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九州から大坂へ戻る頃には、秀吉もとうとう豊臣姓を賜ることになった。俺はというと、少しだけ城でゆっくりしたあと、人知れず馬を走らせ地元に帰っていた。




「まあ、今度は九州に?」
「おう。長旅だったけど今回も楽しかったぜ」

ほれお土産、と九州でゲットした地元の有名菓子を母ちゃんに渡した。いつも悪いねえと俺の手から菓子を受け取る母ちゃんの手は前に見た時よりもさらにか細くなっている。それに気付かぬフリをして、気にすんなと笑い返した。

「お父さん、なまえがまたお土産を持ってきてくれましたよ」

縁側へ向かってそう言った母ちゃん。そこから見える小さな庭には、父ちゃんの小さな墓石がある。

父ちゃんは去年病没した。俺が四国征伐に参加してる時、息絶えたらしい。俺は父ちゃんの死に目に会えなかったのだ。弱っていたのを知っていたのに何も出来なかった。二人は俺や無双武将とは違う、普通の人間だ。そしてここは戦国時代だ。病院なんてあるわけないしどこででも買える市販薬なども存在しない。それに、前世と違って平均寿命もまだまだ短い。けれど、それにしたって、なんだかあまりにも唐突であっけなくて、俺は泣けなかった。当時は悲しみに暮れる母ちゃんを支えなきゃって気持ちの方が強かったから余計そうだ。ようやく持ち直してくれた母ちゃんだけど、俺にはそう見せてるだけで本当はもう限界なんだろう。その証拠に、会いに来る度弱々しい姿になっている。

前世からの記憶があるとはいえ、この世界では生まれた時から一番世話になっている恩ある実の親だ。そんな母ちゃんに対してこんなこと考えたくもないけど、きっと、もう母ちゃんも長くはないんだろう。

「…父ちゃんと仲良く分けてくれよ」
「そうだね、ありがとう」

二人が働けなくなった時点で、おねね様に頭を下げて小さな屋敷を建ててもらうよう秀吉に頼んでもらった。それでも元の家に比べれば大きくなった方だ。一月の間で少なくとも二度は会いに行くようにしていたし、お金よりも食べ物や生活用品を重点的に贈っていた。前世で親を亡くす経験なんかしたことなかったけど、俺が史実を守る限りいつかはみんな俺よりも先に死んでいく。両親ならなおさらだ。だから最期はせめて何不自由なく幸せに過ごせるようにと、そう思って俺なりに精一杯親孝行してきたつもりなんだが、どうなんだろう。時折、俺のやってることは本当に正しいのかと思ってしまう。正解が存在するのかすら分からない。たとえこれが正しくない行いだったとしても、それでも優しい父ちゃんと母ちゃんは俺を責めないのだろう。救いたいのはこっちなのに逆に救われてちゃ世話ねえなと舌打ちした。

「…仕事落ち着いたら、俺家に戻るから」
「そう…それなら、お父さんもお母さんも安心だわ」

あんたはいつもふらりと行ってしまうからと、母ちゃんは目を伏せながらそう言った。もうすぐ秀吉は天下を統一する。そうすればしばらくは、それこそ母ちゃんが父ちゃんの元へ逝くまでは傍にいてやれる。だからあと少しだ。あと少しだけ待っててくれ、母ちゃん。

父ちゃんの件は誰にも話していない。おねね様にはもう知られてるけど、それでも三成には黙っているつもりだ。あいつなんだかんだで優しいからな。ただでさえこれからどんどん忙しくなるってのに、変に心配かけたくねえ。今後母ちゃんにもしものことがあったとしても同様だ。

苦しむのも悲しむのも俺だけでいい。それが、今まで自分のためだけに勝手ばっかして母ちゃんや父ちゃんを蔑ろにしてた罰だ。



 











「なまえ!」
「うわあ」
「うわあとはなんだ。久々に会えたというのに」

大坂城の城下町まで帰ってきた。さあてそろそろからす殿に戻っておくかと思った矢先にこれである。あからさまにげっそりとした顔をしながら振り向くとそこにいたのはやはり藤堂高虎だった…完。これで終わらせられたらいいんですが生憎そこまでのチート能力はないので仕方ないから少しだけ相手をしてやろうと思う。なんだかんだ素顔で会うのは去年の土佐以来だかんな。おねね様もよく上手にかわしてくれていたなあと思う。なんだっけ、たしか一年間実家に帰らせてもらってるっていう話だっけ?

「休暇とやらはようやく終わったのか?」
「(お、当たってたわ)ま、そういうこと。今城に戻ろうとしてたとこだ」
「そうか。ならちょうどいい。俺も共に行こう」
「そうか………えっ」
「なんだ、聞いてないのか?」
「えっえっなに?なにが?なんのこと?えっ?」
「まあ休暇中だったのなら無理もないか…秀吉にうちに来いと懇願されたのでな。前までならありえないと思っていたが、お前もいることだし、承諾の返事を直接しようとここまで来ていたんだ」

待て待て待て待てなんでそうなる?お前秀長が亡くなったらなんか出家するとかなんとか…アレエ!?そのまま徳川行くと思ってたのにそういう感じ!?もしくは俺のせいか!?本当なら徳川行く予定だったけど俺のせいで歴史が変わったとかそういう!?いやでも俺生きてるしな…史実通りってことでいいのか…

まあ史実だろうとそうでなかろうとこの際どうでもいい。いやよくないけど、それでもこのまま高虎と大坂城へ向かうことの困難さに比べれば非常にどうでもいいことだ!どうするよ素顔のまま普通に入城したら不味いだろおねね様がすぐ拾ってくれればまあ万事オーケーなのだがこの時間帯って多分夕飯の支度してるだろ絶対無理じゃん…もしくは三成様のお助けを期待するか?いやいや高虎とセットの時点で助けてはもらえるだろうが絶対あとでピーピー説教されるやつ…油断しすぎだこれだからお前はクズで馬鹿で阿呆でetcって言われるやつ…どうしたものか…途中で無理矢理離脱するのが一番安全かもしれんな。忘れ物した〜とかなんとか言って誤魔化すか。よしそうしよう。

「あー、あのさ高と」
「まだ怒っているのか、なまえ」
「え」
「……土佐では、悪かった。少しどうかしていたらしい」

Oh...ずっと黙っていたから怒っていると勘違いしているらしい。つかその話振られるまですっかり忘れてたわそういやお前俺にチューしようとしてた(多分)よなァ謝るってことは(多分)じゃなくて確実にそうだったんだなァおいこのやろう。でも反省してるってことは本人の言う通りどうかしてたんだろうな。うん、きっとそうだ。こいつが俺のこと好きとかいやいやいやそんなまさかははははウケる。

「怒ってねえよ、考え事してただけ。あとその件も別にもう気にしてねえから」
「…そう、か。なら、いいんだ」
「(おおおおおう全然いいって顔してないんだが敢えてスルーするぞ高虎)おう。それでな高虎、実は俺実家に忘れ物しt」
「おねね様は休暇中だと話していたが、本当は俺を避けていたんじゃないかと気が気じゃなかった」
「ギクゥーー!!いいいいいや嘘じゃねえよマジで実家行ってたよほんとほんと!それくらいで避けるわけねえじゃん俺たちズッ友じゃん!な?というわけで高虎聞いてくれ俺忘れ物」
「お前がそう言うなら信じるさ。だがななまえ、あの時の俺の言葉、覚えているか?」
「待ってお前全然俺の言葉聞いてくれないね!?」
「吉継以上の友はいないと、そう言ったな」

こ、こいつもはや完全に自分の話押し通そうとしてきとる…はあ〜たしかそんなこと言ってたような言ってなかったようなぶっちゃけあんま覚えてねえからぼんやり濁して返事しておいた。そういやお前吉継に嫉妬してるじゃんみたいな意味わからん暴論ぶつけられた記憶があるな。ムカついたからあえて乗っかってやった末の答えだったような…?

どういう意味か分かるか?と聞かれたが素直に分からんと返すと鼻で笑われてしまったのでおもくそ脛蹴ってやった俺なのであった。とりあえず実家に忘れ物した(大嘘)から取りに戻っていいかなァ?

「ふん、相変わらずだな…まあいい。今後は同じ城で過ごすんだ、よろしく頼むぞ」
「………そういえば休暇期間もう少し延びてたような…」
「は?」

そうだそうだすっかり忘れてたこれわりと本気で最重要課題じゃん。とりあえず城戻ったらすぐおねね様と三成に相談しなきゃな…絶対そのうちバレちまうわ…

そんな俺の心配は、この数日後に綺麗さっぱり解消されることになる。




190404


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