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「…それではからす殿。この話を断ると、そう仰りたいのですかな?」
「はい。その件については先日もお断りさせていただいたはずなのですが、話の行き違いで家康殿にはきちんと伝わっていなかったようですね」

正面には徳川家康。周りを取り囲むのは徳川の超絶鉄壁家臣団。譜代も外様も勢揃いですイエーイ!みたいな状況である。こっわ。もちろん高虎もいるぞ。こっっっわ。

先日三成に引き留められつつも大坂城からサヨナラバイバイした俺ことからす殿でーす。三成にも伝えた通り、あいつから呼ばれる前に家康からもお呼ばれしてたので素直に城まで会いに行けば「力を貸してほしい」とのこと。俺としても秀吉の死後は徳川につかなきゃって思ってたし、家康からその話を持ちかけられたのはまさにグッドタイミングだったというわけだ。後日改めて窺いますね〜つって三成とお別れして〜そんで最近また家康んとこ行ったらなんか縁談進められたでござる。あっもしかしてこれ政略結婚ちゃうん?とアホな俺でも秒で察したわ。紹介されたのはそれはそれは可愛らしいお姫様だったんだけど俺のこと見て顔ひきつってたもんね。そらそうだよねこんなお面野郎と結婚しろって言われたら引くよね俺も引くわ。というわけで丁重にお断りした…はずなのだが伝わっていなかったらしい。後日、つまり今日またその話を大勢の前でおもくそ蒸し返されたのでなんでやねーんと思いながら同じ返答をしたが、周りの空気はどちゃくそに冷えきってやがる。えええええ。いや皆よく考えてみ?政略結婚とはいえ一生このお面野郎と連れ添うんだよ?嫌すぎない?もっと人の気持ちを考えられる人間になろう???

つーか俺みたいな大名でもなんでもないただのぺーぺーにどこぞの姫さん嫁がせるようなことしなくてもちゃんとここに仕えるっつーの。なんでそんな信用ねえんだよめんどくせえな…いや待て普通そうか…俺めっちゃ豊臣さん家の人間だったもんな…そりゃある程度警戒はするか…

「貴様、外様の分際で家康様からの縁談話を断るとは何事か!」
「家康様、やはりこの男は腐っても豊臣の人間ですぞ。裏工作を狙って近付いてきたに決まっておりまする」
「まあ待てお主ら……からす殿、何か深い理由でもおありか?」
「……私には、心に決めた者がおりまする。いくら徳川にお世話になるためとはいえ、その者を蔑ろにすることなど私には出来ません。それに、そのような縁がなくとも私は家康様のもとで心新たに働いていく所存であります。このような無骨者にではなく、もっと他の有能な方に娶らせて差し上げる方が姫様もお喜びになられるでしょう」

心に決めた者@前世の彼女。まあもう顔も声も朧気なんだけとね。言い訳に使って申し訳ねえ。とりあえず頑張ってそれらしく返してみたがどうだろうか。はよ諦めて納得してくれ〜ボキャブラリーが尽きる〜!

しかし俺の願いもむなしく周りのジジイ共(小声)はそんな理由納得出来るか徳川に忠誠誓うならちゃんと結婚しろやいやいと相変わらず血気盛んである。しつけーな忠誠誓うっつってんだろ!あんまうるさく言うならやっぱりやーめたって言うぞコラ!お前らの大将がお願いしてきたから仕えるっつってんのによ!外様がどーの譜代がどーのうるせーよバーカバーカ!

けど、それこそがこいつらの真の目的なんだろう。徳川につこうがつくまいが俺を無力化しようとしてるんだ。万が一裏切って豊臣に戻ってしまっても大丈夫なように。めんどくせえなどいつもこいつも。素直に泰平守ってこうぜまったく。

「お言葉ですが、」

ワイワイガヤガヤと圧倒的に不穏な空気を撒き散らしまくる譜代の家臣様方をどう対処してやろうかと思案しかけたその時、凛とした声が。途端に部屋が静まり返る。

「縁談を断ったことが信用問題に関わるというのであれば私も同じです。それなのにからす殿だけをかように責めるのは如何なものかと。同じ外様である私も同様に責められるべきかと思います」
「それは、」
「たしかに秀吉様が亡くなられた今、次の天下を担うべき人物は家康様でしょう。けれど、そのように露骨に豊臣を非難するような行動は慎まれるべきかと存じます。それではこちら側にあからさまに不信を募らせている石田三成となんら変わりません」

それでも続けるのであれば、それは私に対しての非難でもあると受け取り、豊臣に戻らざるを得なくなります。

その男は一度もこちらを見ずに淡々とそう言ってのけた。周りの家臣連中も口を閉ざさざるを得なかったようだ。なにこの圧倒的説得力。見習いたいもんだぜ。そうなんだよな〜家臣連中も家康様マンセーな奴らしかいねえからな〜…かといって無駄に争いを煽るようなことはしないでほしいです過激派こわい。

これ以上の議論は意味を為さないだろうと判断した家康は、苦笑いしながらため息を吐いていた。

「…たしかに、せっかくわしのために力を貸してくださると決断してくださったのだ。不要な縁談を無理に押し付ける意味もあるまい。この話はこれで終わりにしようではないか」

家康がそう言うと、あんだけうるさかった外野も渋々頷かざるを得ない。やーいやーいざまあみろ。心配せんでもちゃんと働くから諦めてくださいね〜。













「高虎殿」

家康を筆頭にぞろぞろと家臣連中が部屋から出ていく中、同じようにさっさと出ていってしまった手ぬぐいマンを探して声をかけた。鬱陶しそうになんだと振り返る高虎に舌打ちをしそうになったが今回は我慢だ。めっちゃムカつくけど。めっちゃムカつくけど!

「…先ほどは、ありがとうございました」
「勘違いするな。あんたの為じゃなく、家康様の為だ」
「だとしても、助けられたことに変わりはありません」
「……その力だけは本物だと身を持って知っているからな。無駄に戦力を削げばこちらが馬鹿を見るだけだ」

きっちり皮肉の込められた褒め言葉にどうもとだけ返すと、そのまま歩き去ってしまった高虎。いちいち腹立つなくっそ。

まさかあの高虎が助け船を出してくれるとは思わなかった。なまえである俺ならともかく、からすとしての俺を助けてくれるとは。まあ本人も言っていた通り家康のためなんだろうけど。みんな高虎ぐらい割り切ってくれたら楽なのになァ。しばらくは監視とか嫌味とか続くんだろうなァ。小姑かよ。どっかで見てただろうけど小太郎にも報告しておくか。

「からす!」
「!」

とりあえず人通りのない場所へ移動しようとしたら、後ろから大きな声で呼ばれた。振り返ればそこには困惑した顔の清正と正則が。そういやお前らも部屋にいたな。

「まさか、本当に徳川につくとは」
「来るんじゃねえかって話は聞いてたけどよ、さっきの会談までは嘘っぱちだって思ってたぜ、マジで」
「嘘?それはまたどうして」
「どうしてって、そりゃあ…なあ…?」
「…あんたは、三成のそばに残ってくれると…」

言葉に詰まる正則。気まずそうに視線を逸らした清正。

「…ふざけてんのか?」

三成のそばに残ってくれると思ってたって?

「お前らがそれを言うのか、俺に」
「っ、」

二人が同時に俺を見た。口調も声も、二人の知らないものだろう。うっかりしてたがまあ仕方ないよな?けど、こいつらだってこうせざるを得なかったのだ。全部全部分かってる。こうなることは知っていた。遥か昔から。しかしこいつらからすれば深いところまで知らないはずの俺に、一方的に責められる謂れはない。だからこれ以上は責めない。その代わり、フォローもしない。

二人に背を向け、今度こそ歩き出した。






190513


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