賤ヶ岳の戦い


三成とのひそひそ話の後、すぐに戦は始まった。付近の砦を落としつつ囲まれてた味方も無事救出。こちらの想定通り柴田軍の疲弊は溜まりきっていたらしく、余力を残していたこちらの攻撃に対してろくな反撃もできずに押されていく。子飼いはもちろん他の若いやつらもどんどこ突っ込んでくしもはや手柄合戦のようだった。賤ヶ岳の七本槍な。そういやそんなのあったな。なんか感慨深いぜ…戦終わったらしっかり誉めてもらえよお前ら…と正則や清正の奮闘する姿に目を細めた。俺もすっかりいいオッサンだぜ。まあビジュアルは前世で死んだ時の頃にまで成長したっきり止まってるんですけどね。



「…っ…やっぱ俺には無理だ…すまねえ、叔父貴…!」

その言葉と共に武器を放ってしまった利家。よかった、これで利家も史実通り大丈夫そうだ。そのまま立ち去る姿を見て、俺と一緒に利家を攻めていた三成も鉄線を折り畳んだ。

「…これで利家殿も秀吉様のもとに降る。戦は決したも同然だな」
「油断するな。まだ勝家殿と…お市殿も残っている。手強いぞ」
「ふん、それでも時間の問題だ。最初から分かっていたことだがな」
「はあ…いいか三成殿。城に帰るまでが戦なんだから、」

そこまで言いかけて、ぞわりと背筋が粟立った。これは。

「っ、三成!!」
「!?」

気付けば場所も忘れて叫んでいた。少し離れていた体に飛びかかり押し倒す。次いで背後に何かが突き刺さる大きな音。三成に覆い被さりながら周りを確認する。つい先ほどまで三成が立っていた場所に高々と突き刺さっているのは見覚えのある大きな二又の矛。のしりのしりと威圧感たっぷりに歩いてくる大きな男。ゆれる髪はさながら獅子の鬣のようである。うーわ。転生して以降初めてってぐらい鳥肌立ってる。そうだよこいつだ。こいつがいたんだった。戦前の不安はこれだったんだ。

地に刺さった武器を引っこ抜いて、高らかに笑う男は、それはそれはもうヤル気満々であった。

「はっは!やっぱり叔父御は退いちまったかい…だが、俺が二倍暴れまわりゃあいいってだけのことだよなぁ?」

天下御免の傾奇者、前田慶次その人である。さすがに周りのモブたちもやべえと感づいたのか悲鳴をあげて逃げるやつまでいやがる。そらそうだわ逃げろお前ら冗談抜きでマジで瞬殺されるぞ。

「…立てるか、三成」
「なんとかな…くっ、ここに来て厄介な輩が…!」
「俺があいつ食い止めとくから、その間に本陣の守り固めててくれ」
「は?」
「多分秀吉様はもう敵本陣に行っちまってる。他にも味方はいてるだろうが秀長様だけじゃ危険だ。お前も行って…」
「ふざけるな!お前一人で奴を相手にするつもりか!?俺も残る!二人なら勝てはせずとも時間稼ぎくらいなら出来る!」
「大丈夫だっつの。いいから行け」

利家と違って三成を守りながら戦わせてくれるほど優しくねえぞこいつは。こっちも最悪刺し違える気でいかねえと本気でやべえ。それなら三成を退かせて俺一人で戦う方がまだやりやすい。

だがしかし簡単に納得する三成ではなく、うるさい黙れ残るの繰り返しである。本能寺での一件があるからな〜だいぶ敏感になってるんだろうな〜。分かるよ、分かるけどな、俺も譲れんのだよ三成くんよ。

「…三成、ちゃんと約束もしたろ?」
「!」
「信じろよ。ぜーったい死なねえから、俺」

むしろここで無駄に戦わせたせいで死なれでもしたらそれこそ俺も死んじまうわ。頭をぽんぽんしながら再度説得すると、悔しそうに顔を歪めて思いっきり舌打ちをした三成。こっわ。

「…いいか、俺は本気だからな!」

恐らく約束の件だろう。そうでしょうね〜と去っていく背中に向けて心の中で呟いた。あいつならマジで実行しそうだもんな。阻止するためにも生き延びねえと。

「…話は済んだかい?」
「ええ。お待たせしました、慶次殿」
「おや、俺を知ってるのかい…その上で、一人で俺に挑もうってか?」
「まあそういうことになりますね。覚悟してください、ただで負けるつもりはないんで」
「おかしな御仁だねえ、気に入った!なら俺たち二人で派手に死合おうぜ、そらァ!」

頭上から叩きつけるように振り下ろされた矛を後ろに飛んでかわす。いや地響き!ヤバイです!こわすぎ!ゲーム中も敵に回すと怖かったがそれの非じゃない。いざ対峙するとほんと大きいし威圧感ヤバイしオーラ半端ないし声でかいしもうほんと怖い。ちょー怖い。ぶっちゃけ若干手足震えてるからね俺。

けどさっきも言った通り、ただでやられるつもりは毛頭ない。肉食だからって世界最強だと思うなよ。目にもの見せてやる、と特殊技で双剣に属性を付けて懐に飛び込んだ。雑食なめんじゃねえぞコラァ!













最終的に北ノ庄城へと逃げ延びた勝家とお市様ではあったが、瞬く間に秀吉様の軍勢に囲まれ、そのまま城に火を放ってしまった。こうなることは分かっていた。きっとお市様も、そして高虎も。だから賤ヶ岳で対峙した時も、俺たちに夢を託すと言ってくださったのだ。だから俺たちにはその夢の続きを追う義務がある。お市様の死を受け止めて、前に進む義務が。

それでも友の心情は穏やかではないだろう。当然だ、それまでも普段の姿からは想像出来ないほどに狼狽え動揺していた。すぐに受け入れろとは言わない。ただ、少しずつでいいから歩んでいけるようそばにいようと思った。なのに先ほどから奴の姿が見えないのだ。ひどく、嫌な予感がする。あいつがそんなことをするとは思えないが、まさか、お市様に殉ずるつもりだろうか。ごうごうと燃える北ノ庄城を見て、一瞬息が詰まった。

(そんなことをして、長政様が、お市様が、俺が納得すると思っているのか高虎)

最悪の事態を想定してしまった自分が憎い。探しに行こうと一歩踏み出すと、バキバキと大きな音を立てて入り口が塞がれてしまった。そんな、と呆気にとられていると、その後すぐにさらに大きな破壊音とともに入り口が開いた。中から力任せに抉じ開けられたのだ。

「…からす殿…」
「げほっ…あー、吉継殿、よかった」

出てきたのはからす殿と、彼に背負われた高虎だった。二人とも煤まみれではあるが大丈夫そうだ。すぐさま駆け寄ると、後は任せたと高虎を背負わされる。どうやら気絶しているようだった。

「…ちゃんと別れは済ませていました」
「!」
「心配せずとも後追いするようなことは考えてませんでしたよ、彼。ただ、もう限界近かったみたいで錯乱して襲われかけたんです。だからちょっと気絶してもらいました。あ、ちゃんと加減はしましたからご安心を」
「……すまないからす殿。感謝する」
「とんでもない…ああそうだ。多分私が連れて帰ったと知ったらまた怒るだろうから、全部吉継殿のおかげってことにしててくれると助かります」

あなたがやったのだと知れば納得してくれるでしょう。そう続けた後、いつもより少しだけ辛そうに歩いていったからす殿。

本人達も自覚しているほどに二人の仲は複雑だ。というより高虎が一方的に憎んでいるだけなのだが。それでも、そんな相手と知った上で、自分の体をなげうってまでこの火の海へ救いに行ったと言うのか。聞けば三成を庇ってあの前田慶次とも一戦交えていたとか。下手をすれば死んでいたかもしれないのに。何もなかったように簡単に救いだして、恩に着せることもせず、それどころか俺の手柄にしようとしている。これが高虎ではなく三成だったならどうかと考えたが、きっと結果は同じだろう。何故だかそう確信できた。

知れば知るほど分からなくなる。からす殿はいったい何者なのか。何を考え、何のために行動し、何を思って生きているのか。正体が分からないものほど恐ろしいものはない。俺は恐らく心のどこかであの男に恐怖しているのだろう。そして同じくらい、いや、それ以上に心惹かれている。憎まれていると知っていてもなおその身を惜しまず助け出されたと知れば、からす殿の言う通り背中にいる友はきっと怒るだろう。余計なことをするなと。貴様に助けられる筋合いなど無いと。

そんな高虎を羨ましいと、贅沢だと思ってしまうくらいに、俺は






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