小太郎との契約


(吉継を庇い、とどめを刺されそうになった後)





「なまえ、うぬとの契約を破棄させてもらう」

いつものように淡々とした声でそう言った小太郎に酷く嫌な予感がした。だから、震える喉を無視して力の限り叫んだ。

「だ、めだ小太郎!そんな勝手は、許さねえ!」
「!」
「契約通り生き、がはっ、げほっ…!」
「やめろからす!もう喋るな!」

俺を抱く吉継が怒鳴る。くそ、血が止まらねえ。もう叫ぶことすら許されねえってか。

小太郎は強い。そんなことは知ってる。けど、今のぶちギレた高虎にはきっと敵わない。お前だってほんとはわかってるくせに。原因を作ったのは俺だ。俺を仕留めれば少しはマシになるはず。だからお前は俺なんか置いて、吉継と一緒にさっさと逃げろ。それが無理ならせめて一人だけでも生き延びろ。俺のせいで、こんなことで命をかける必要はない。それにお前には俺が死んだあとの三成を任せてるのに。

契約を破棄することによって自由に行動したいと、表向きはそのつもりなんだろう。本心もそうなのだとしたら俺だってなにも言わない。でも違うだろ。俺のことなんかスルーしとけば契約もくそも無くなるのに、わざわざ助けてくれたお前は、俺を逃がすために無茶しようとしてるんだろ。そんなのはダメだ。ちゃんと最後まで契約を守れ。俺のことなんざ見捨てろ。それが出来るお前だからこそ契約したんだぞ、俺は。

「…虫の息の分際で、よく吠える…」
「っ、おい、まてこたろ…!」

高虎の猛攻を受け流しながら、パチンと指を鳴らした小太郎。瞬間現れた小太郎の分身が俺を吉継から引き離し、その場から戦線離脱するため走り出す。

「ざ、けんな、小太郎…小太郎ー!」

痛みをこらえて伸ばした腕は、風を掴むだけだった。















あれからどれくらい経ったろう。恐らく数分くらいだろうけど、もう何時間も経ったように感じる。遠くに聞こえる砲撃の音や兵士達の声は相変わらず止まなくて、戦がまだ続いていることを知らせていた。分身が気休め程度だと言って応急措置をしてくれたけど、マシになったのは痛みだけで、意識はもう朦朧としてきた。それでも処置がなければここに着いた時点で息絶えていたことだろう。すでにいなくなってしまった分身には改めて感謝しないとな。

戦場から少しだけ離れた林の中。大きな木を背にゆっくり目を閉じた。大丈夫。信じよう。清正も正則も左近もいる。吉継だってもう本陣に退いている。小太郎も、隙を見て逃げているはずだ。だから何も気に病むことはない。だから、安心して、眠ろう。




「こんなところで居眠りか」

頭上から降ってきた声にハッと目を開けた。見上げるとそこにいた小太郎はいつもみたく笑ってるくせに、口からも体からも俺と同じように血を流していた。あの、風魔小太郎が、傷だらけになって立っていたのだ。

「…こた…おまえ…」
「……あの白頭巾はきちんと三成のところへ届けた。例の手紙も、一緒に渡してある」

これで満足か?と笑いながら、震える手で俺の涙を拭う小太郎。

「うぬが以前言っていた通り、我は薄情なのでな。もう命令は聞かぬ。このままうぬに殉ずるのも、我の勝手だ」

徐々にか細くなる声で話す小太郎に苦笑いした。やっぱりこんな自由人、従える方が無茶だったって話だ。

俺には勿体無いくらい薄情な忍びだよ、ほんと。

「おまえ…馬鹿だなァ、小太郎…」
「…ククク…馬鹿な主人には、これくらいが、丁度よかろう」

ふらりと体を倒した小太郎は、いつかのようにそのまま足を投げ出していた俺の膝に頭を乗せた。

「膝、硬いけど…座布団ねえぞ…?」
「仕方ないから我慢してやる」
「はは……そら、よかった」

ああ、小太郎が見えなくなってきた。あれだけうるさかった戦場の音ももう聞こえない。

「…お、つかれ…ありがと、な、こたろ…」

そっと頭を撫でれば、小太郎が笑ったような気がした。

それに満足した俺は、今度こそ、意識を手放した。










190521


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