小牧長久手の戦い


別働隊として小幡城の奇襲に向かっていたが、さすがは家康といったところか。簡単に行動させてくれるわけがなかった。こちらの奇襲など最初からお見通しだったようですでに手は打たれていたのだ。中央砦を押さえられ完全に孤立状態。しかしここで救援を求めれば小牧城を攻めている秀吉様率いる本隊の戦力を割くことになる。そうなればそれこそ家康の思う壺だ。犠牲を払ってでも、俺達だけで突破せねばならない。家康は強敵だ。恐ろしく強い、底知れぬ力を持った男だ。絶対に討ち取らねばならない。たとえ俺の命を犠牲にしたとしても。

秀吉様の築く天下の為ならば命などいつでも捨てられる。その覚悟はたしかにある。今だってそうだ。このまま徳川の猛攻に耐えられずに死んでしまうだろうという考えがなかったわけではない。けれど同時に、心のどこかできっとここで死ぬことはないとも思っていた。

激しい破壊音と共に中央砦を閉じる扉が開かれる。周りの敵がいとも簡単に薙ぎ払われていく。こうなることは知っていた。打ち合わせをしていたわけではない。理由も根拠もなにもない。それでもただ、必ず来るだろうという確信めいた何かがあった。そしてあいつもその確信通りここに来た。ただそれだけ。

「待ったァ?三成殿」

わざとらしく三成殿などと呼ぶくせに、その声はいつものなまえの声だった。顔が見えずとも分かる。きっと面の下でしたり顔を晒しているのだろう。

「…待たせ過ぎだ、馬鹿」

ただそれだけのことなのに、死地であることに変わりはないのに、素直な心臓は嬉しい嬉しいと馬鹿みたいに騒ぎ立てるのだ。











「別働隊が徳川軍に奇襲された模様です!」

伝令がそう発した瞬間だった。それまで俺の側で同じように敵兵と対峙していたからす殿が、弾かれたように中央砦の方へ走り去ってしまったのだ。俺達は本隊と共に小牧城へ向かう手筈だった。主戦力であるからす殿が抜けてしまっては必ず支障が出る。それにまだ秀吉様からの命令が下されていない。まさか一人で救援に向かうつもりだろうか。

「吉継!」
「!」
「あんな男捨て置け!お前まで行く必要などない!」

思わずからす殿の背中に釘付けになっていると敵将を相手取りながらそう叫んだ高虎。私怨を抜きにしても高虎の言うことは理にかなっている。少なくともまずは秀吉様の命令を待つべきだ。自分達の勝手な判断で行動してはきっと不利になる。何より相手はあの家康なのだ。ちょっとした隙すら見逃さずに暴いて掻き乱してくるだろう。

いつも聡明で冷静なからす殿がそれに気付かないはずがない。気付いていて、それでも動いたというのだろうか。戦況も命令もなにもかも放棄して、三成を選んだというのだろうか。

「…高虎、悪いが俺の分も踏ん張ってくれ」
「なっ、おい!吉継!」

敵の刃を弾いたと同時に俺も中央砦の方へ走った。恐らく秀吉様ならば救援に向かえと命令していただろうが、あとでしっかり謝罪しようと思う。三成もからす殿も俺の友だ。黙って見過ごすことなど出来ない。だから、

(本当にそれだけか?)

からす殿は俺の何倍も武芸に秀でている。俺が出ずともきっと一人だけで救援することだって可能だろう。むしろ俺が加わることで足を引っ張ってしまう可能性すらなきにしもあらずだ。高虎の忠告通りその場に留まって本隊と共に行動すべきだった。それならなぜ三成の元へ?本当に三成を救援するためだけなのか?

自問自答をしている間にからす殿はさっさと砦を開放していた。やはり俺の手など不必要だったと言わんばかりの速さであっという間に別働隊と合流して、三成と言葉を交わしているようだった。

声までは聞こえない。しかしからす殿越しに三成の口が動いたのが分かる。その顔には見覚えがあった。中国を攻めていた頃、ふとした瞬間に無意識に何度か見せていた顔。特別な相手を想うような、愛する者に見せるような、油断しきって蕩けたような表情。三成のようにお世辞にも表情が豊かとは言えない人間とは無縁のような、そんな顔。

「…そうか、三成」

あの時話した『故郷に残してきた』という好い人は、













なんか…なんとなくだけど覚えてるわ〜…そうそうそうたしか三成が別働隊で無茶してるから早く助けろみたいなミッションあったなそういえば…まあ俺にかかればお茶の子さいさいだかんな!秒で助けたったわ!三成の奴やっぱ少なからず不安だったのか俺が来た瞬間めっちゃホッとした顔してたもんな〜感謝しろ三成〜なおすぐにツンケンモードに戻ってしまった模様。ツラァ。

その後すぐ追いかけてくれていたらしい吉継に三成を任せて(というより押し付けて)そそくさと本陣の方へ戻る。家康が奇襲看破されたからって焦るような奴じゃないことは百も承知だし絶対まだ何かしらのビックリドッキリ作戦が隠されていたはず。本隊も別働隊も本陣離れてるから絶対狙ってくると思うんだよな〜いや秀長とか他の武将もいるんだけど無双武将が一人もおらんっていう…たしか誰かしら強い奴が本陣奇襲しに来たはずなんだよな…転生してからもう30年以上経ってっから記憶が曖昧すぎて辛い。

とりあえず警戒するに越したことはないだろと本陣付近まで帰ってきた瞬間、聞き覚えのあるBGMが聴こえてきたので頭を抱えた。嘘でしょこれ知ってる。これ多分プレイヤーなら全員知ってるやつ。嘘でしょ。

「勇あるものは我に挑めい!」

や っ ぱ り た だ か つ !

次々と吹き飛ばされていく武将達にヒエエと小さな悲鳴が漏れたでござる。リアル人がゴミのようだ。ハアーーーここにきて忠勝かよ慶次の時もクソ大変だったのに忠勝とかさらにヤバいよな?絶対ヤバいよな?三成がいたら絶対「逃げろ馬鹿!」て全力で逃がそうとしてくるぐらいヤバいよな?はあ〜…でもここで逃げたら秀長も漏れなくボッコーンされて絶対俺が高虎にボッコーンされる(させるとは言ってない)未来しか見えないもんなあ…


「…次の相手はお主か」
「本当はすっっっ…ごい嫌なんですけども…さすがに本陣落とされたら不味いので足止めだけさせてもらいます本当はすっっっ…ごい嫌なんですけども」
「この忠勝を一人で止めると申すか、面白い」
「他の奴らじゃ役不足でしょう。うっかり敗走させちゃったらすいません」
「安い挑発など無意味!」
「っ!」

ぶうんと薙ぎ払うように振られた槍を交わして双剣を構えた。こっわ。だがしかしただでやられる俺ではないぞ。本能寺の変で生き延び賤ヶ岳ではあの前田慶次をも退けた羽柴の飼い烏の力を思い知れ忠勝!お前なんか全然怖くねえからな!!

「まずは武を持って証明して見せよ!」

嘘ついたやっぱめっちゃ怖い!!!!頑張れ俺!!!!





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