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小太郎に抱えられながらの移動中にお面を付ける。たどり着いた伏見城にはすでに何人もの家臣が集まっていた。入れ替わりで秀吉の部屋に入っていく長蛇の列は少し進んでは止まり、また進むの繰り返し。こりゃしばらくかかるなァと列の後ろに並ぼうとしたら、後ろから腕を引かれた。

「お待ちしておりました、からす殿」
「…三成殿」
「こちらへ」

三成はそう言うと、そのまま秀吉の部屋の前まで連れていってくれた。どうやら重臣は順番待ち免除されるらしい。やったぜ。

「…大丈夫か、三成」
「………ただ倒れられただけだ。それ以上気に病むことなどない」
「……そうだな」

本当は、三成も薄々感づいているのだろう。秀吉の最期が日に日に近付いていることに。三成だけじゃない。おねね様や清正と正則といった子飼いはもちろん、秀吉に近しい人物なら皆それとなく察しているはずだ。だからこうして仰々しく面会コーナーが設けられているんだろう。

最後にありがとなと小さく礼を告げる。最前列で待っていた名前も知らないどっかの武将さんに軽く頭を下げて、先に秀吉の部屋に入らせてもらった。中には床に伏せる秀吉しかおらず、襖を閉め切ると燈台の灯りが部屋を包んだ。

お面を外しながら静かに近付き、秀吉の側に座る。ゆるりと目を開けて俺を見た秀吉は、少しだけ驚いて、けれど柔らかく笑った。

「はじめまして、秀吉様」
「はっはっは…たしかにはじめまして、じゃな…お前さん、名前は?」
「…秀吉様の愛烏、からすことなまえです。その正体は、ただのしがない農家の息子でしたっていうね」
「ほう、それは、意外じゃのう。お前さんほどの腕の持ち主が、まさか、わしと同じ、百姓の出じゃったとは」
「隠しててすんません」
「なんじゃいまさら。今までお前さんにゃ、数えきれんほど助けられた。その事実は変わんねえ」

いつものように笑いながらそう言ってくれた秀吉だけど、すぐに苦しそうに咳き込んでしまう。

「…なあ、俺、ほんとにあんたの力になれてたかな」
「………」
「あんたの言葉が信じらんねえわけじゃねえけどさ。でも、まあ、そう思ってくれてるなら、嬉しいや」
「…素顔のお前さんも、からすと一緒で、でら、謙虚じゃのう」
「謙虚っつーか、自信ないっつーか…あんたからそんなこと言ってもらえるほど頑張れてたのかなーって」
「当たり前じゃ。否定するもんがおったら、わしがそいつ、ぶん殴っちゃるわ」
「そりゃ頼もしいぜ」

へらりと笑って見せると、秀吉も笑い返してくれた。本人はいつも通りに見せているつもりなのだろう。けれどその顔は、やはり、いつも以上に弱々しかった。

不意にゆるゆると伸ばされた手。微かに震えるそれをしっかり掴むと、なまえ、と名前を呼ばれた。

「わしゃ、もう長くねえ。これは、わしからお前さんへの、最後の、頼みじゃ」
「………」
「…わしの子を、頼んだで」
「……任せろよ。秀頼様なら必ず」
「なまえ」

強く、それでいて優しく言葉を遮られた。

「秀頼のこと、家のこと、国のこと、天下のこと…そういうもんは、利家や、家康殿に、任せてある」
「……秀吉…」
「お前さんなら、分かるじゃろ?」
「………」
「…これは、お前さんにしか、頼めん。その理由も、お前さんなら、よう分かっとるはずじゃ」

ぎゅっと握りしめてくる手が、優しく笑う顔が、見透かしたような目が、穏やかな声が、ひたすらに暖かくて慈愛に満ちているはずなのに、まるで鋭く尖った刃物みたいに、心をグサグサぶっ刺してくる。

それでも、ひきつる喉から無理矢理声を絞り出した。

「…俺が、あんたの頼み、無視したことあるかよ」
「!」
「最善は尽くす。約束だ。だから、安心してくれ」
「……はは…さすが、わしの、愛烏じゃ…」

安心したように目を伏せた秀吉。あんまり長居しちゃ体に障るか。まだまだ会いたがってる奴いっぱいいたしな。握っていた手をそっと離して、静かに立ち上がる。

「…お疲れ様。ほんとに。ゆっくり休んでくれよ、秀吉様」

じゃあまた来るな、と背を向けて部屋を出た。直政の真似じゃねえけど、言葉通り最善は尽くすぜ。だから、あの世に行ったらしっかり見守っててくれよ。あ、あと父ちゃんと母ちゃんに会ったら元気にしてるぞって伝えててくれよな。






「…涙の別れはちゃんと済ませたのか?」
「泣いてねえしまだ別れてねえし」
「天井裏から見ておったぞ」
「てめえ盗み見してんじゃねえよ!」
「ククク…」

おねね様達とも少し話をしてから城を出た瞬間これですよ。ほんまこの混沌忍者〜プライバシーもくそもあったもんじゃねえ!

「あとは、もうやるしかねえな」

誰に言うでもなく、一人呟いた。すべては約束を守るため。



数ヵ月後、秀吉は静かに息を引き取った。







190510


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