吉継の懇願


(三成よりも史実を優先した場合)
(小早川のもとへ向かったのが高虎ではなくなまえだったら)








流れるような剣さばき。無駄のない軽やかな動き。容赦なく攻め立てる、圧倒的な力。

その強さはずっと前から知っていた。初めて出会ったあの日は敵として。再会してからは味方として。ずっとずっとすぐそばで見てきた。自分を含めたたくさんの人間を、その力と能力で救ってきた姿を。

そして改めて敵対し、再確認する。思い知らされる。現実を突きつけられる。この男にはきっと一生かかっても敵わないだろうと。

「だが、甘いな」
「っ!」
「それでは俺に勝てないぞからす!」

仕込み刀でからすに斬りかかる。虚をついたとはいえ簡単に防がれてしまう。それでも怯まない。何度でも何度でも、お前が本気を出すまで、俺は刀を振るう。

お前の強さはよくわかっているつもりだ。そして、その底無しの優しさも甘さもすべて。だからお前は本気を出さない。出しているつもりでも、心のどこかで躊躇している。鋭く攻めているように見せて、俺に反撃させる隙がある。かの信長に称賛されたほどの武を持ちながら、ここにきて、未だに友であった俺一人を討つことすら出来ていない。とんだお人好しだ。けれどそんなお前だから、俺も、三成も、そして高虎も、

「言ったはずだぞ。俺の望みは、願いは、たった一つだ」
「…三成の勝利よりも、そんなことが望みだっつーのかよ!」
「その三成の敵に回ったお前に俺を責める資格はない!」
「!」
「それにお前も分かっているはずだ、俺の望みを叶えなければ、三成を止められない」

人生は選択の連続だ。誰にでも突然与えられるもの。どれが正解で間違いかなんて誰にもわからないし誰にも決められない。そして、逃げることなんて出来ない。

「三成を止めたければ俺を殺せ。それすら出来ないお前に三成を止めることなど出来ないし、止めさせない」

俺を殺して三成を止めるか。俺を殺せず俺に殺されるか。俺はもうすでに選択した。あとはお前の選択次第だ。いくらその武力があれど、すべてを救うことなど出来やしない。何かを犠牲にしなければいけない日が必ず来る。家康側についた時点でわかっていたはずだ、お前も。

不意に、ぐらりと体が傾いた。日に日に悪化していた病を押して動いてきた付けがついに回ってきたらしい。しっかりと握っていたはずの采配が滑り落ちる。動きが鈍る。

「……ごめん、吉継」

その時出てきた言葉が、よかった、というものだった。

振り抜かれた剣が俺の腹部を切り裂く。防具などまるで紙と同じだと言わんばかりの力で。意外にも痛みは一瞬で、それ以上にひどく体が熱い。切り口と口から出てくる血がどんどん着物の白を赤く染めていく。ああ、本当に死ぬのだなと、そう思った。

膝から崩れ落ちた体を抱き上げてくれたからす。お前の胸の中で息絶えられるのなら、こんな贅沢なことはない。最後の力を振り絞って、その烏天狗の面に手を伸ばす。無抵抗のまま面を取られたからすの顔は、高虎の城で出会ったなまえという男のそれだった。やはり、その正体はお前だったのだな。

「ふ…最期くらい、笑顔を、見たかったものだがな」
「……こんな状況で笑えるわけねえだろ…」

それもそうだな。優しいお前は、友を討って笑って勝ち誇るような男ではないものな。涙で濡れている頬を両手で柔く包む。素顔のお前の笑顔を見れなかったのが心残りだが、それでも俺の望みは叶ったのだ。

顔を軽く振って口元の布をずらす。からすの顔を引き寄せて、その唇と晒された自分の唇を重ねた。一瞬触れてすぐに離したそこは俺の血で濡れている。それにひどく興奮した。

「…わ、すれて、くれるな、おれの、ことを」
「…ああ、忘れねえよ。絶対」

ずっとだ。ずっと、この戦が終わったあとも、年老いていっても、死んでしまうまで、ずっとその頭に、胸に、心に、記憶に、その手で殺した俺という存在を刻みつけておけ。

そして死んでしまったあとも、その記憶を頼りに必ず探しに来い。あの世で待っているからな、永遠に。

「さらばだ、なまえ…あ、い…してる…」

すまない三成、一足先に失礼するぞ。







190522


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