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「そうか…そこまで用意周到だったんなら、元より警護の薄い時期を見計らっとったっちゅうわけじゃな」
「ええ、とても偶然だったとは言えませんね。起きればもうすでに囲まれてましたし、私や警護の者ならまだしも、信長様は恐らくろくに戦仕度も出来ていなかったと思われます。夜襲なのですから当然と言われればそれまでですが」
「…わかった!ありがとな、からす。お前さんももう今日は休め。また明日からわしのために働いてもらわにゃいかんからのう」
「はい。失礼いたします」

軽く一礼して部屋を後にする。官兵衛の物言いたげな視線が辛かったが特にお咎めなしだったので一安心である。と言っても問い詰められたところでそれ以上なんにも言えねえしなあ。俺が最強過ぎるから助かったとしか言えねえ。なら信長助けろやって話には触れるな間に合わなかったんだよほんとだよ。

「からす」
「!」

よっしゃ今日はマジで起きるまで寝てやる〜と思ってたらおねね様に呼び止められた。ちょいちょいと手招きをされたのでそちらへ行くと、どこか困ったように笑いながらこしょこしょ話を始めたおねね様。かわいい。

「……えっ、三成んとこですか?」
「うん。あの子気持ちを素直に表に出す子じゃないでしょ?だから知らないと思うけど、うちでいっちばんなまえのこと心配してたのはあの子なんだよ」
「え〜…なんか吉継殿もそんなこと言ってたけど…おねね様本陣での暴力見ました?あいつお帰りもなにもなしにいきなりぶん殴ってきたんですよ?脳震盪起こすかと思ったわ」
「もう、ほんとは分かってるくせに。意地悪言わないの!」
「ええええええ〜…」
「一言だけ、心配させてごめんねって言ってあげるだけでいいから。ろくに話もできてなかったでしょ?ほら、早く行きなさい」
「結局強制的に行かせるんじゃん…ああああああ分かりましたよ行きます行きますから武器しまってください!」

要約すると三成のところへ行ってやってくれということらしい。おねね様につられてこしょこしょ話でやんわり拒否していたが問答無用の武力行使をされそうになったので嫌だけど就寝前に三成の部屋に行くとするか。すっげえ嫌だけど。

あれ、そういやなんで無駄にこしょこしょ話…あれかな、秀吉に聞こえないようにかな。さすがおねね様だぜしっかりしてるなあ。








「…あれ、吉継だったの?」
「…やはりお気付きでしたか」

渋々三成のところへ向かったなまえの背を見送った後、ほんの少し感じていた第三者の気配がする方へ忍び寄ると、そこにいたのは吉継だった。やきもち焼きな清正だとばかり思っていたのでなまえの正体がバレないよう念のため予防線を張っていたがどうやら正解だったらしい。すべては三成と己以外には素の姿を知られたくないというなまえの意思を汲んでやるためである。

ねねに見つかってしまった吉継は謝罪し、立ち去ろうとした。しかしそれを簡単に許すねねではなかった。

「あの子に何か用だった?それなら悪いことしちゃったかしら」
「…いえ、急用ではないので大丈夫です。三成のもとへ向かったのであれば、また日を改めるしかないですね」
「えっ、よくわかったね!」
「恐らくそういう流れだろうと踏んだまでです」
「へーえ、吉継はすごいねえ…ちなみに、何の用だったの?」
「……少し、興味があったので」

純粋な疑問を投げ掛ければ返ってきたのは予想外の言葉だった。思わず目をぱちくりしている間に、では、と静かに去っていった吉継。どちらかと言えば三成と同じで他人に、しかもそれほど関わりのない人間に対しては関心の薄そうなあの吉継が…と、ねねは感動すらしていた。

「…すっかり人気者だねえ、なまえ」

また城が賑やかになりそうな未来を感じ、一人嬉しそうに微笑んだ。













ワンチャン部屋の明かりが付いてなければおねね様にも言い訳できると思っていたがバッチリ明るいし余裕で起きてるっぽいので心底げっそりした。本能寺からばったばたしてたし今日だって戦で暴れまくってただでさえ疲れてんのに今からまた三成に小言攻めされるんでしょ?最悪すぎでは?ストレスフル不可避じゃん。でもこれ逃げたらおねね様にお説教(物理)されるしな…一言だ。一言だけ、ごめんな〜って告げたらすぐ帰ろう。秒で寝るわほんと。

深呼吸を一つして、名前を呼ぶ。少ししてから入れと聞こえたのでそのまま襖を開いて部屋に入ると、三成はこちらを見ずになにやら執筆活動に集中しているようだった。仕事だか手紙だかわからんがこれはもしや、チャンスでは?

「……あの、さ、三成」
「………」
「…悪かったよ、心配させてたみたいで。ごめんな」
「………」
「あー…明日からはまたここで過ごすからさ、よろしく頼むよ」
「………」

…小言攻めもキツいが沈黙されまくるのもキツいな。まあいいや。ちゃんと言いましたからねおねね様。

「…じゃあもう寝るわ。お前もあんま夜更かしせずに」
「明日」
「!」
「…明日、秀吉様にお前の処遇について進言するつもりだ」

処遇?今回の件についての?なんだよどういうことだ。というか人の処遇云々とかどういう権限だそれ。三成のくせに。いや待てよ、中国攻め以降に立場的な意味で偉くなったからかな。それこそ頭の切れるこいつなら武働きしか出来ねえ俺よりはいい役職もらえるだろう。けど、その内容ってのはなんだ。教えてくれる気はあるのだろうか。三成は相変わらずこちらを見ない。

「…なんだよ、処遇って。あれか?罰としてしばらくは城の雑用させろみたいな?」
「お前を俺の直属の配下にしてもらう」
「はっ?」
「主に俺の身辺の世話をさせる。今後戦には参加させないからそのつもりでいろ」
「ちょっ、と、待てよ、何言ってんだお前」

配下にさせられるのも疑問だがそのあとの内容おかしいだろ。身の回りの世話しろって意味わかんねえよお前大体のことは一人でできるだろ甘えてんじゃねえぞ。冗談言うの下手くそかよ吉継見習えよあいつ直にタワムレダーザレゴトダーで押し通すじゃんあれくらい振り切ったキャラじゃねえとそんなジョーク通用しねえぞおい。

半笑いで大丈夫かよと声を掛けてみても、三成はやはりこちらを見ない。嘘でしょまさか本気とか言う?そんなアホな。

「…あのなあ三成、たしかに心配させちまったかもしれねえけど、だからってそんな子どもみたいなワガママで戦に出さねえとか言われてもみんな絶対納得しねえぞ」
「関係ない。どんな手を使おうと納得させる」
「どこに意地張ってんだよ…こうして無事帰ってきたんだからもうそれでいいじゃねえか」
「………」
「…おい聞いてんのかよお前、」

そうかなるほどいつもの意固地かと察した。それでもこちらを見向きもしない三成にイラついたからズカズカとわざとらしく音を立てて近付き、思いきり肩を引いてこちらを向かせる。そして絶句した。

ひたすら何かを書いていたと思っていた机には、何を書くわけでもなくただ筆でぐちゃぐちゃにされた真っ黒な紙があるだけだった。そしてそのせいで毛先がすっかりバサバサになってしまっている高そうな筆。

振り向いた顔は、いつもの綺麗な顔はどこへやら。ぎゅうと眉を寄せて、大きく見開かれた目はひどく濡れている。佐吉の時にも泣き顔は何度か見たがここまで悲痛なそれは初めてだった。思わずポカンとしてしまい呆けていたら、三成は震える口を開いて、

「信長は死んだ」
「…それは、」
「あの、魔王ですら、死ぬのだ。今日だって、その信長を討った光秀さえ、簡単に」
「………」
「人はいずれ死ぬ。秀吉様も、おねね様も、吉継も清正も正則も、俺も、いつか必ず死ぬ。分かっている。それでも俺は、お前は、お前にだけは、死んでほしくない」

いつの間にか俺の胸元にしがみついて、ぼろぼろと涙を流しながら語る三成に、どう答えればいいのか分からなかった。

俺だって死にたくない。だからこうして日々史実を忠実に守るように行動して生きてる。でも、いつかは死ぬのだ。寿命を全うすれば人は誰しも死んでいく。

それなら俺はどうして無理をしてまで生きようとしているのか。それは前世よりも長く生きるためだと、そう思っていた。やがて秀吉も三成も倒れていく。そして大坂での大戦まで生き延びたとして。その先は、どうするんだろう。泰平の世でのんきに余生を謳歌するか?人知れず朽ち果てるか?

「お前がいない明日を、世界を想像して、怖くなった。恐ろしいと思った。きっと俺は、とても、生きていけない」

俺のために泣いてくれる秀吉も、清正も、正則も、そして三成もいない未来で、のんきに余生を

「…約束しろ」
「!」
「いいか、絶対に、俺より先に死ぬな。俺を置いて逝くな。絶対にだ。もし破れば、お前の秘密を全国に知らしめて、お前を追って、死んでやる」
「………それは、困る」
「っ!」

ぐずぐず泣き続けながらも脅迫じみたトンデモ発言をぶっ込んできた三成に苦笑いした。そのまま力任せにか細い体を抱きしめる。なんか懐かしいな。たしか昔別れた時もこんな感じだった気がする。

あれから一体何年経ったんだろうか。思えばこの世界に来てから一番絡んでるのがお前なんだよな。そう考えるとなんかすげえな。前世ではあんまりいいイメージなかったんだけど、実際にこんだけ長く付き合うと、さすがに情も生まれる。

「仕方ねえなあ…泣き虫で意地っ張りで俺のことがだーい好きなお前のために、長生きしてやるよ」

そうだ。そうしよう。理由がなければ作ればいい。こじつけでもなんでも構わない。

俺は、俺に死ぬなと懇願する三成との約束のために生きようと思う。そしてその先で、きっと、悔いなく散ることができるだろう。






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