姉川の戦い


まずは約2年間、毎日がむしゃらに走り込んではスタミナをつけた。そして両親の説得。お前みたいな箱入り息子は黙って畑耕しとけばいいんだって毎日怒鳴られ続けたがうるせえ俺は諸国を旅して綺麗な嫁さん見つけてあわよくば逆玉に乗っかって裕福に暮らしたいんだというクソ過ぎる理由を並べ立てて抵抗した。我ながらクズの極みだが仕方ない。まあそんな論争も「逆玉成功したら二人にも楽させてあげられる」の一言が決定打になったようでそこからの二人の変わり身が凄まじかったのでああさすが二代目とはいえ俺の両親だなあと感心したものである。むしろ早く見つけてこいって食いぎみだったもんね。逆玉はともかく楽させてあげられるよう努力はしてみるぜ。努力はな。

そうして意気揚々と村を飛び出したのが先月。少し大袈裟なぐらい渡された食料を食い繋ぎながら村から村へ、町から町へと渡り歩いた。どの場所でもみんな着物っぽいの着てるし普通に日本語話してるし、恐らく場所は日本ということでまず間違いはないだろう。治安は…そこまで一つの場所に長居しているわけではないから分からないが、少なくとも俺がいた村は悪くはなかった。しかしどこも決して裕福とは言えない生活を送っていたように見受けられる。今までぶらぶらと適当に歩いてはいたが、どの村も町も非常に小規模だし、下手するとかなり昔の時代なんじゃないだろうか。俺がそういうとこばっか見つけちゃってるだけっていう可能性もあるが。

そして今日。林の中をいつものようにぶらぶらしていると、わあわあと大きな声や音が聞こえてきたのだ。大勢で何かを叫んでいるようだった。祭りか何かやってんのかな〜みたいな軽い気持ちで素直に林の奥へ進み、そこを抜けた先には広い川があって、

「行けえ!!敵は一人も逃がすな!!!」
「うおおおおおおおお!!!」

甲冑着て刀持った大勢の野郎共が猛烈な勢いでチャンバラしてたのでスン…ともう一度林の中に隠れた。

(……え?待って?は?ん?)

しばしの沈黙の後、状況を整理する。多分だけど、あの人たち、お侍さんだよ、な?いや侍っつーか、あれか、足軽的な?一般兵的なやつかな。いや。いやいやいや。待ってくれ。やばいぞ。普通にこうして争い(しかも普通に死人が出るレベル)が起こる時代ってことかよ。戦ってなると出てくるのは戦国時代くらいだけどそれよりも前にも普通に戦ってしてたよな?なんかほらあの、なんたらの乱みたいな…ダメだもっと真面目に社会勉強しとくんだった!ゲームの影響で戦国時代しかわからん!いやまあそれですらちゃんとした史実はてんでパーですけど!

そっと林の影から様子を窺う。うんヤバイわマジでバッチバチにやりあっとるであいつら…滅多切りしとる…一応流血とかグロ耐性はあるけど実際に見ると迫力が違いすぎる。こわい。川のお陰かそこまで血の臭いはしないけど、それでも人を切る音とか断末魔とかリアルすぎる。というかリアルだもんなこれ。トラウマレベルなんだけど。

「狙うは浅井と朝倉の首じゃあああ!!!」
「進め!!!進めええええ!!!」
「………うん?」

浅井。朝倉。川。戦。

…この四つのワードから引き出される答えが一つしかないんですがそれは。俺の聞き間違いや勘違いでなければ、これは恐らく、姉川の戦いだろう。ここにきてやっとこさ辿り着いた転生後の世界の正体。


(よ り に も よ っ て 戦 国 時 代)


お…オワタアアアアアアアアアア完全に戦国時代じゃないですかありがとうございますヤダー手持ちスキルが畑仕事しかない俺の生存率とか桶狭間の今川より低いやんけワロタ。いや笑えねえ。ど、どうしよう。マジで、そうか、戦国時代かあ〜〜〜そうかあ〜〜〜…。

「…よし、村に帰ろう」

この間約2秒である。逃げるが勝ちだ!俺は何も知らない!何も見てない!何時代かわかっただけでも大収穫だわこのまま何もなかったことにして村に逃げ帰ろう!神様も言ってたじゃん歴史改変しなかったら長生きできるってさ!つまりもはや戦自体に俺みたいな異分子が介入することさえなければ何も起こらないんじゃん!天才過ぎ!よし帰ろう!



「どわっはあ!」
「!」

そそくさとその場を離れようとしたその時、どこかで聞いたことのある声が耳をついた。あれ、と思いもう一度林から現場を覗き見る。

「くっ、さすが浅井の若武者じゃな…!」

モブモブしている足軽や兵よりも一際目を引く派手な黄金の甲冑。小柄ながらも放たれている圧倒的な実力者のオーラ。バラバラだった状態からぱきんぱきんと一本に繋がっていく如意棒みたいな武器。そして聞き覚えのあるどこか剽軽な声。

男が“その人物”だと認識するのに遅れてしまったのは、あくまでそいつが空想上の、画面の中のビジュアルでしかなかったからだ。何度かゲーム越しに操ったことのある、テクニカルかつ素早い動きで使いやすかった、後の天下人。

「…ひ、でよし…?」

豊臣秀吉。その顔は歴史の教科書などで見た肖像画とは違う、むしろ史実であるそっちよりも見慣れた、戦国無双のデザインで形成されていた。ということはなんだ、俺はただ単に戦国時代に転生しただけじゃなく、戦国無双の世界観に介入させられてたってことなのか。え、ええええええ。まあたしかに無双めちゃくちゃやってたから分かりやすくて助かるけど…ってかのんきに構えてる場合じゃねえ。衝撃の転生先発覚により困惑してるがそれどころでもねえ。好きな部類に入るキャラとの遭遇に感動したしテンションも上がったが、そんな秀吉の大ピンチに遭遇してしまった。

「お前の首を手柄にすれば、長政様もさぞお喜びになられる…覚悟しろ!」

対峙するは、真っ青な手ぬぐいをはためかせた…ゲームビジュアルよりも若く見えるけど、多分あいつ高虎だ。藤堂高虎。そうかたしかこの時はあいつ浅井軍にいたから、秀吉とか織田軍とは敵対…まあたしか秀吉に対してはずっと恨み辛み抱えてたけど。

長生きのための神様との約束は「歴史を忠実に全うすること」だ。それはつまり俺が介入なんかしなければどうとでもなるだろうと考えていたが甘かった。神様はきっとこうなることも予想してたんだろうし、むしろ最初から無理矢理俺を歴史に介入させる気でいたんだ。多分だけど、それも実験とやらのことだろう。世界観のモチーフはきっとゲームなんだろうけど、これはゲームとは違い現実だ。やり直しなんかきかない。万が一ここで秀吉が討たれれば確実に歴史が変わる。つまり、俺は死ぬ。モブ兵は次々討ち倒されてるし、秀吉も見るからに疲弊してる。二人は俺の存在に気付いてない。不意をつけば高虎一人くらいなら何とかなるかもしれない。


《時が来れば力は自ずと解放される》


それが今だろ、神様。強く念じた瞬間、全身を眩い光が包んだ。





「くたばれ、秀吉!!」
「ぐっ…ここでやられるわけには…!」


「させるかァ!!」
「「!?」」


気付けば両手で刀を握り締めて、高虎に斬りかかっていた。不意討ちにも関わらず受け止められてしまった俺激ダサじゃねーか!くそ!二人にももうガッツリ姿見られたし後戻りはできねえ!こうなりゃ自棄だ!

「えーっと、秀吉!様!ここは俺に任せて退いてください!」
「っ、わしを知っとるんか!?お前さんは一体…」
「いいから!!」

困惑する秀吉を半ばそこから押し退けると、戸惑いながらもようやく動いてくれた。去る後ろ姿を見届け、同じように困惑している高虎と向かい合う。こいつにも何だかんだで長生きしてもらわなければいけないので、気絶とまではいかずとも撤退くらいにまでは持ち込みたい。だがしかしここで大問題。俺、前世も含めて生まれてこの方刀とか握ったことないんだよねええええええ下手するとモブ兵にも余裕で負ける奴〜〜〜〜〜!

「…貴様、何者だ…!」
「……と、匿名希望ということでなんとか…」
「は?」

ゴニョゴニョと返すと即答では?いただきましたサーセン…いやでもさすがに本名出せねえわこれでもうガッツリ史実に介入しちゃったわけだしここで本名やら素顔晒そうもんなら歴史の教科書載っちゃうじゃんそれだけは避けねえと。神様もそこんところは気を使ってくれたのか、何故か身なりは漫画とかでよく見るような修行僧の格好をしていた。あと何かわかんねえけどお面付けてる。後で確認しよう。

困惑を通り越してイラつき始めた高虎を他所に、どうやって撤退させようかと頼りない頭をフル回転させる。力は自ずと解放される〜とか言ってたしオートで攻撃モーションとか使えるってことかな?わざわざ無双ワールドに連れてこられたってことはゲームしてる感覚で動けばいいのかな。でもコントローラーねえしな…頭で操作する的な?

「どわっ!?」
「なっ!」

試しに、と□ボタンを連打(あくまでイメージ)してみると、前世でそれはもうたんとお世話になった双剣の通常攻撃を出すことが出来た。か、体が勝手に動きやがる…なるほど、この要領で戦闘を…いや激ムズやんけ!アホか!

「ふざけやがって…お前も手柄にしてやる!!」

だがしかしキレてる場合ではない。歴史改変どころか普通に戦闘不能で死亡とか笑えねえ。絶対生き延びてやる!





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