長持奪取作戦


(ifエンド“三成との約束”ルートその後)
(長持奪取作戦勝利後の話)
(もう世間にはからす=なまえとして公表してる)









「こ、れは」

秀忠様からの密命のもと、なまえと共に信之が身内の者にすら見せぬと言われる長持の中身を確認するため城に押し掛けていた。中身は家康様から授けられたという脇差。それだけだったのであれば、素直に非礼を詫び、処分を受けるつもりだったのに。

脇差を戻した拍子に少しずれた長持の底板。中から見えた書状。俺が言葉に詰まらせたことに気付いた隣に座るなまえが、身を乗り出してそれを見ようとした瞬間長持の蓋を強引に閉じた。

「…今のは、見なかったことにする。それで貸し借りはなしだ」
「…そのようにしていただけると、こちらとしてもありがたい」
「では失礼する。行くぞ、なまえ」
「………」
「なまえ」
「…あー、ああ。悪い。行こう」

反応がないなまえに酷く嫌な予感がした。それを振り払うように腕を引いて無理矢理立たせる。もしかしたら見られたかもしれない。けれど何も言わないということは、こいつも、もう踏ん切りをつけられているということだ。大丈夫。なにも不安になることはない。もうあれから数年経ってる。最初は少なかった口数も増えていったし、まったく見せなかった笑顔もたまに見せるようになった。だから、なにも不安になることなど、

「…待ってくれ」
「!」
「もう遅い時間だ。二人とも、ここで休んでいくといい」
「…いや、こちらは無礼を働いた身。よもや寝泊まりの世話になるなど…」
「いいじゃん高虎。ひっさびさにめちゃくちゃ動いたから疲れちまった。信之の言葉に甘えようぜ?な?」
「………」
「…ってことで、よろしく信之〜」
「決まりですね…稲、部屋を用意してくれ」
「わかりました」

その後もへらへらと笑いながら信之と話していたなまえ。まるで先程の出来事などなかったかのように、自然体で。

その様子がなぜか恐ろしく見えて、思わず目を背けてしまった。













「厠行ってくるわ」

さああとは寝るだけだというタイミングで切り出す。そうか、とだけ返した高虎に背を向けて部屋を後にしようとした。が、それは高虎の手によって遮られる。

「…体を冷やすといけない」

そう言って自分の羽織をかけてくれた高虎。たかが厠に行くだけなのに優しいやつだ。いつでもどこでも、俺のことを第一に考えてくれる、過保護な男だ。

「おう、ありがと…んっ、」

素直にお礼を言おうとしたら、その言葉ごと唇を塞がれた。触れるだけのそれは一瞬で、なのに、高虎の顔は至近距離のまま離れない。

いつからか、毎日毎日繰り返される高虎からのキスに慣れてしまった自分がいる。それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。

「……なまえ」
「なんだよ」
「…待っている。早く帰ってこい」
「はいはい」

過保護にも程があるぜまったくよ〜なんて茶化しながら、今度こそ部屋をあとにした。月明かりを頼りに廊下を歩く。

ごめんな、高虎。本当は全部気付いてるんだろ。この羽織も、さっきのキスも、最後の言葉も、全部全部俺を逃がさないためのものだ。俺はいつでも近くにいるぞと、そう言いたいんだ。

「…お待ちしておりました、なまえ殿」

それらをすべて受け入れた上で、俺は行くよ。





俺の予想通り待ってくれていた信之と共に、例の長持を納める部屋に向かった。信之がそこから取り出したのは一枚の書状。送り主の名前は石田三成。やはり、見間違いじゃなかった。

「あなたにならば、見せられると。そう思っておりました」
「…ありがとな、信之」
「いえ…なんのことはない、些細な書状ではあります。しかし、それは私が唯一持つ三成が生きていた証」
「………」
「どうかその存在は、高虎と同じように胸の内にしまっていただきたい」

信之の言葉を聞きながら文に目を通す。内容云々ではなく、その文字に、そっと指を這わせた。

「…なまえ、殿…」

ああ、よく知っている。何度も何度も見てきた。

「はは……三成の、字だ…っ…」

そう思った瞬間、ぼろりと溢れた涙。大切な文が濡れてしまわないように、再度感謝してから信之にそれを返した。すごいな三成。文字だけで俺のこと泣かせられるのはきっとお前くらいなもんだぜ。

もう吹っ切れたと思ってた。お前が死んでからしばらくは毎晩泣いてた。何度も自殺してやろうって考えてた。その度必ず高虎に止められて、失敗して、いつしかもう全部諦めた。今はただ高虎のそばで穏やかに余生を過ごすことに専念していて、それはつまり、お前のことをちゃんと忘れられたのだと、そう思っていたのに。












部屋に戻ると、高虎は言葉通り布団の上に座して待っていた。

「ただいま」
「おかえり」

高虎の前に向かい合わせになって座る。濡れたままの目元に気付いた高虎が、そっとそこに触れた。微かに歪んだ表情を見て、高虎、と名前を呼んだ。

「ごめんな」
「………」
「俺、やっぱり消せてねえわ、あいつのこと」

消せるはずなんてなかったのに、忘れられるはずなんてなかったのに、吹っ切れるはずなんてなかったのに、どうして見て見ぬふりをしようとしてたんだろう。

「…辛いなら俺を利用しろと、そう言っただろう」
「ああ。俺も、そのつもりだった。けど無理だったんだ。三成は三成だ。他の誰にも成り代われない。俺の中のあいつは消えない。一生な」

そう認めた瞬間、とてもすっきりした気分になった。ずっと心のどこかで引っ掛かってたんだろう。そりゃそうだ、良い意味でも悪い意味でも、あいつは俺の半生を掻き乱し続けてたと言っても過言じゃないんだから。

「そんで高虎、それはお前にも言えることだ」
「!」
「お前は石田三成じゃない。藤堂高虎だ。他の誰にもなれない」

目を見開いた高虎は今にも泣き出しそうだった。反対に俺は、多分、笑ってる。

「俺はお前に三成を重ねることで、忘れることで今まで生きてきたと思ってた。でも違う。三成のことを忘れることなんてできない。それでも今日まで生きてたのは、お前がそばにいてくれたから。俺はお前自身に救われてたんだ」

言動も行動も重いし激しいし、たまにうんざりすることもあるけど、その根底にあるのは、俺なんかのことをただひたすら真っ直ぐに想ってくれてる純粋な気持ちだけだった。お前だってきっといつも辛かったろ。それでもそれを押し殺して、ずっと俺を支えようとしてくれてた。

お前のその泣き顔、めちゃくちゃ久しぶりに見たな。対して俺はめちゃくちゃ久しぶりに、穏やかに笑ってると思う。正反対だなあ。

「気付くのが遅くなってごめんな」
「……なまえ、お前、」
「すぐにお前と同じくらい好きになるってのは無理だろうけど、それでも、許してくれるなら」
「!」
「これからも俺と一緒に生きてくれないか、高虎」

初めて俺から贈った口付け。離した瞬間、乱暴に抱きしめられた。

「…不安だったよな、ごめんな、弄ぶようなことして」
「もういい。もういいから」
「許してくれんの?」
「馬鹿野郎…許すもなにも、俺は、最初から、お前さえいれば、それでいい」
「ははは、愛され過ぎわろた」
「…ありがとう、俺を選んでくれて」
「何言ってんだ、それは俺の台詞だよ」
「……好きだ、なまえ」
「うん」
「好きだ、好き、お前が好きだ、愛してる、ずっと、俺、には、なまえだけだ」
「うん、ありがとう。俺も好きだぜ、高虎」

嗚咽と愛の言葉が混ざってもうぐずぐずになってた。今まで何度も聞いてきた言葉なのに、そのどれよりも深く心に刺さった気がする。

いつか俺も心の底からお前に愛してるって言えるように、お前と生き続けていくよ。これからもよろしくな、高虎。








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