《時が来れば力は自ずと解放される》

《やるべきことはゆっくりと探していけばよい》

《心配せずとも、お前は今から生をやり直すのだ》

《時間は山ほどある…》










「いや全然ねえんだわこれが」
「ん、どうしたなまえ」
「ごめんなんでもないよ気にしないで父ちゃん」

最後に交わした神様とやらの言葉を思い出す。仕事お疲れお帰り父ちゃん。

おぎゃあうぎゃあとけたたましく泣きながら生まれた先はどこからどう見ても俺の知っている世界よりも遥か過去の世界だった。テレビ?パソコン?スマホ?そんなもんあるわけないし赤ちゃんの時点で二足歩行やら普通に喋ろうもんなら間違いなく異端児扱いされて捨てられる恐れがあったから必死で赤ちゃんを演じた俺の健気さよ今思い出しても涙ちょちょ切れるわ。なにも知らない純粋な子どものふりをし、だあだあ言葉を発してはとりあえず笑顔を振り撒いていたので愛嬌がいい子だと両親から喜ばれたのでいいスタートを切れたと思う。まあ一番苦労したのは新しい母ちゃん(結構なべっぴんさんだった)の母乳飲む時だな。ほんとなんかもう、心が、折れかけた、色々と…何を強いられてるんだ俺は、みたいな…。

そんなこんなで紆余曲折あったものの優しい父ちゃん母ちゃんにしっかり育てられ何不自由なく(まあ前世に比べると圧倒的不自由ではあるんだけどもう慣れた)、幸せな子ども時代を過ごして早十数年。たしかに長い月日が流れてはいるが思い返せば本当にあっという間だったのだ。未だに何時代か全然わかんねえんだけど。江戸時代とかかな。もしくはもっともっと前?どちらにせよ社会とか歴史とか苦手だったからなあ〜それに歴史改変すんなとか言われたけど俺みたいな貧しい農家の一人息子にそんな力あるわけねえだろ一体何考えてんだあの神様。記憶を持ったまま人生のやり直しだなんてこと起きるのはアニメとかゲームとかそういう二次元の中だけだと思ってた。死ぬ前話題になってたスライムのやつ見たかったな…ハアーーギブミーインターネット…。

「ああそうだなまえ、また近所の童がお前のことを探していたぞ」
「へ?」
「なんでも急いで来てほしいってよ。時間あるなら行ってやんな」
「おっけおっけすぐ行く」

第二の人生でも何の因果か神の力か前世と同じくなまえという名を与えられた俺。最初こそ前と違う名前付けられたらどうしよう覚えられるかなァ〜と不安だったのだがよかったよかった。よっこいしょと腰を上げ、近くにあった草履を足に引っかけそのまま外へ出た。無駄に身なりに気遣わなくていいのもこの世界の利点だなと思う。髪セットしたりアクセサリーつける必要ないもんな。まずワックスとか存在してねえし。


ぱたぱたと小さな畑道を緩やかに走る。視線の先にいた俺より少し背の低い男の子は、俺を見つけると目を見開いて、かと思うと淋しげに顔を俯かせた。むむ、何かあったのだろうか。急用みたいだったし話でも聞いてやるか。

「よう、どうした?」
「………」
「…なんだ、いつも以上に大人しいじゃねえか」

うりうり、と髪がぐしゃぐしゃになるほど頭を撫でてやっても鬱陶しそうに払いのけるだけ。それだけならいつも通りだが、いつもの照れ隠しとはどうも違う気がする。

「…母上が、さいごの、あいさつをしておいで、と」
「は?最後?なんだよそれ、どっか行くのか?」
「……ここより少し、遠いばしょへ行くって」

なるほど、前世で言うところの引っ越しってわけか。しかし今の時代は俺がいた頃と違い遠距離での連絡手段なんか限られてくる。ラインやメールですぐに連絡を取ることもツイッターで近況を知ることも出来ない。実に不便だ。まあもしあったとしてもまだ10歳くらいのこいつが扱えるとは…いや出来るか。多分小学生でも普通にスマホ持ってたもんな。すげえよなほんと。

何はともあれそんなにしょぼくれるほど俺との別れを寂しがってくれているということか。か、可愛いやつ〜〜〜最初の頃はほんっと無愛想でくそ生意気だったけどもう全部チャラにしちゃう可愛いとこあるやんけこいつゥ〜〜〜!!

内心デレッデレに大喜びしつつ表面上はそっか、とお兄さん面しながら寂しげに微笑んでおいた。うん、まあ、俺も寂しいのは事実だもんな。ずっと弟みたいに思ってたし。前世一人っ子の俺は優しいお姉ちゃんが欲しかったものだがお兄ちゃんになるってのも悪くないと痛感した数年であった。

「…そんな顔すんなよ」
「!」
「俺たちはまだ子どもだから、しばらくは会えないだろうけどさ、いつかまたきっと会えるって!な?」

もっと大人になったら、必ず兄ちゃんがお前のこと見つけてやるよ。そう言って、今度はさっきよりも優しく頭を撫でてやった。ようやく上げられた顔はやっぱり寂しげで、大きな目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。それに気付いた本人が、やけくそとばかりに腹に抱き付く。うわあむりむりそんなん俺も泣きそうなるわむりむり。しかし兄ちゃんの威厳のためにも堪えねば。

「……なまえにいさん、」
「おう」
「…わすれないで、ぜったいに」
「…当たり前だろ。お前こそ俺のこと忘れんなよ?」

とは言ったものの多分忘れるんだろうな〜〜いやでも10歳未満か…ギリギリ覚えてるかな…まあ数年可愛がったし、ワンチャン、なんとか…いやいやいや忘れられたところでこいつを責めるのは筋違いだろう。ぶっちゃけもし会えたらって話だし、そこまで深く考えることもない。とにもかくにも、今はこいつの新しい門出を祝おうじゃないか。

「じゃあな。また会おうぜ、佐吉」

俺の腹に顔を埋めたまま何度か頷いた後、佐吉はゆっくり離れて、そのまま走り去ってしまった。あれ、もしかしてマジで引っ越す直前だった感じ?もっとはよ言えやお母様お父様ごめんなさいね!いや多分もっと前々から言われてたんだろうけど前世でいう超絶ツンデレっ子だったからなかなか言えなかったんだろうな…引っ越し先ではもっとアクティブに生きろよ佐吉。とりあえず年上の俺ですら見下そうとする性格を至急どうにかするように。

「…俺も動かねえとなあ…」

このまま両親に甘えつつのんびり農業暮らしも悪くないが、そろそろここが一体どういう世界なのか知る必要がある。もし農業暮らしをすることによってまったく知らないうちに何かしらの歴史が改変されでもしたら俺死んじゃうもん。やだよ無自覚自殺とか意味わかんねえよ前世よりひでえよ。

とりあえず軽く冒険でもしてみるか。そうぼんやり考えていたのが、たしか二年前だったはず。あの頃の阿呆な俺よ、悔い改めるのです。俺みたいななんの取り柄もない農家平民っ子は何も考えずに両親と仲睦まじく農業暮らしをしているべきだったのです。




「狙うは浅井と朝倉の首じゃあああ!!!」
「進め!!!進めええええ!!!」

江戸時代だなんてとんでもない。ここはなんと、戦国時代だったのだ。





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