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吉継が橋から滑り落ちた。

「待つんだ高虎!」
「っ、しかし秀長様!いくら奴と言えどこのような状態の川に流されては!」

後を追うように橋から川へ飛び降りたなまえ。そこでようやく我に帰った。焦りはしたが、奴が大丈夫だと判断して行ったのであれば恐らく心配は無用だろう。俺達まで無駄に飛び込めば被害が拡大するだけだ。

「秀吉様、あまり数を散らしても時間と労力の無駄でしょう。少数で両端に別れて川下へ捜索しに行くのが無難かと」
「そうじゃな…秀長!そちらから数人川下へ向かわせろ!こちらからも派遣する!」

秀吉様が言うや否や、高虎がすごい勢いで川下の方へ走っていった。同じく先に橋を渡っていた清正が後を追っていく。ならばこちらからは俺が出ようと動けば正則がついてきた。珍しいこともあるものだ。清正と同様慕っているからす殿の為だろうが、こいつの馬鹿でかい声があればきっと発見も早まるだろうからまあ良しとする。

「すぐに連れて戻ります。先にお進みください」
「すまんな。頼んだで、三成、正則」

正則が大声で返事したのを確認し、足早に川下へ向かう。雨のせいで流れが早くなっているし川の水も濁り視界が悪くなっているだろう。しかし危険だと判断していればあいつも飛び込まなかったはず。いくらお人好しとはいえ、感情的に行動するような馬鹿ではない。

気になるのは吉継の方だ。たしかに雨で足場が濡れていたとはいえ、あのように体を投げ出してしまうほど足を滑らせることがあるだろうか。昼過ぎから降り続いていた雨であることは全員が知っている。多少なりとも滑る可能性を考慮して慎重に歩こうと思うはずだ。普段から思慮深い吉継ならなおのことそうだろう。だから余計に引っ掛かる。

(……まさかな)

一瞬妙な考えが浮かんだがすぐに振り払った。あり得ない。いくら日頃から構え構えとちょっかいをかけているとはいえ、一歩間違えれば命を落としかねない真似をしてまで気を引くなど、

「吉継とからす殿大丈夫かなァ…せめてもっと明るけりゃ見つけやすいのによォ…」
「暗闇でも見つけられるようにお前のその馬鹿みたいに大きな声があるのだろう?きっと二人ならそれに気付く」
「そっかァ!ってちゃっかり馬鹿っつったよなァてめえ頭でっかち!からす殿に言いつけてやっからな!」

ぎゃあぎゃあと怒鳴りながらも、正則は引き続き大声で二人の名前を呼び続けた。しかしこいつの言うことも一理ある。これがもし昼間であれば簡単に見つけられただろうが、月も隠れてしまっている今の状態では暗闇の中から黒猫を探し出すようなものだ。向こう岸の方からは高虎と清正の声も聞こえる。その声を僅かに遮るような川の音が耳障りにさえ思えた。

もう少し下れば川との高低差も埋まるだろう。川に沈んでさえいなければそこらの岸に上がっているはず。この程度で死ぬような男ではないことは知っている。しかし嫌な胸騒ぎがするのも事実。早々に見つけ出さねば。














「吉継ー…!!」



「………あっ、うわ!寝てた!」

遠くから誰かの怒号が聞こえた瞬間目が覚めた。うわあ普通に寝てたビックリ。誰かの怒号ってかまあ絶対高虎ですねわかります。外を見るとまだ薄暗いが雨はすっかり上がっていた。どれくらい時間経ったんだろ。2、3時間くらいってとこかな。よかった、思っていたよりも早く合流できそうだ。しかしまだ場所がバレる訳にはいかん。なぜなら!俺と!吉継!半裸!このまま見つかってみろ秒で叩き斬られるから。高虎に。命賭けるわ。

ということでさっさと上着着なきゃ…吉継も普通に寝てたので軽く揺すって起こす。うん、体温もだいぶ高くなってるし震えも止まってる。互いの着物もまだ湿ってはいるがびしょびしょ状態よりははるかにマシだろう。

「大丈夫ですか吉継殿。恐らく高虎殿が近くまで来ています」
「……ああ、みたいだな」

よし、意識もはっきりしてるし声の震えもなし。よかった。着物を手渡すとそのまま黙って身なりを整え始めた吉継。数時間前の素顔モードなどなかったかのようにからすモードの口調で接しているが、吉継も普段通りだ。なんとか誤魔化せたようである。もし覚えてたとしてもそれはあれだ、夢かなんかだと思ってくれ。あと同時に半裸でぎゅっぎゅしたことも夢だと思ってくれると助かる。各方面から叩かれる可能性あるからねマジで。

お互い準備完了なのを確認して、簡易洞穴から脱出した。幸い落ちた時に怪我などもしていなかったようで俺と同じように歩行自体も問題ない。さてと、大谷吉継過激派その1はどこに…あ、いたいた。清正も一緒か。

「清正殿!高虎殿!こちらです!」
「っ、からすd」
「吉継!!」

ぅゎ過激派こゎぃ。先に見つけてくれた清正押し退けてすごい形相でこっち飛んできたぞあいつ。

「吉継殿なら大丈夫…」
「大丈夫か吉継!怪我は?頭巾はどうした?おかしなことはされなかったか?」
「ちょっと」

俺のことなど一切見ずになんなら俺すらも押し退け吉継の肩を掴み様子を確認する高虎。こ、こいつ、こいつさあ!それはさすがに失礼すぎじゃね!?お前見てただろ俺が速攻で吉継救出に動いた瞬間見てただろ!!おかしなことするわけねえじゃん!!!半裸でハグ?人命救助ですやましい考えとかないです当たり前でしょうが!!過激派過保護なのは分かってっけどそれはあんまりだぞ高虎てめえ!!

さすがの身勝手さにぶちギレた清正が物申そうとしたがここでケンカするのもおかしいので必死でなだめた。俺は大丈夫だぞ清正。大丈夫じゃないけど大丈夫だ。お前がそうやって怒ってくれるだけで十分だ。いい子いい子。

「ったく…からす殿は優しすぎます」
「いやいや、まあ、彼もすっごい心配してたんだろうし」
「…あなたは?大丈夫ですか?」
「ああ、この通り心配ご無用さ」
「ならよかったです。多分もうすぐ三成たちも合流するはず」
「えっ三成殿来てるの?」

そりゃ来るだろと言わんばかりの顔をされたのでショボーン状態。やだあどうせまた無茶しすぎだ馬鹿自重せよクズって言われるんだあ…おかしいな俺善意で吉継助けたのになんで責められなきゃいけねえんだ…高虎も相変わらず俺のことガン無視で吉継吉継言うてるし…こいつだけはマジで許さん…

「ああああーー!いた!からす殿!吉継!」
「!」
「正則殿まで…」

吉継愛され過ぎわろた。手をブンブン振りながらこちらへ走ってくる正則を可愛いやつめとほのぼの見つめていたがその背後に無表情の三成の姿が見えたのでスン…と真顔になった俺である。無事だったから許してくれやあ。

「よかったよかったァ!めちゃくちゃ焦ったぜ!」
「二人とも無事でしたか」
「ああ。しかし勝手に行動してすまなかった。次からはもう少し慎重に動くようにするよ」
「自覚があったのなら何よりですあなたももういい年なのですからやる気だけの若武者のように本能だけで行動しないでくださいわかりましたか今後はこのようなことがないようもう少し年相応の行動をとるようにしてください私どもだけならばともかく秀吉様にまで迷惑をかけている自覚はおありですか四国行きの船についたら真っ先に秀吉様に謝罪してくださいわかりましたね?」
「ハ〜〜〜イ」

先手を打って高速謝罪したのにこれだもんな〜〜〜やってらんねえもう〜〜〜やり場のない感情を発散するため雨で少し崩れた正則のリーゼントを完全に崩してやった。イケメンイケメン。本人は何すんだよ〜とブーブー言っている。すまんが文句は三成様へどうぞ。

俺に関してはほとんど嫌味で終わった再会も相手が吉継となると大丈夫か怪我はないかと高虎とおんなじ感じだったのでそろそろ俺は謀反起こしても怒られないと思うんだが。いいもん清正も正則も俺のこと心配してくれたしきっと秀吉だって褒めてくれるもん。いいもん。拗ねてねえもん。そして大丈夫だと言う吉継をスルーして肩を貸しながら歩く高虎は結局最後まで俺へのコメントは無しでしたとさ。オーケーオーケー今度の甘味バクバクデーでめちゃくちゃ無視してやるオーケーオーケー覚悟しろ高虎ァ。

お面でバレないのをいいことに高虎をおもくそ睨み付けていると、吉継と目が合った。やべ、睨んでるのバレた?内緒にしてくれ頼む。

「…ありがとう、からす」
「……礼を言われるほどのことはなにも。吉継殿が無事で何よりです」
「冷たいな。もうあの時のように吉継と呼んでくれないのか」
「へっ」

あれ、今なんか呼び捨てされたような…と思ったら、あ、まずい、悪い顔してる。吉継が悪い顔してる!まずい!覚えてるぞこいつ!!高虎がすっげえ顔してる!!!

「あの、吉継殿それは」
「あんなに情熱的に抱き締められたのは初めてだ。お前は意外と積極的な男だったのだな」
「は?」
「なんだその話は」
「やめてください吉継殿その言い方では誤解を生みますというかそれわざとですよね!?」
「何を隠す必要がある?すべて事実だろう。急に着物を脱がされた時はさすがの俺も驚いたが」
「よ し つ ぐ ど の !」
「おい待てどういうことだ貴様吉継に何をした!」
「違うんですってすっごい震えてたから温めようと思って!」
「真逆の行動をしておいて何を言っている!ふざけるな!」

ヒエエエエエエエエまさか助け出した吉継本人にまで裏切られるとは思いませんでした世の不条理に全俺が泣いた。待て貴様ァと鬼の顔して追いかけてくる高虎から必死で逃げる。秀吉助けてええええええええ!!!










「……吉継」
「どうした、三成」
「………いや…今後は気を付けろ」
「ああ。心配をかけてすまなかった」

けろりとした顔をして暴走する高虎を呼ぶ吉継に、妙な考えが的中した気がした。






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