直政からの衝撃の伝令の後、他の部隊からも次々と応援要請が飛んできた。正体を探るにしても混乱を沈めるにしても、まずはその複数人のからすを仕留めなくてはならない。一人相手でも苦労するというのに、偽者とはいえ複数も現れたのであれば苦戦は必至だろう。しかも開戦前の奇襲だ。現場の人間からすれば突然の寝返りだけでも混乱するというのに。

「あくまで白を切るつもりか、お前以外の誰がこんなことをすると言うのだ!」
「だから落ち着けってマジで!からすがたくさん出てきたからってからすばっか疑うなよ!風魔小太郎が裏切ったかもって言ってんだろ!?」
「ただの可能性だろう?むしろ罪を隠すための方便にしか聞こえない。よって、真実が明らかになるまではこの男を捕らえておくことが最善だ!」

一度決めたら意地でも通そうとする直政がどこかの馬鹿に瓜二つに見えた。たしかに真実がはっきりしない今、からすが首謀者であるという可能性も否定できない。

真相は大きく分けて四つのうちのどれかだ。風魔の独断での離反。こちらを撹乱させたい西軍の策略。からすを陥れたい東軍の誰かの策略。そして、からす本人の策略。

直政の言う通り、どの可能性もあり得る今現在はからす本人の動きを封じておいた方がいいかもしれない。そこまで考えて、さらに疑問点が増えた。たしかにここに来るまでずっと正則と共にからすをそばで見張っていたが、果たしてこいつは本当にからす本人なのか?この策がはるか事前から企てられていたものなのだとしたら、俺達が来る以前からすでに偽者とすり変わっている可能性もある。しかしこいつが偽者なのだとしたら、各地で暴れているようにここでも真っ先に俺達に襲いかかっているはずだ。だが確実に本物であるという証拠もない。

もしも偽者だったとして。もしくは、本物だが首謀者がからすだったとして。そうなればもちろん、俺達がからすを討たなければならなくなる。

「どうした、清正」
「!」
「…思ったように動けばいい。私なら大丈夫だ」

直政と正則の怒号が凛とした声と共に静まり返る。まるで俺の考えなんてお見通しだなんて言いたげなからすに、思わず笑いそうになってしまった。

どうしてあんたは。いつもそうだ。いつだって余裕があって、落ち着いていて、俺達よりも遥かに大人で、俺達が迷えば助言をくれて、俺達がぶつかり合えばやんわり窘めてくれて、

そして、いつだって、三成と正則と俺を、おねね様みたく優しく見守ってくれていたのに。本当はあんたが一番、こんな戦、したくなかったはずだろうに。

「…直政殿の言うことも一理ある。疑われているままでは私も動きにくい。拘束するならしてくれ、抵抗はしない」
「っ、けどよぉからす!」
「心配するな正則。疑いが晴れるまで待てばいいだけのことさ」
「……拘束はしない」
「!」
「おいお前、ここにきて何を…!」

俺の言葉に、正則と直政だけでなく、からすも驚いたのか素早くこちらを見た。

「万が一からすが首謀者だったなら、その時は俺と正則が全力で止める。だから、拘束はしない」
「清正、お前…」
「へへっ、だな!さぁっすが清正!」
「…そういうことで納得してくれ、直政」
「馬鹿なことを…だいたい、お前達三人はもともと豊臣恩顧の将。三人ぐるみの策だと考えてもおかしくはない」
「っ!」

それに、と直政が続けようとした瞬間、からすが双剣を構えた。

「清正!正則!後ろだ!」
「「!」」

からすが叫んだと同時に後ろから殺気を感じた。振り向けば、なんとからすが二人。直政の方にも一人襲いかかっている。なるほどこれが例の偽者か。

飛びかかってきたそいつに向かって鎌を振ろうとした。その時、不意にまた後ろから飛んできた殺気。振りかぶった鎌をそのまま真後ろに振れば、今まで何度も何度も受けてきた力強い刃と鍔迫り合いになった。

「からす、お前…!」
「……まさか正則が二人同時に吹っ飛ばすとは…お前も、よく後ろの俺に気付いたな」

その声と口調は、いつか家康の屋敷で聞いた、普段のこいつとはかけ離れた砕けたものだった。そして嫌でも確信する。こいつは、本物だ。

「強くなったなァお前ら…誰に稽古つけてもらったんだよ」
「…っ…目の前の、どうしようもないお人好しにだよ、馬鹿!」

やはりお前はとことんお人好しだ。こんな状況になってもなお、あいつのために動くだなんて。

俺達にも、その強い力と意思があれば、


















「…つまり、烏天狗さんがあちこちで大暴れしてらっしゃると」

伝令兵の話をまとめるとそういうことだった。突如各地に現れた烏天狗さんが、東軍の兵や将に襲いかかり、その結果東軍はまさかの事態に大混乱していると。そりゃあそうだ。話を聞いた俺達でさえ混乱しているのだから。

「まさかこれもこちらの策で……殿?」

一番反応すると思っていた隣の大将は黙ったまま。気付かないうちに裏で手引きしていたのだろうか。しかし夜襲を拒んでまで真っ向勝負を望んだ殿がそのような裏工作をするとは思えない。

微動だにしないその顔を覗きこんで、ああ、とすべて納得した。

「………馬鹿が…っ」

ぎゅっと眉をひそめて静かに涙を溢す殿は、絞り出すようにそう呟いた。

なるほど。どうやら完全に烏天狗さんの独断らしい。どこまで行っても結局切り離せないのはお互い様だったようだ。揃いも揃って不器用なことに頭を抱えそうになったが、小言を投げるのは戦に勝った後でも遅くはないだろう。

「全軍、この混乱に乗じて東軍を攻め立てよ!からす殿が作った好機を無駄にするな!!」

乱暴に涙を拭った殿が叫ぶと、兵達も大声を上げて本陣から飛び出していった。それを合図に各所も動いていくはず。

「じゃあ、俺もそろそろ動くとしますかねえ」
「左近」
「…はいはい、分かってますよ。見つけたらすぐにお連れします」

注文の多い主君を持つと大変だ。今まで散々振り回された分、あんたにも八つ当たりさせてもらいますからね、烏天狗さん。







190519


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