はじまりはじまり


サイレンの音と、女の人の悲鳴と、周りのざわめきとかどよめきの声と、あと、なんだ、絶えず自分の荒い息が聞こえる。何があったんだっけ…多分、車かバイクにぶつかって、電柱まで吹っ飛んだような気がする。激しい痛みはすぐに熱さに変わって、次第にその感覚も薄れていった。視界がぼやける。熱さはやがて寒さに変わる。やっべこれもしかして俺死ぬ?死ぬやつ?嘘でしょまだ早いって。彼女とラブラブイチャイチャしながら仕事ダリーなあってくだらなくも愛しい日々をダラダラと過ごして死んでいくものだと思っていたのに。こんなことならさっさとプロポーズして結婚しとくんだったちくしょう。

(日頃の行い決してよかったとは胸張って言えねえけど出来たら天国に行けますように…)

恐らく死に際であろうこの状況でここまで楽観的にいられるのは、そこまでこの世に未練がないからだろう。愛する彼女は俺がいなくてもたくましく生きていけるし仕事だって最近お気に入りの後輩くんがメキメキ成長してくれてるから俺一人抜けたくらいでどうということもない。心残りはない。はず。多分。





《その意気やよし!気に入ったぞ、人の子よ》

は?

《さすがわしが目を付けていただけのことはある》

え、誰?

《わしか?わしはお前たち人間が言うところの神だ》

の、脳内から直接話しかけている、だと…?

《うむ!こうしてお前の前に現れたのは他でもない。実は今、とある実験をしておるのよ》

待って待って待って、まだ俺あんた…あなたが神だってとこら辺から理解が追い付かないんですが。てかぼやぼやってしてて顔すらわかんねーよフェアじゃないぞ姿見せろください。

《その実験台にお前を選んだというわけだ。もちろんやってくれるな?》

なんで?なんで思いっきり無視すんの?しかもなんか拒否権ないみたいな言い方やめろよ神様だからってやっていいことと悪いことがあると思います!まず実験って時点でなんか怖い!

《なあに、そこまで難しいことでもない》

《お前はただ、この時代を生き抜けばいいのだ》

《流れるままに身を任せ、忠実にな》

















「起きろクズ」
「アイタァ!!!!」

バコンだかドゴンだかよくわかんねえ音が頭上から聞こえた。うっそこいつ今鉄扇で殴ったの?人の頭?フルスイングで?信じらんねえどういう育て方されたらそんな人間になるんだ保護者つれてこい保護者!

「三成てめえそういうとこだぞ!頭割れたらどうすんの戦どころじゃなくなるからね!?」
「ようやく起きたか」
「はーーーい今日も総無視ありがとうございます!ねえ頼むからもっと優しく起こしてくれない?次回以降は鉄扇で殴る以外にしてくれなきゃ俺マジで羽柴家から抜けちゃうよ?」
「下らぬことをほざくな馬鹿。離反予告を受け取ったとして今ここで打ち首にしてやってもよいのだぞ」
「異議あり!圧倒的に俺被害者!」
「黙れクズいいからさっさと支度をせぬか今度はそのやかましい顔面に叩き込むぞ」
「やかましい顔面!?」

ものすごい悪口を言われた気がするがいちいちつっこんでは本当にやりかねないので不服ながらもそそくさと戦支度を始める。

ウン十年前、この世界に転生させられた時のことを思い出した…というか、その時の夢を見た。当時は死ぬ前の幻覚か何かかと思っていたが次に目覚めた時には口から勝手にオギャアと赤ちゃんの泣き声を発していたのでそこで全てを察してしまったのだ。俺超聡い。幼い頃は一体いつの時代なんだろうかとぼんやり生きていたが、大きくなるにつれその余裕は徐々に磨り減りやがて恐怖することになる。なんと俺は、戦国時代に飛ばされていたのだ。普通に怖い。戦争もなにもない前世でのうのうと生きていた甘ちゃんな俺がどうして今この時まで生き延びていられるのか、それどころかこうして羽柴家の一人の家臣として戦に駆り出されているのか。今でも信じられないことだが、それらはすべてあの神様の言うことを忠実に守っているからだろう。

「しかも世界観が無双だもんな…」
「また無駄口を」
「はいはいはいすみませんごめんなさいいいい」

ゲーム通り口も態度も非常に恐ろしい三成とは多分ここにきて一番長く付き合っている気がする。まあ俺に対する態度というか対応は敵将に対するそれなんですけどね!辛い!


《歴史に忠実に生きれば長寿が、歴史を改変せんとすれば死がお前を待っている》


前世で早死にした分、ここではおじいちゃんになるまで生き延びてやる。絶対にだ。改めて一人決意し、手慣れた動作で鳥天狗のお面をつけた。





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