《歴史に忠実に生きれば長寿が、歴史を改変せんとすれば死がお前を待っている》

そらそんなこと言われたら誰だって長寿を選ぶだろう。俺だってそうだった。だから今までもその約束を守って生きてきた。長政も、信長も、光秀も、勝家も、お市様も、氏康も、史実を守るためにそのまま見殺しにしてきた。秀吉と利家の死も、すでに決まっていたことだと、抗えないことなんだと受け入れてきた。ここが戦国時代だと知ったその時から決めていたことだ。前世で早くに死んじまった分、長生きしてやるんだって。だから、この関ヶ原だって、後にやってくる大坂の陣だって、同じように決められた誰かを見殺しにして、生きていくはずだった。

『お前にだけは、死んでほしくない』

あいつだってそう言ってくれた。そのためにも生きていこうと、あいつの約束を守るために生きようと思っていたのに。

俺の死を恐れて泣いてくれたあいつを、ずっとそばにいると言って強く手を握ってくれた三成を、俺は見殺しにすることができなかった。











「……なまえ…?」

まるで瞬間移動のように感じた。あっという間にたどり着いた西軍本陣にいた三成は、突如現れた俺を見て驚きつつも泣きそうな顔で微笑んでくれた。けど、その笑みは俺の姿を見て一瞬で崩れ去る。同じタイミングで分身が消えて、そのまま三成の方に体が倒れた。

「なまえ、お前、これは、」

地に落ちる前に受け止めてくれた三成だけど、その顔はまるで意味が分からないといった表情を浮かべている。らしからぬ拙い言葉は今こいつがいかに動揺しているのかをありありと表していた。

ずっと握りしめていた文は恐らく血まみれだろう。解読できるかわかんねえけど、お前なら多分意地でも読もうとするはずだ。お前の意地っ張り具合は天下一だからな。そこは俺が保証する。

血に汚れくしゃくしゃになってしまったそれを三成の胸に押し付けた。そうして重力に従い落ちていく手は素早く掴まれて、強く強く握りしめられる。ゆるりと顔を上げれば、何度か見た悲痛な泣き顔の三成がそこにいた。

「ど、して、そんな、無茶を…俺は、こんなこと、望んでいない!」
「…は…はは…ごめん、て」
「約束、そうだ、約束を守ると、そう、言ったから、だから俺は、」

ごめんな三成。本当はお前との約束を守りたかった。でもそれを守るには、お前と一緒にいる時間が長過ぎたんだ。いつもみたく割りきれなかった。お前の死を見届ける勇気がなかった。臆病な俺を許してほしい。

俺が選んだのは、秀吉との最後の約束だった。

「お、まえが、生きてさえ、くれるなら、お、おれは…おれは、しんでも、よかったのに…!」

俺も同じだよ。だからこうしたんだ。つっても、もう上手く喋れねえから、代わりに最後の力を振り絞って笑顔を作った。頭がボーッとしてきた。ひどく穏やかな気分だ。血を流しすぎたせいで、意識が飛びそうなんだろう。この怪我じゃきっともう目覚めることはない。次から次へと落ちてくる涙が俺の顔も濡らしていく。悪いな、もう拭ってやる力も残ってねえや。

長かった第二の人生がようやく終わる。悔いのない、いい人生だった。お前や関わってくれたみんなのおかげだ。

「…つなり…あ…がと、な…」
「っ、いやだ、いやだいやだいやだ、やめろ、逝くな、なまえ、返事をしろ、なまえ!」

一つだけ悔いを挙げるとしたら、生きてお前のことを守っていってやれないことかな。

「なまえ、頼む、いやだ、なまえ…俺を、一人にしないでくれ…っ」

心配すんな。お前は一人じゃねえよ。左近も吉継も生きてる。清正も正則もお前の味方だ。

生きろよ三成。俺の死を無駄にしないでくれ。お前なら、きっと勝てるぜ。そう信じてる。


(じゃあな、俺の最愛の弟よ)






190520


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