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今日は三成の手伝いもおねね様からのお使いも清正と正則との手合わせも吉継からのお誘いも高虎との甘味バクバクデーもなくただひたすらに暇だったので、これ幸いと実家に戻った。お墓参りと、あと掃除な。俺しか使っていないとはいえ汚れるものは汚れるのだ。近くの町で花と、そうだな、果物でも買っていくか。待ってろよ父ちゃん、母ちゃん。




「たっだいまー」
「おかえり、なまえ」
「……あ?小太郎!?」
「ククク、なんだその顔は」
「なんだって、そりゃビビるだろ!」

返事がないと分かっていたものの、それでもいつものようにただいまと玄関を開けると、とんでもなくひっくい声で返事を寄越されたので反応に遅れたでござる。しれっと何してんの!?無人だと思ってた屋敷にお前みたいなクソデカ人間いたらビビるに決まってんだろ心臓弱い人だと卒倒してるぞ。よかったな俺が心臓強くて。しかし俺のツッコミも聞いているのか聞いていないのか、くすくす笑いながら居間の方へと行ってしまった小太郎。自由人め。

契約したとはいえ、あいつは四六時中俺のそばにいるわけではない。北条という家はなくなったが、そこにいた人間はまだ生きている。だから、その人たちを気にするのは至極当然のことだし、そうでなくても俺よりそっちのこと気にしてあげてとは伝えているので、恐らく小太郎が俺の近くにいない時間の大半は甲斐姫や早川殿といった氏康が残した家族を見守るために使われていることだろう。俺なんだかんだで階級カンストしてるくらいには最強だしな。ただしガチで助けが必要な時にいつでも飛んで来てもらえるよう分身もしくは手下の忍者さんが常にそばにいてくれている…らしい。小太郎談。

そういうわけで本体と会うのは久々なわけたが、どうしてここに?行き先を伝えたのはおねね様にだけなのだが…あれか、見張ってた分身くんに聞いたのかな。そんで先回りしてたのかな。つーことは俺になんか用事でもあるってこと?あとで話でも聞いてやるか。とりあえずお供え物持っていこーっと。






小さな二つの墓石の前で父ちゃん母ちゃんとしばらく話したあと、果物だけ回収して縁側から居間に戻った。俺が対話している時もずっと立ちっぱで壁に凭れていた小太郎と目が合う。

「…終わったのか?」
「おう。一緒に食おうぜ」
「いらぬ。一人で食え」
「あ、そう?じゃあ独り占めしよ」

まあもともと一人で食うつもりだったから量も少ないしな。本日のお供え物はみかんでした〜。改めて二人にいただきますと伝え、皮を剥いていく。やっぱり冬はみかんだよな。

そして、もうすぐ天下統一してから何度目かの春が来る。戦中の頃と比べるとまだ緩やかではあるが、それでも時の流れは年を取るにつれて早くなっていくものだ。冬が来たと思えばもう年を越していたし、春が来たと思えばすぐに汗ばむ季節がやってくる。毎日他愛ない日々を繰り返して、平和な時代を生きている。

あと何度季節を越えれば、約束は果たされるのだろうか。

その日を望んでいるのか。はたまた望んでいないのか。はっきりとは分からないけれど、一つ季節が終わる度に胸がざわついているのはたしかだ。少しずつ、けれど確実にその日は近付いている。

「……また難しいことを考えている顔だな」
「いや?んなことねえよ。みかん美味しいな〜って」
「………」
「…すっげえ今さらなんだけどさ、お前なんで俺と契約してくれたの?」

みかんを一房口に入れながら聞いてみた。契約しようぜっつったのは俺だし、快く頷いてもらえるよう好条件を出したのも俺だ。それで見事契約してくれたから問題はないんだけど、なにか決定打とかってあったのかなーっていう純粋な疑問。今さら裏切るようなことはしないだろうし、もし離反されたとしてもそれはそれで仕方ない。小太郎無しで挑むだけだ。ただ、ふと契約してくれた理由が気になったのである。

「深い意味などない。ただうぬの側にいれば退屈はせぬと踏んだだけだ」
「うーんまあ間違えてねえけど…」
「不安になったか?我が裏切るのではと」
「不安というか、お前結構簡単に頷いたじゃん?ぶっちゃけ最初は反対されると思ってたから拍子抜けしてさあ」
「あんな話を聞かされていなければそのまま殺されることを望んでいたであろうな」
「おおう」
「だが、話を聞いて今死ぬには惜しいと思った」
「ふーん……お前が混沌お化けでよかったわ」

我ながらなんとも失礼な褒め言葉である。まあ小太郎も笑ってるし大丈夫大丈夫。最後の一房を口に放り込み、その場でぐっ、と体を伸ばした。

さて次は掃除しねえとなあと思ったら、なぜか唐突に座布団を投げつけられた。なんだいきなり。座布団投げでもする気か?なにそのゲーム。犯人である小太郎を見上げると、すとんと俺の隣に座した。うん?

「…言葉だけでは信用できぬのであれば、身をもって分からせてやろう」
「え」
「膝を貸せ。少し眠る」
「えっ、えっ、小太郎?」

二つに折り畳んだ座布団を俺の膝上に置いたかと思うと、そのまま横になってそこに自分の頭を乗っけた小太郎。うーわ。信じらんねえ。俺いまあの風魔小太郎に膝枕してるゥ…!スマホあったら速攻で写真とって甲斐姫とか半蔵辺りに見せびらかしてたわ時代に救われたな小太郎よ。

「……なんか用事でもあったのかなーとは思ってたけど、まさか膝枕してほしくてここにいたのか?」
「さてな」
「ええええええ…そこは全力で否定しろよ…」
「ククク…」

なんだろう、さっきの質問が引っ掛かったのかな。そこまで言うなら信用させたるわい!!みたいな感じで小太郎の中のなにかに火を着けちゃったのかな。熱血キャラかよまったくの真逆でわろた。

しかしあの小太郎がこうして他人の膝を借りて、しかも眠ろうとしている。それだけでも小太郎のあの性格とか人格を知ってる人間からすればそれこそ卒倒レベルの大事件なんだよなあ。実際俺もポカン状態だし。

静かに覗きこんだ顔は穏やかで、まさか本体ではなく分身か?もしくは残像か?とすら思ってしまう。しかしまあ、なんだ。マジで眠ってるわけではないだろうが、そうだとしてもあの小太郎がここまで気を緩めてくれている。この俺の前で。それを目の当たりにしてしまえば、もうそれなりに信頼されているんだと思わざるを得ないだろう。

「……座布団退けるか?首痛くねえ?」
「硬い膝で眠るよりはましよ」
「こいつ」

あー、そういや掃除……まあいいか。起きたら小太郎にも手伝ってもらおう。






190421


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