三成襲撃事件


「お待たせしました家康殿」
「おお、これはこれはからす殿」

利家が亡くなった数日後。唐突に家康に呼ばれのでタッタカターと部屋へ向かうと、そこにいたのは珍しく家康ただ一人のみであった。いつもは忠勝とか直政とかがいるのに、たった一人で俺に会うとはどういうことだろう。ようやくそんだけ信頼してもらえるようになったってこと?まあ多分どっかに半蔵がいるだろうけど。

「いかがされましたか」
「おや、用がなければ呼んではなりませんでしたかな?」
「いえいえまさか。ただ単純に何か用があってお呼びになられたのかと」
「ふ、冗談でござるよ。そう警戒せずとも、少しそなたと話をしたかっただけなのでな」

そう言って朗らかに笑う家康ではあるが、こんな急に?俺と?何の話?ついに利家殿まで亡くなっちゃいましたねーこれで実質天下は家康殿の手中にあると言っても過言じゃないですねーははははみたいな話?ブラック!

しかしまあ話すだけなのであればそこまで気負うこともねえかと家康に一礼してから静かに座した。どんなお話するのかな。わくわく。

「殿」
「!」

さあなんでも来いや!と構えた瞬間家康側の後ろの襖が開いた。現れたのは忠勝。俺のことを一瞥したあと、家康にこそこそと耳打ちをしている。なになに?どったの?なんかあったの?仲間外れやめよ?からす殿寂しいよ?

「…わかった。判断はお主に任せる」
「御意」

そうしてまた襖の奥に消えてしまった忠勝なのであった。マジでどうした。なんか緊急事態か?だがしかし家康は真剣な顔から一転また人のいい笑みを浮かべたので、俺も追求することはできなかった。まあ、よくわかんねえけど、忠勝が動くんなら大丈夫だろ。クソテキトーでわろた。

「すまぬなからす殿」
「お構い無く。それで、どのような話をいたしましょうか」
「うむ…では、お主の話をしてもらおうか」
「え?私?」
「あの秀吉様に愛烏とまで言わしめたそなたのことをきちんと知ろうと思うてな。どのような話でも構わぬゆえ、聞かせてくれぬか?」

お、おおう、すっげえ意外だったわ。まさか家康の前で自分語りをする日が訪れるとは…長生きしてみるもんだなァ… 

そんじゃまリクエストにお応えして、超絶チート人生を歩んできたマイ戦国ライフについて熱く語るとしましょうかね。














「殿!こちらです!」

左近の声を合図に、受け止めていた敵の刀を思い切り弾いてそちらへ走った。清正や正則らに囲まれていた屋敷から抜け出して数分。最初に向かおうとしていた佐竹の屋敷はすでに手が回されていたので、機転を利かせた左近の策により家康の屋敷に逃げ込むことになった。腹立たしいことこの上ないが、今回ばかりは仕方があるまい。

波のように襲いかかるのは雑兵ばかりだが、その数は馬鹿にはできない。すべて相手にしていては時間も体力も減っていくだけだ。早々に家康の元へ向かわねば。

「そこまでだ、三成」

瞬間、目の前に走ったのは鋭い氷の刃。間一髪それを弾き、聞き覚えのある憎たらしい声の主を睨む。

「……どこまでも俺の邪魔をするのだな、高虎」
「それが我が主、家康様のためになるのでな」
「戯言を…自分の欲のために、その家康を言い訳に使うとは。底が知れるぞ」
「なんとでも言え。お前がこの世から完全に消えてなくなるまで、俺は安心してあいつを迎えに行ってやれない」

握る手に力を込めたせいで、鉄扇がかちゃりと音を立てた。

この男とは今までも散々睨み合ってきた。何年も何年も、まったく同じ理由で。そしてきっと今、互いに同じことを考えているだろう。ここでこいつを討ってしまえば、すべてがうまくいくと。

「…馬鹿が。消えるのは貴様の方なのだよ!」
「っ、殿!」

思い切り鉄扇を振り上げ、そのまま叩きつけようとしたその時、左近の声が飛んできた。何事だと動きを止めると、突然仰け反ってしまうほどの強風に襲われる。

「なっ、」
「これは…!?」


「ククク……お馬鹿さん達、みーつけた…」
「風魔、小太郎!?」

俺と高虎の間に割って入ったのはなまえの忍びである風魔小太郎だった。まさかあいつも来ているのかと周りを見渡すが、その姿は見当たらない。それに、あいつと同じ徳川側であるはずの高虎もその登場に驚いている。風魔が主であるなまえには黙って独断で現れたという可能性があるということか。

(こいつの好戦的な性格を考えれば、なくはない話だが)

問題は、この気まぐれな混沌男がどちら側についているかだ。

「貴様、なんのつもりだ!まさかからすの差し金か!?」
「異なことを言う…我がご主人様はうぬと同じ徳川の人間よ。なあ?三成」

意味深に笑う風魔に、不気味な籠手をこちらへ向ける赤毛の忍びに、体中の血が逆流したような感覚に陥った。それは、つまり、あいつが、なまえが、俺に風魔を差し向けたということか?

「何を呆けている?」
「っ!」

呆然としている俺を嘲笑うようにまた突風が襲った。そのまま長く伸ばした腕を鞭のように振り回す風魔。左近に腕を引かれなんとか回避したが、今度は複数の分身を出して襲いかかってきた。

縦横無尽に駆け巡る刺すような風。あちらこちらに突き刺さるくないや手裏剣。同じように俺たちを追う徳川の将達ですら巻き添えをくらっている。まるで見境なしだ。争いを好む風魔らしいといえばらしいが、今は好都合。あと少しで家康の屋敷だ。このまま暴れまわる風魔を引き付けながら行けば、何とかなるかもしれない。

そこまで考えて、足が止まった。

「どうしました殿!あと少しですよ!?」
「ククク、ようやく諦めたか」
「…風魔、一つだけ質問に答えろ」
「!」
「これは、あいつの指示か?」

風魔の動きも一瞬止まった。しかし不敵な笑みは変わらない。俺の言わんとしていることがわからんほど馬鹿ではないはず。

「…さて、どうだったかな…もしそうだとして、敵対しているうぬにはなんの関係もあるまい」
「その通りです、よ!」
「っ、左近!」
「殿、気になるのは分かります。ですが今はとにかく逃げますよ」

肩を竦めて笑う風魔目掛けて左近の斬馬刀が振り下ろされた。見事的中はしたが、相手はあの風魔小太郎だ。この程度でくたばるくらいなら、今まで散々苦労させられることはなかっただろう。

軽くよろめいた隙に再度走り出そうとした。

「あーあー…やられちゃった…」

しかし、予想に反してそう言って笑った風魔はそのまま姿を消してしまった。分身だったのだろうか。それとも急所に当たったのだろうか。

先程の敵味方関係なしに大暴れしていた姿といい、今のやり取りといい、何か引っ掛かる。この違和感はなんだ。

「三成殿、左近殿」
「「!」」
「…入られよ」

逃げ続ける俺たちを屋敷に呼び込んだのは、本多忠勝だった。






190515


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