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土佐に着いて数ヵ月経ったが、我らが羽柴家と長宗我部家の和睦目的の議論は平行線をたどる一方だった。そうしてしびれを切らした両者がたどり着いた結論はやはり戦を起こすこと。時代が時代だし仕方ないとはいえ武力行使ってやだやだ。はやく統一してもらわねえとなあ。

「おう、かくれんぼかからす」
「あ、秀吉様」

そういうことで再び大坂城に戻ってきた俺たちだが、もうすぐ再び土佐へと向かう。もちろん和睦や観光のためではなく征伐のためである。そんな中なんか知らんがいつも以上にぎゃいぎゃいうるさく絡んでくる吉継を振り切り逃げ込んだのはあまり人が立ち寄らない倉の裏。なんとかやり過ごせたかと裏から顔を出して辺りを確認していたら、縁側を歩いていた秀吉に見つかった。まあ吉継じゃねえからセーフセーフ。

「吉継殿がやたらと引っ付いて回ってくるので逃げておりました」
「はっはっは!相変わらずモテるのう」
「これが見目麗しい女性であればよかったのですが」
「そりゃいかん。お前さんまで女子にモテたらわしの立場がのうなってまうわ」
「はははは」

あんたはおねね様いんだからそれ以上を望むんじゃねえよというツッコミを飲み込み愛想笑いを返しておいた。ほんとおねね様のこと大切にしろよ秀吉…ほんと…

しかし、秀吉の言葉もあながち間違っちゃいなかった。今世の俺、前世の倍ぐらいモテてる自信がある。まあほぼ男子なのが白目案件なんですけどね。清正と正則は今も変わらず隙あらば稽古してくれってせがんでくるしお面狙ってくるしでとてもなついてくれていると思う。吉継もかまちょ攻撃が落ち着く気配はないしむしろ日毎に増してってる気がする。今日は特に酷かったと思うんだが何かあったんだろうか。高虎に関しては前回のバクバクデー以来会っていないそりゃそうだろ俺の勘違いだろうけどあいつ無理矢理キスしようとしたんだぞ信じらんねえ……えっ勘違いですよね?ですよね?あれ待てよそういやこの時代では男同士のほにゃららも武士の嗜みとかってどこかで聞いたような…?嗜み程度で簡単にキスしようとすんなどのみちしばらくシカトだわ。あとなんか最近視線を感じるような気がするんですよね〜とおねね様に相談してみた結果、風魔さん家の小太郎さんがめっちゃ俺のこと監視してたらしいストーカーかよ全力でおねね様に頭下げて警戒強めてもらったわ恐ろしいよ忍び恐ろしい…ちなみに三成様は相変わらずのキングオブつっけんどんではあるが他のやつらに構い過ぎるとわっかりにくく拗ねて甘えてくるから多分まだ好かれてると思う。兄ちゃんは嬉しいぞ。なおそのデレの5倍はツンツンしとる模様。兄ちゃんは悲しいぞ。

そんなこんなでまあモテてると言われればモテているのだが俺としてはこう、ほら、さっきも言ったけど見目麗しいおにゃのことのさ、ほら、ね?せっかく無双っておねね様も含め可愛い女子いっぱいいるんだし付き合うとか結婚とまでは言わずとも絡みたいじゃん?イチャイチャしたいじゃん?全無双クラスタ男子の夢じゃん?もうすぐ山崎の戦い以来の小少将に会えるし前回よりお話ししたいなァ。ガラシャも可愛いし好きだし妹にしたいくらいだけど俺は色っぽい姉ちゃん派なんだすまんな。謎の上から目線わろた。

「そうそう、吉継の件じゃが」
「!」
「恐らくもうすぐ単身で四国に乗り込むから寂しいのかもしれん」
「単身?まさか囮ですか?」
「さすがに数人護衛は付けるが、実質そういうことになる。本当はお前さんに任せるつもりじゃったがそれを聞いた吉継が自ら名乗り出てな」
「………」
「たしかに吉継も実力はある。もちろん武ではお前さんに劣るが、吉継の強みはその冷静さと判断力。軍略の才はお前さんすら凌ぐじゃろう」
「…そうですね、吉継殿であれば秀吉様の命も果たせるでしょう」

縁側に腰かけた秀吉に失礼しますと一声かけてその隣に座った。そういや吉継のこと助けなきゃ〜みたいなイベントがあったようななかったような…まあいつもの過保護コンビがダッシュで助けるだろうが俺のミッションリストにも加えておこう。しかしそれが原因で寂しいから鬼絡みしてくるってなかなか余裕やんけ吉継。やりおるな。

「そういうわけで、お前さんは本隊に加わってもらう。言わんでも分かっとるとは思うが、戦場に着いたらすぐ吉継を救ってやってくれ」
「ええ、もちろんです」
「そんで、わしはその間にあの桃色の髪の美女と…」
「いやだからあんたにはおねね様がいるだろって」
「お?」
「あっ」

瞬間ぱし、と口元…というか嘴を押さえた。し、しまった、ついボロが…!大丈夫?秀吉怒ってない?大丈夫?静寂が二人を包む…き、気まずい〜〜〜うわあやっちまった〜〜〜主君におもくそタメ口とかいかんでしょこれどうしようまあ打ち首とまではいかずとも何かしら罰せられるでしょやべえ〜〜〜。

内心冷や汗ダラダラになりながらこの状況をどう打破するか考えていると、隣からぶはっと噴き出す音が聞こえた。

「そうじゃのう、わしにはねねがおるからのう。あまり下手なこと言うたらねねだけでなくお前さんからも叱られちまうわ」
「ひ、秀吉様、その…うう…すみません…!」
「なぜ謝る?わしゃむしろお前さんの素顔が垣間見えた気がして嬉しかったがのう」
「え」
「からす、覚えとるか?わしらがいっ…ちばん最初に会うた日を」

どうしようどうしようと狼狽える俺を知ってか知らずか、秀吉は特に気にした様子もなくいつものようにカラリと笑い飛ばしてしまった。相変わらずその器の大きさには驚かされるぜ。これ信長だったら多分首斬られてたな。蘭丸に。

さて、質問の内容は最初に会った日だったな。よーく覚えてるぜ。忘れもしない。俺が全てに気付いてしまった日でもあるからな。

「…覚えておりますよ。あの姉川で秀吉様に助太刀してから、もう15年ほどになるでしょうか」
「ああ、15年じゃ。そんで、お前さんが正式にわしに仕えてくれたんが10年前」

そうか、そう考えるとすげえな。この世界が無双ベースの戦国時代だと知ってからもう15年も経ったんだ。最初はどうなることかと思ったが、今もこうしてちゃんと生きてる。生んで育ててくれた両親、我が子のように愛し守ってくれる羽柴夫妻、可愛い弟分である子飼いトリオ、良き友人でいてくれる近江コンビ…他にもいろんなやつらと出会って、関わって、戦って、別れて…その繰り返し。

得たものも失ったものも多い。けど、俺としては総合的に幸せに過ごせてると思う。たしかに悲しいことや悔しいことがなかったわけじゃねえけど、それ以上に楽しくて面白くて馬鹿みたいにくだらない、そして愛しい日々を過ごせている。要因は数あれど、そのうちの一つは間違いなく秀吉のおかげだろう。

「…ありがとうございました、長い間」
「なんじゃなんじゃ?礼を言いたいのはこっちの方じゃ。それに、これからも変わらず付き合ってもらうで、からす」
「ええ、私もそのつもりです。秀吉様の作る、皆が笑って暮らせる世を見るまで死ねませんしね」
「おう!その意気じゃ!」

豪快に笑いながら俺の背を叩く秀吉。そう、俺はまだ死ねない。秀吉の天下を見て、そして三成との約束を果たすまで。

「ま、もう少しわがままを言えるなら、本当はその面の下の顔も見せてほしいんじゃがのう」
「私が秀吉様の命に逆らえないことくらいご存知でしょう?見たいのであればそう命じればいい」
「それじゃ意味がないんさ。お前さんの意思で外してくれんとなあ」
「…あんたならきっとそう言うと思った」

まあ今すぐにってわけにはいかねえけど、いつかは外してやるさ。きちんと素顔をさらして、きちんと対面して、そんで、改めてきちんと感謝を伝えるよ。だから、それまでもうちょっとだけ待っててくれ、秀吉。






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