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「ぐぬぬぬぬぬ…!」

面をつけたまま腕組をし、自室をぐるぐると歩き回るなまえが可笑しくてつい笑ってしまった。それに気付いたなまえは怒ったようになんだよと言いながらこちらを見る。面のせいで表情まではわからないが、まあ、十中八九怒っているのだろう。

伊予の大名となり大坂を離れた藤堂高虎が秀吉に呼ばれたため久方ぶりに城にいるので、朝からずっとこの調子だ。なんでもなまえ本人も秀吉に用があるそうなのだが、高虎と鉢合わせになると厄介ごとに繋がることなど火を見るよりも明らかなので不用意に動けずにいるらしい。

「くっそ…ようやくからすでも自由に動き回れると思ったのに…!」
「いっそ面を外して行動すればよいではないか」
「うーん、まあ、もうみんな城持ち大名になっちまったしな…」

す、と面を外したなまえ。その顔は心底参ったといった表情を浮かべている。

秀吉の子飼いや大谷吉継らも今や自分の国と城を持っているので、この大坂城にて一斉に会することは年々減ってきている。それでも秀吉やからすであるなまえに会いに来ることは多々あるが、今日来ている者で深く関わりがある者は高虎くらいだ。そこまで慎重になることもあるまい。

「けどなあ、素顔で動いたら動いたであいつ相手だとどのみち面倒なことに変わりは…」
「面倒だなんてつれないな、なまえ」
「ギャアッッ!!」

高虎に変化して顎を掬ってやると、面白いくらいに飛び上がりそのまま後ろに倒れてしまったなまえ。くつくつ笑うと顔を真っ青にしながらお前マジでやめろと睨み付けてくる。

「はあーーーくっそビビった…心臓に悪い…小太郎怖い…忍び怖い…」
「クククク…」
「笑い事じゃねえよ」
「ならば、お詫びにもっと面白いものを見せてやろうか」
「へ」

面を外してしまったなまえは無力だ。腕を掴むと呆気にとられている顔にまた少し笑って、そのまま部屋から飛び出した。













小太郎から極悪非道の精神攻撃を受けたので一刻も早くふて寝したい俺なのですが、なんか詫びとして面白いものを見せてくれるらしいので黙って小太郎に着いていくのであった…てちょっと待ってこれ秀吉の部屋に近づいてない?小太郎?ねえ小太郎?もしかしなくても高虎に会おうとしてない?

「小太郎?小太郎さん?俺の気のせいならそれでいいんだけどもしかして高虎のこと探してない?」
「ククク…」
「うわあああああ笑って誤魔化された当たりだああああああああ」

いやだいやだと来た道を逆戻りしようとするがnotからすである俺の力なぞ小太郎からすれば蟻の抵抗に等しいので全然戻れない。面白いものだって言うから素直についてきたのに高虎が絡むなんて聞いてねえぞいくら面白くても俺(素顔)と小太郎がセットで現れたら意味不明のコンビ過ぎて「は?」てなるだろそれどころか察しちゃったらどうすんだそんなことになったらそれこそ大事件が起こるぞこのやろう。

一体何をするつもりなんだと叫ぼうとした瞬間、曲がり角から現れたのは、そう、手ぬぐいオバケTAKATORA…!

「なっ…!」
「ままままま待ってくれ高虎これには深いわけが!!」

俺たちの姿を捉えた瞬間目を見開いた高虎。お…オワタァーーーーこれ完全にオワタしかし待てまだ諦めるな高虎だってなんだかんだで人の子だ話し合えば分かってくれるはず…!とりあえず城に遊びに来たら混沌オバケさんと遭遇したんだえへへって誤魔化す作戦で行くぞ!

「なぜあんたがなまえと一緒にいる!」
「そっ、それはだな高虎!実はさっき」
「なまえ殿が人を探しておられたので、私が案内していたところだったのです」

聞こえたのは恐らく一番聴き馴染んだ自分の低い声だった。え、からすに変化してくれたの!?しかしバッと隣を見ても、そこにいるのは間違いなく小太郎である。そんな、おま、声だけ変えても意味ねえだろと思ったが、

「……なら、俺が変わってやる。あんたは部屋に戻っていろ」
「いえ、客人である高虎殿にそのようなことをさせるわけにはいけません。それにここを離れられてもう数年。さすがの高虎殿といえど、知らぬ顔も増えていることでしょう」
「………」
「ちょうど時間をもて余していたところだったので、どうぞお気になさらず」

どんどん不機嫌になっていく高虎に対して、にやにやしながらからすとして淡々と言葉を紡ぐ小太郎。そうか、俺には小太郎の姿として見えてるけど、高虎にはからすとして見えているのか。変化を見せるやつと見せないやつを選べるってこと?なにそれ新手のチート?なんかすげえな。まあ俺目線だと小太郎がめっちゃ丁寧語で喋ってるもんだからぶっちゃけめちゃくちゃ爆笑しそうなんだけどね。なるほどたしかにこれは面白い。

よし、そういうことなら俺も気兼ねなく対応できるぞ。ナイス小太郎。ここでだめ押ししといてやるか。

「…そういうことなんだ高虎。からす殿に連れてってもらうから、お前は休んどけよ。長距離移動で疲れてるだろ?」
「……いいか、こいつに何かしてみろ。すぐにその面ごと頭を叩き斬るからな」
「何かってなんだよお前とからす殿を一緒にするんじゃねえよむしろお前より数倍信頼できるわ」

こ〜〜〜〜〜〜〜いつ自分のこと棚にあげて何言ってんだ馬鹿野郎め。とりあえず諦めてくれるそうなので早く行こうとからす殿もとい小太郎を見ると、腕を掴んでいた手をするりと俺の手に絡めてきた。あ、高虎の周りに冷気が。

「では参りましょうか、なまえ殿」
「ですね!急いで!超特急で!ダッシュで!行きましょうからす殿!」

そこはかとなく嫌な予感しかしなかったのでそれはもう超絶マッハでその場から離れた。やべえよやべえよこれまた次の甘味バクバクデーで倍返しくらうやつだようわああああああ次会うの怖えええええええ会いたくねえええええええ…!

「ククク、面白かったであろう?」
「いや、うん、たしかに面白かったけどさ」
「ならよかった」
「でもさ、これ、あの…ただ単にからす殿に対する憎悪をさらに増長させてしまっただけでは?」
「クククク…」
「うわああああああああああ確信犯んんんんんんんん」

とりあえず今日は忍びの凄さと小太郎の意地悪さを改めて再確認させられた俺なのであった。OMG。








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