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「……さん……聞こえますかー?みょうじさーん?」

神様との会話のあと、ぶつりと途切れた意識がまた浮上し始めた。聞き覚えのない女の人の声。みょうじって名前には聞き覚えがあった。つーかそれ、俺の名字では?なんだ?なんで知ってんだ?てか俺もなんで覚えてるんだ?死んだから記憶リセットされるとかそんなんじゃねえのか?まさかまた転生したとか言う?嘘でしょ?

呼ばれるままにうっすらと目を開ける。飛び込んできたのは真っ白な天井と、ナース服を着た看護婦らしき人だった。

「………は…?」
「あ、よかった!さっき身動ぎしたから意識が戻ったのかなって。ご気分はいかがですか?痛いところとか、気持ち悪いとかないですか?」
「…い、や、大丈夫…です…」
「そうですか、わかりました。今先生を呼んできますから、安静にしててくださいね」
「あっ、あの!」
「?」
「俺、ずっとここに?」
「…あ、そっか。運ばれてからずっと寝てましたもんね」

昨日交通事故に遭われてここに運ばれてきたんですよ。頭を強く打ったせいで意識を失われてたんですけど、幸い外傷も打撲程度で済んでます。応急措置をしたので痛みは少ないかもしれませんが、意識が戻られたのできちんと診てもらいましょうね。

そう言って行ってしまった彼女に、文字通りポカンとした。

今俺が着ているのは病衣。体を預けているのはベッドで、さっきの彼女はやはり看護婦なんだろう。つまりここは病院だ。交通事故ってのは、多分、戦国時代に行くきっかけになった事故のことだろう。そう理解した瞬間、まるで昨日まで普通にここで過ごしてたかのように記憶が甦ってくる。俺は前世に戻ってきたってことか?それとも、俺はずっと、ただ眠ってただけなのか?さっきまで関ヶ原で戦ってたのも、実は全部夢で、

「…いや、違う」

夢なわけがない。俺はたしかにそこにいた。あの時代に生きていたんだ。秀吉の下で働いたことも、おねね様のお使いで走り回ったことも、清正と正則に稽古をつけてやったのも、小太郎に助けられたことも、吉継の戯れ言に付き合ってやったのも、高虎と甘味を食いまくったことも、三成にツンデレかまされまくったことも、全部はっきりと覚えてる。あれは間違いなく現実だった。

だとしたら、歴史は?ちゃんと変わったのか?

サイドテーブルに置いてあったのは見るのも懐かしい俺のスマホだった。死ぬほど久々に触れるのにパスワードは簡単に出てくるのが変な感じだ。画面を手慣れたようにタップして、石田三成、と検索する。トップに出てきた某有名辞書サイトを迷わずタップし内容を見漁る。

俺は、そこで初めて、きちんと三成の生涯を知った。

「…生き曝し…引き回されて、斬首…?」

知らなかった。ゲームでは関ヶ原の戦いのあとすぐに見つかってたから、そのまま殺されるのだとばかり思っていた。そんなはずがなかったんだ。天下を二つに分けるほどの大戦を仕掛けた男が、そんな簡単に処罰を受けて終わるはずがない。ここに書かれている内容だけではなく、二度と同じようなことが起こらないよう、見せしめとして、もっと酷いことをされていた可能性だってある。

きっと三成は、それでも最後まで諦めず、戦おうとしたんだろう。どれだけ惨めな目にあっても、食らいつこうとしたんだろう。けれど、死んだ。殺された。そう記されている。それはつまり、俺の願いは叶わなかったってことだ。

「……なんだよ、それ…っ」

だいたい、俺みたいなただの一般人が歴史を変えようだなんて考えること自体烏滸がましかったんだ。そんな力なんてあるはずがないのに。それこそ神様でもあるまいし。

それなら、どうしてまた俺に生を与えたんだ。どうして俺をこの世界に戻したんだ。どうしてあいつらに会わせたんだ。どうして記憶を消してくれなかったんだ。

あいつは最期、どんな思いで死んでいったんだろう。考えるだけで胸が苦しくなる。鼻と目の奥が痛い。涙で滲んでいくスマホ画面は、それでも歴史が変わってなどいないことを教えていた。

こんな思いをするくらいなら出会いたくなんかなかった。ずっと画面の中にいるあいつらを大好きな、ただのファンの一人でいたかった。いっそ忘れてしまいたかった。もう二度と会えないのに、俺は、ずっとずっとこの苦しみを抱えながら生きていかなきゃいけないってのか。これが、神様との約束を破った罰なのか。




《いいや、それは違うぞ人間よ》


この声は


《お前はたしかに言いつけを破り、歴史改変を望んだ。だから力を奪った》

《しかし、それが必ずしも実験の失敗を意味することではない》

《お前は見事わしの期待に応えてくれた》

《実験は成功していたのだ》




《次はわしにその力を貸してくれ、なまえ》









190520


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