51


天下統一後。戦がなくなったとはいえ皆が皆ひたすらなにもせずのんびり暮らせているのかとそういうわけでもなく、特に三成やら吉継クラスの官僚なんかはこれからが本領発揮といったところだろう。詳しいことはよくわかんねえけどなんか大変そうよ。説明適当すぎて草。いやでも俺はマジで武力武力アンド武力の人間だからさあぶっちゃけ牢人生活覚悟してたんだけど秀吉もおねね様も「お前さんはもううちの家族じゃ」「今さら何言ってるのおかしな子だねえ」つって未だに普通に大坂城に居座ってまーす。ニートじゃねえぞたまに全然わかんねえながらも三成の政務のお手伝いしてるぞえっへん。まあ書類を言われた通りに仕分けたり届けたりするだけの子どもでも出来るような仕事ばっかりなんですけどね。甘やかされ過ぎでは?

そんなこんなで今日も今日とて三成の付き添いで大坂からちょいと離れた町まで足を運んでいた俺ことからす殿。今日のお仕事は領地視察だってよ。どこもかしこも皆ニコニコしててこっちも嬉しくなるわ。これぞ泰平の世じゃのう。町民のおじさんからもらったおむすびをもぐもぐしながら三成の隣を歩いていた、その時だった。

「三成様、からす様、実は最近近くの山に湯が湧いたそうで」

人の良さそうな笑顔を浮かべた小柄なおばあちゃんが俺たちに声をかけてきた。なにそれもしかしてあれ?秘湯とかいうやつ?

「もしよろしければ町のものに案内させますので、ぜひに」
「……では、ありがたく堪能させてもらうとしよう。気遣い感謝する」
「!」

おやおや珍しい。三成のことだから仕事中なのでまたの機会にとか言ってかわすかと思ったのに。しかしこれは嬉しい誤算である。俺も秘湯気になる!やったぜ!

…そう。俺は久々の温泉に浮き足立ってしまっていたのだ。この後にドッキドキ大ハプニングが起こるとも知らずに…














「…気持ちいいな三成殿」
「そうですね」
「夜風がちょうどいい塩梅で吹いているな三成殿」
「そうですね」
「景色も綺麗だし言うことなしだな三成殿」
「そうですね」
「からす、お前は湯に浸かる時も面を外さずにいるのか?」
「何度も言っているだろう吉継、こいつはそういう奴なんだ。体調を崩す前に早く帰るぞ」

……うん、秘湯最高なんだけどさ、あの、なんでお前らおるん?おかしいな俺たしか三成とツーマンセルで行動してたはずなんだけどいつから合致してたの?我が物顔で岩場に座る吉継と鬱陶しそうに俺を見つめる高虎に頭を抱えた。吉継だけならまだしも高虎もいるせいで心置きなく楽しめねえ…!

この状況、何気にとてつもなくややこしい。まず俺としては熱いし蒸れるからさっさとお面を外してしまいたいのだが吉継がいるせいでそれが出来ない。まあもうこれだけ素性を晒してるんだし吉継になら素顔見せてもいいかなあと思えば吉継を追ってきていたらしい高虎が乱入してきたせいで完全にお面を外すことが不可能になってしまった。そして三成も三成で二人の時以外はいつもの淡々とした敬語キャラ貫いてるから素で話せないし吉継は俺が素顔を見せるまで居座るつもりらしいし高虎はそんな吉継を連れてさっさと帰りたいらしい。何この、圧倒的一方通行…カオスオブカオス…いや違うなこれ高虎が無理矢理吉継連れて帰ったらすべてが丸く収まるやつじゃん。もっと頑張れよ高虎本気出せよ!もっと!熱く!なれよ!馬鹿野郎!!

「…吉継、高虎殿が帰りたそうにしているぞ。早く一緒に帰ってやれ」
「高虎、帰りたいなら先に帰っていていいぞ」
「なんでそうなるんだ明らかに連れて帰ろうとしているだろうそれ以上駄々をこねるな私が怒られる」
「気安く俺の名を呼ぶな」
「ほらみろそうでなくとも怒られるのに」
「からす殿、いくら相手にしてもキリがありません。もう少しこちらへ」
「ダメだ騙されるなからす。三成はお前のためにとああ言っているがあれは罠だぞ。きっとそっちには深い場所があるに違いない」
「お前と一緒にするなそんなくだらん真似誰がするか。元はと言えば高虎、お前がしっかり吉継の面倒を見ていないからこんなことに…」
「ふざけるな、俺とてわざわざこんなところに行かせるつもりなどなかった。もう日も暮れているというのにずっとここにいては体を冷やしてしまうぞ吉継」
「俺はそんなに柔ではないぞ。からすの素顔を見るまでここから離れないからな」
「いや私外す気ないぞほんとに外さないぞ諦めた方がいいぞ吉継」

なんで誰一人として折れようとしねえんだよどいつもこいつも幸村かよ貫き通すは我が信念かよォ…もうこれいっそのこと湯から上がってしまえば万事解決するのでは?と妙案を思いついたので軽く腰を上げてみた。

「…そのままの姿相手なら簡単に討ち取れるやもしれんな」

が、高虎さんのトンデモジョーク(本気)が飛んできたためスン…と腰を下ろした俺です。お前ほんと変わんねえないっそ清々しいわ覚えてろマジで。しかし吉継に軽く殴られていたのでまあ良しとしてやるか。俺のこと殺したらまず三成と吉継に殺されるぞ多分。まあお前に殺されることは天地がひっくり返ってもあり得ねえことだけどなァ!!

しかしマジでどうしよう。いくらからす殿のスーパーチートパワーを擁しているとはいえお面つけたまんま長時間温まってたらさすがに疲れるぞ。疲れるというか間違いなく逆上せるぞ。どうしよう。でも吉継はまだまだ帰る気無さそうだし高虎は殺る気満々だし三成も二人との言い争いがヒートアップしてきてるし……くっ、やはり最後に頼れるのは自分のみ、ということか…よっしゃわかった上等だわ我慢比べ対決といこうじゃねえか!吉継が諦めて高虎と帰るのが先か、俺と三成が秘湯で逆上せてぶっ倒れるのが先か!ファイッ!!!












 



……突如吉継と高虎が現れてからどれくらい経っただろうか。あれほど面を外せ俺は帰らんぞと意地を張っていた吉継だったが、先ほどさすがに寒かったらしくくしゃみを一つした瞬間ほら見たことかとついに高虎が強制的に連れて帰ったところだ。最初からそうしていればよかったものを。

せっかく二人きりでゆっくり出来ると思っていたのにとんだ邪魔が入ってしまった。しかしそれよりも気になるのが、徐々に言葉少なになっていたなまえがついに一言も言葉を発さなくなってしまったことだ。まさかとは思うが逆上せてしまったのだろうか。

「なまえ、大丈夫か?」
「……ん…」
「…おい、お前やはり逆上せて、」

仕方なかったとはいえずっと面を外せずにいたのだ、無理もないだろう。慌てて面を外してやった瞬間、動きを封じられたかのようにびたりと体が硬直した。

「はっ…はあ…わり、みつなり…」
「………」
「ちょっと、はあっ、無茶、しすぎた…げほっ…」

すっかり逆上せきって真っ赤になったなまえの顔。目には涙を浮かべ、口からは絶えず漏れる吐息。くたりと岩場にもたれ掛かるいつもより頼りなさげな体は、俺の力でも簡単に押さえ込めそうだった。

「…ん…みつなり……?」

どういうことだ。いつも男臭くてやかましいはずのこいつが、今、ひどく可愛らしいと、そう感じている。こんな気持ち初めてだ。一体どうしてしまったというのか。

熱くなった頬に手を添えると、とろりとした目が俺を見る。

「くそっ…そんな顔、死んでも俺以外に見せるなよ…!」
「あ…?」
「…目を閉じろ、なまえ」

意識が朦朧とし始めているのか、俺の言葉もろくに理解できていないらしい。それならそれで好都合だと、半開きの唇を親指でなぞる。

そのまま顔を近付けたはずなのに、なぜか目の前にはなまえではなく案山子がいた。

「……は?」
「ククク…思考が正常でない人間を襲うなど感心せぬな」
「!」

声のする方へ目をやると、近くの木の枝に風魔が立っていた。その腕にはぐったりとしているなまえを抱えている。しまった、こいつの存在を忘れていた。

「貴様、何のつもりだ!」
「なに、ご主人様の危機を救うのが忍びの仕事…むしろそれは我の台詞だが?」
「…こ、たろう…きてたのか…?」
「安心しろなまえ、きちんと町まで送り届けてやる」
「わり…ありがとな…」
「クク…そういうことだ。お先に失礼する」

そうして姿を消してしまった風魔となまえ。すっかり静まり返ってしまった空間の中、一人思いきり舌打ちをした。

「……九州か、もしくは奥州辺りまで距離が離れていた方がよいか…」

次回こそは今回の二の舞とならぬよう、しっかりと計画を立てて行動しようと静かに決意した。








190416


|