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賤ヶ岳の戦いから一年は経ったと思う。現在我らが羽柴軍は信長の次男信雄と…というよりは信雄が頼った徳川軍との長期戦真っ只中なのであった。小牧長久手の戦いですね分かります。勃発してからもうかれこれ三ヶ月以上は経ってるのに終わる気配さらさら無くてワロタ。ゲームでは一日で終わったと思ってたんだけど実際ははちゃめちゃに長かったんだな。まあどの戦にも言えることなんだけど。

代わる代わる戦場を駆け巡った俺ことからす殿がそれまでほとんど面識無かった徳川軍にもさすがに顔が認識され始めた頃。本日の任務は敵情視察である。途中まではおねね様と一緒に移動していたのだが、途中で二手に別れて行動することに。内部まで確認しにいくおねね様が見つかってしまった時にカバー(超物理)するため俺は見晴らしのいい位置で待機。まあおねね様がトチることなんざほぼ無いに等しいんだけどな。でも徳川軍にはあの半蔵がいる。もしかしたらすでにこっちの行動が筒抜けになってるって可能性もある。その時は俺のスーパーチートバカ力でなんとか…結局物理かいというツッコミは無しだ。

さてそろそろ帰ってくるかなあと動く準備をしていたら、双剣を握る手が徐に背後を斬りつけた。び、ビビった〜オート防御発動するならするって言ってよもう〜まあ教えてくれないからこそのオートなんだろうけど。何かを弾いた軽い衝撃と音からして、多分飛び道具を弾き落とした感じか。ということは忍び…つまり運が悪ければ半蔵に見つかってしまったかもしれないということだ。せめてなんか手下のモブ忍だとまだやりやすいのだが。

「ククク…」
「!」
「よくぞ防いだな、羽柴の飼い烏」

しまった。忍びは忍びでもガチのマジでタチ悪い方の忍びだった。無双忍びズで一番敵に回したくない忍びだ。なんてこった。慶次と同じくらいでかくて、けれど慶次とはまるで違う怖さを兼ね備えたバケモン忍者。

「…風魔小太郎」
「ほう?我を知っていたか」
「名前だけですけどね。なんでも北条には凄腕の忍びがいるとか」
「クク…ならば、こんな噂は知っているか?」
「噂?」
「強くて頼れる羽柴の烏の実の正体は、田舎のしがない農家のドラ息子でした…という噂よ」
「おいドラ息子はやめろ」

バッチリバレとるやないかーーい!!!思わず素でつっこんだ俺にその笑みを深くした小太郎。百歩譲って正体バレてるだけなら苦笑いで済んだがドラ息子はほんとやめろ普通に傷付く。つーかドラ息子じゃねえし!ちゃんと働いてるし!農家なめんなめちゃくちゃ大変なんだからな!

「…思っていたよりも動じぬか」
「動揺目的だってんなら無意味だぞ。お前ら忍び連中が本気出したら正体なんか簡単にバレるって分かってたしな」

まあ俺自身はそれほど動揺はしないが、それを周りにばら蒔くとか言われたらちょっと困るな。羽柴家になら別にいいけど…うーん…ぶっちゃけ日本中の全員にバレたとしても高虎にさえバレなければいいと思ってるからな俺。裏を返せば高虎にだけはバレたくない。悪いことになる予感しかしないもん。素顔モードに対する信頼度も烏モードに対する憎悪度もほぼカンスト状態だろうからその状態で二人が同一人物だと知ったら絶対ぶっ壊れるってあいつ。多分だけど。こんなことになるくらいならさっさと正体告白しとくんだった…まさかここまで深く関わることになるなんて想像すらしてなかったもんな…

しかしそんなことを懇願したところで目の前でニヤニヤと笑う小太郎が聞き入れてくれるだなんて到底思えない。どうしたもんかねえと思考する俺だが、そういやなんでこいつがここにいるんだと疑問に思った。徳川と北条って繋がってたっけ。あれかな、同じ関東組として警戒してるのかな。そうかもしれんな。

「ふむ…ならば」
「?」
「田舎で細々と暮らすとある老夫婦を人質に取れば少しは動揺するか?」

瞬間、周りの木々で休んでいたのであろう鳥や動物達が一斉に逃げ出した。












頬を掠めたのは鋭い熱。次いで地面ごと氷漬けにされた足に気付く。本当に一瞬だった。一瞬で男から放たれた身もすくむような殺気に辺りの生き物は皆逃げ出し、残ったのは逃げ遅れた己と表情の読めぬ烏天狗の面をつけた男のみ。

本能寺での信長の死以降、羽柴秀吉が着々と力をつけ勢力を拡大させていることは氏康も気にしていた。そしてついにここ関東にもその手を伸ばし始めたのだ。それよりも少し前から内部事情や主戦力を探ってはいたが、その中でも無視できない存在の一人が摩訶不思議なこの男。羽柴家内では正体不明の家臣として扱われていたが調べてみるとなんの変哲もないどこにでもいるようなただの農家の一人息子であった。ならばなぜそんな出生の男が羽柴の重臣として戦場を駆け回っているというのか。羽柴の動向も気にしてはいたが、個人的にこのおかしな男のことも気になっていた。運良く隠れているところを見つけ関わってはみたものの、戦場で何度か見たような凄みや威圧感は一切感じられなかった。不意打ちを見抜いたことや己の存在を知っていたことには多少驚いたがそれだけである。

いざ対峙してみると大したものではないなと興を削がれたので、少しだけ脅してやろうと先程の言葉を口にした。

「どこの老夫婦のことかは知らねえけど、まあ、やってみろよ」

決して油断していたわけではない。それでも、動けなかった。動く隙さえなかったのだ。一瞬何が起こったのかまるでわからなかった。ぞわりと肌が粟立つ。心音がいつもより大きく聞こえる。まるで姿を隠すように自然と息を潜めていたことにさえ気付かなかった。

こんな感情を抱くのはいつぶりだろうか。今、自分は、静かにこちらへ歩み寄るこの男に、恐怖している。

「その前にお前を殺すことなんざ俺には造作もねえことだぜ」

それをはっきりと自覚した瞬間、思わず笑みが溢れた。

「…クク…ククク…」
「あ?」
「うぬと命のやり取りをするのは、実に楽しそうだ」
「………」
「だが、残念。まだその時ではない」

忍ばせていた暗器を使って氷を砕き、そのまま幻術で姿をくらませる。あの女忍びが近付く気配を感じた。邪魔をされてはそれこそ興醒めである。それに今直接羽柴とやり合ってはまた氏康がうるさいだろう。しかし、次に戦場でまみえたその時こそ、

「またゆっくり遊ぼう、なまえ」

心ゆくまで楽しむとしよう、命の削り合いを。












「………あー怖かった…」

演技がバレてマジで殺し合いになったらどうしようかとヒヤヒヤしてた俺なのであった。やっぱ小太郎みたいな異質キャラと関わる時は注意しなきゃな。とりあえず今はおねね様の帰還を大人しく待つことにしよう。




190214


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