞬間にこれだもんな〜こいつほんとからす殿嫌いすぎワロタ。まあここで何でだどうしてだと食い下がるとさらに険悪モードになってチョコどころじゃなくなりそうなので深くは探らないようにしよう。むしろそれを逆手にとってやる。

「なら俺の言うことも聞け。高虎よ、黙ってこのちよこれいとを受け取るのです」
「……腑に落ちんが、まあ、お前が俺を選んでくれたということだから良しとするか」
「そういうことだ、分かったなら食え」
「…ありがとう、なまえ」
「どういたしまして」

ようやくチョコを受け取ってくれた高虎に安堵した。よかった、それでも受け取らねえままだったら自棄になって自分で食うとこだったわ。

そのままチョコを一口頬張った高虎。ぱきりという懐かしい音が耳をつく。一瞬不思議そうな顔をした高虎だったが、すぐに顔を綻ばせた。どうやらお気に召したらしい。

「美味いか?」
「…不思議な感触だ。口に入れる瞬間は固い食感のはずなのに、噛むうちに口内で蕩け出す。味も思っていたよりずっと甘い」

うまいうまいとパキパキ食べていく高虎の言葉はまさしくチョコレートの説明アナウンスであった。喜んでもらえたのなら何よりである。さて、三成様に見つかってどやされる前にそろそろ城に帰るかと腰を上げようとしたら、ぱしりと手を掴まれた。

「お、どうした?」
「それは俺の台詞だ。もう行くのか?」
「んー、そろそろ帰らねえと…今日はそれ渡しにきただけだし。美味かったなら何よりだよ」

まあ俺が作ったわけじゃねえけども。もぐもぐと口を動かしている高虎はたしかに嬉しそうに食べていたのに、俺の言葉を聞くと途端にまた仏頂面になってしまった。いやそんな顔されてもなあ…

「…お前は食べたのか?」
「いや食べてたらお前に渡す分無くなっちゃうじゃん」
「なら食え。美味いぞ」

そう言うとあと少しで無くなりそうなチョコをこちらに差し出した高虎。知ってるよ前世でどんだけ食べてきたと思ってんだ甘党なめんな。

それはもうお前にやったもんだから貰えないと返すが、貰ったものをどうしようと俺の勝手だと返される。たしかにそうなんですけど…言うてあと一口分…いやでもぶっちゃけくっっっそ久々のチョコだもんな…貰えるのなら全然食べたいしなんなら喜んで食べたいし断る理由がないな…よしそれならありがたく頂戴しよう、と手を伸ばしたらチョコが遠ざかった。は?

「どっちだよくれるんじゃねえのかよ」
「やるからまずは座れ」
「めんどくせえな……ほら、よこせ」
「遠い。俺の目の前に座れ」
「………お主いったい何を企んでおるのじゃ」
「俺が食わせてやる」
「ハア?」
「口を開けろなまえ」
「いやいやいやいや普通に渡せや!誰がそんなこっぱずかしいゴッッ」

問答無用でズボォと口にぶっ込まれたチョコはやはり前世と変わらず独特の甘みとコクがあり大変美味しゅうございました。前世と違うのは可愛い女の子ではなく同じガッチガチの男にあーん(属性:凍牙)されたことですかね!あーんなんて可愛いもんじゃなくてほとんど突かれたけどね!マジでただの通常攻撃のモーションだったからね!殺す気かな?

当然のように味を堪能する余裕などなくむしろゲホゲホと咳が止まらず飲み込めたかすらあやしい。美味いだろ?じゃねえぞもはや俺がお前を殺すぞオイ。

「うえっ、ぐっ、だかとら、てめえ…絶対、殺す…ゲホッ…!」
「物騒なことを言うのはこの口か?」

前のめりで咳をしながら暴言を吐くと下から顎を掬われた。とっても楽しそうに俺を見る高虎と目があったので三成先生直伝の「にらみつける(殺傷能力有)」で応戦する。しかし効果がなかったのか目の前の笑顔はちっとも崩れず、口の端しからだらしなく垂れていた涎だかチョコだかを指で拭われる始末。俺かもしくはお前がすこぶる可愛い女の子だったならきっとトゥンク…の一つでも起きていただろうが野郎二人でやってもむさいだけなのであった。とんだバレンタインだぜ。オマエマジデコロス。




(濡れた目と赤い頬と半開きの唇を見て思わず口付けそうになった、とある冬の日)



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