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清洲城でのゴタゴタ後、どうやら長浜城が柴田勢のものになったらしくさっさと追い出されたので笑う。そのまま山崎の地に城を建てた秀吉と共に山崎城に移った我らが羽柴軍はその後も着々と柴田軍との溝が深まり、賤ヶ岳の戦いがマジで始まる5秒前ぐらいの勢いである。はあ〜やだやだ。まあやるしかねえんだけどね。頑張る気はあるんですけどね。なんというかその、あれだ、あいつ。高虎がさ、もう見てられなくてさァ…俺(素顔)の前では何事もないみたいな感じで振る舞ってたんだけど、最近じゃもう隠しきれねえのか辛そうにため息を吐く姿が多くなってきた。そらそうだわむしろよく隠そうと思ったな。たかだか俺相手に気ィ遣いすぎだろ。

ゲーム通りに進むのなら多少やつれはすれどちゃんと賤ヶ岳には来てたし、お市様が死んだあともかなりのショック受けてたけどちゃんと某芸人ばりに「生きる!!」宣言してたし大丈夫だとは思うんだが、なにぶん俺が知ってるのはゲーム上の映像やストーリーのみなのだ。リアルタイムで接していると本当にゲーム通り進んでくれるのかすっげえ不安になる。それくらい高虎の精神状態がやばい。

「……そんなこんなで外出したいんですぅ離してください三成殿ぉ」
「そんなこんなの意味がわからぬ。一体どんな事情があるかは知らぬが今日は俺の用事に付き合ってもらう約束だったはずだ」
「いやそれこそ知らんよそんな約束いつしたの?俺身に覚えないんだけど?」
「言っただろう、だった“はず”だと」
「それ約束してない可能性あるよね?」
「した可能性もある」
「うっわこいついい年こいて小学生みたいな屁理屈…」
「とにかく着いてこい。戦に必要な物資を調達しに行くぞ」
「だ〜〜〜から俺だって用事が…あ、」

ピコンピコン!気配察知能力発動!誰かしらが近付いてますよ!そろりそろりと寄ってくるこの感じ…読めた!チャンス!

「わっ!」
「わあ驚いた!これはこれは吉継殿いいところに!」
「なんだそのあからさま過ぎる反応は。俺は悲しいぞからす殿」
「それは申し訳ない。それより、三成殿が物資調達のため人手を欲しております。しかし私は急用があるため参加することが出来ませぬ」
「…お待ちくださいからす殿、いったい何を」
「そこで吉継殿、私の代わりに着いていってやってはくださいませんか。私などに構うほどの時間があるのであれば大丈夫ですよね?」
「ふむ…たしかに手は空いているが、タダ働きというのもな…」
「今度一日吉継殿の用事にお付き合いします」
「よし心得た。行くぞ、三成」
「おい待て離せ吉継!からす殿、話はまだ終わっていません!」
「よろしくお願いしますね吉継殿〜」

最近あれだわ、吉継の扱い方分かってきた気がする。主に三成の面倒をよろしく頼んだぜ吉継よ。さらばだ三成、とほくそ笑みながら足早にその場を後にした。

目指すは秀長の屋敷である。












「高虎、お前に客が来ているぞ」

無心になるため刀を振っていると秀長様にそう言われた。誰だか知らないがこんな時に相手などしている余裕などない。しかし秀長様直々に呼び出されたとなると話は別だ。無視するわけにはいくまい。

少し相手をしたら帰ってもらおう。そう思い、客とやらが待っている部屋向かった。

「待たせてすまな…なまえ!?」
「よっ、高虎」

襖を開けた先にいたのはなんとなまえだった。今一番会いたくて、けれど一番会いたくなかった男だ。それなのに高鳴る心臓はひどく素直で、

「ごめんな、急に屋敷まで押しかけて」
「…いや…構わない、大丈夫だ。ただ、少し、驚いた」
「はは、だよな…ほれ、饅頭」

どさりと音を立てて机に乗せられた風呂敷。中にはたくさんの饅頭が詰まっていた。

「…すまんな、気を遣わせてしまって」
「いいんだよ。理由は知らねえし聞くつもりもねえけど、無理すんな?顔やべえぞお前」

ほらよ、と饅頭を一つ俺の方へ差し出したかと思えば、そのまま自分も一つ手に取り食べ始めたなまえ。隣に座してそれを受けとる。いつもの甘味処の物だろうか。よく馴染んだ味が口内を刺激する。美味い。

秀長様や秀吉の努力も虚しく、近いうちに柴田軍との…お市様との戦が始まるだろう。俺だってもう子どもじゃない。こうなることは、清洲城での会談の時点で分かっていた。きっと頭のどこかで理解していた。それでも吉継のように時代の流れとして受け止められない。諦めきれない。どうしたってあの人を救いたい。叶うなら戦いたくなどない。だけれど秀長様を裏切ることなど出来ない。俺の力を認めてくださり、今回の件でも俺のために心を痛めてくださるような心優しいお方だ。そして他でもない、お市様がその秀長様へ俺を仕官させてくださった。そんな大事で守るべき主君のためにも、俺は戦わなければならない。たとえ誰が相手だろうと。

何度そう踏ん切りをつけようとしても、その度に優しげに俺や吉継に笑いかけてくださったお市様の顔が過るのだ。長政様を失って、お市様さえも失ってしまえば、俺は




「高虎」
「!」
「…ほんと大丈夫かよお前」

名前を呼ばれてハッとした。心配そうに笑うなまえと目が合う。

きっと今会えばその顔をさせてしまうから、だから会いたくなかったというのに。どうして来てしまったのだろうか。本当に、人の気も知らないで。

「…なまえ、俺は」
「いいよ、なにも言うな」
「………」
「…言いたくねえんだろ?別に無理に聞くつもりはねえよ。ただ、」
「………」
「今後何がどうなろうと、お前はお前だよ。何も変わらない。心配すんな、俺が保証する」

心配そうだったその顔が、優しい笑みを浮かべる。な?と伸ばされた手が肩を何度か軽く叩く。

「…信憑性のかけらもないな」
「ひっでえ」

からから笑いながら、二つ目の饅頭を手にしたなまえ。なんなんだろうなお前は、まるで全て見透かされてるようだ。いつだって俺のほしい言葉をくれる。怖いくらいに、俺の心を穏やかにしてくれる。

なまえ。お前は、お前だけは、何があろうと俺が死なせはしない。絶対に。日本中の何もかもから守り抜いてみせる。だから、

「…よかった。やっと笑ったな」

これから俺がどうなったとしても、またその手で、その声で、その言葉で、その笑顔で、俺を救い上げてくれ。






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