山崎の戦い


「まずは麓を制圧。その後山頂を攻略せよ。手筈通りに行けば敵本陣までの道は開ける」

官兵衛の言葉に軽く頷き、とりあえず山の麓にいる明智軍を蹴散らしていく。秀吉はもちろん官兵衛のことも守らねえと。子飼いトリオと吉継は放置しててもまあ大丈夫だろ。やばくなったらさすがに助けるが若いやつらは自分らで踏ん張れるとこまで踏ん張れ。

「…よくもまあ敵に包囲され全焼した本能寺から逃げ延びたものだ」
「いやあ…なんか運がよかったんでしょうね」
「その恐ろしいほどの強運、秀吉様の天下への道程の妨げにならなければよいが」
「私もそう思います」

言いながらそばにいた敵兵を軽くいなす。隠しているつもりだろうが、いや、もしかしたら隠すつもりもないのかもしれない。目が明らかに不審がっている。そりゃそうだよな、俺以外ほとんど全滅してんのにな。普通に考えれば怪しさ満点だよな。

けど悪いな官兵衛。それでも秀吉が信じて使ってくれる限り、俺はあいつのために戦うぞ。

「よし、麓は押さえた!そのまま山頂まで一気に奪い取るんさぁ!」

秀吉の号令と共に清正と正則が我先にと走り出した。やべえ乗り遅れる!負けねえぞこのやろう!








「もっと感動的な姿を見れると予想していたのだがな」
「は?」
「お前はつくづく流れの読めない男らしい」

まあそれでも面白いことに違いはなかったが。雑兵を討ちながらそう続けると、三成はさらに不可解だといったような表情を浮かべていた。しかしやがて俺の言いたいことが分かったのか、ああ、と面倒くさそうに顔を歪めた。

「…あれはあの男が悪い。周りを散々心配させていたにも関わらず、秀吉様はその寛大なお心故にあのように迎えていらっしゃった。だから俺が秀吉様の代わりにけじめをつけてやっただけのこと」
「なるほど。俺には自分より先に出迎えた秀吉様や清正たちに嫉妬しているように見えたのだが、どうやら気のせいだったようだ」
「…当主である秀吉様に最初に詫びるのは当然のことなのだよ」
「では清正と正則に嫉妬したことは認めるのだな?」
「…さっきから何が言いたいのだお前は…とにかく目の前の敵に集中せよ。これは秀吉様の天下統一への足掛かりとなる大事な大戦なんだぞ」

呆れ顔のまま舌打ちをした三成はそのまま山頂方面へ駆けていってしまった。ふむ、逃げたな。

本陣にてまみえた噂のからす殿とは初対面ではなかった。かの小谷城での戦で敵対していた織田軍の将。烏天狗の面を付けた正体不明の若武者。驚異的な力で俺と高虎を圧倒して、そのくせ逃げろと俺たちを生かした男。結局その意図も分からぬままそれっきりこれっきりだったのだが、まさか俺たちと同じように生きていたとは。この戦国時代、あれほどの力を持っていれば当然のことだろうが、高虎は知っているのだろうか。あいつは俺と違って秀吉様を心底憎んでいる。そして二度も自分の邪魔をしたからす殿のことも。今高虎は秀長様に仕えているが、あいつからあの烏天狗がいたという話は聞いた覚えがない。そして俺も今日まで会わずにいた。もしかすると、事情を知っている秀吉様が鉢合わせないように細工していたのかもしれないな。

高虎は完全に“長政様の仇の一人”としてからす殿を見ている。たしかにあの男が俺たちの前に現れなければ、もう少し位は粘れたかもしれない。けれどそれはあくまで結果論であるし、たとえからす殿と対峙していなくても、あの織田軍の勢いはどうすることも出来なかった。長政様はすべて覚悟の上で、それでも立ち向かったのだ。だから俺も、そして高虎も戦うことを止めなかった。頭のどこかであの結末を迎えることを知っていたとしても。だからこそ高虎は秀吉様もからす殿も許せない。しかし俺は、

「吉継殿!」
「っ!」

飛んできた声にハッとした。次いで倒れる目の前の敵将。

「大丈夫ですか?」
「…ああ、すまない」

どうやら余計なことを考えすぎていたようだ。三成に叱られてしまうな。

軽く礼を言うと、お気を付けて、と返ってきた。そうして他の兵たちと共に山頂目掛けて走り去っていったからす殿が、俺はどうにも気になるらしい。秀吉様には愛烏とまで言わしめるほどに、そして子飼いにはその生還を泣いて喜ばれるほどに絶大な信頼を寄せられていて、あの堅物である三成の心をも溶かし乱すほどに出来た人間なのかもしれない。悪い人物ではないと見て間違いはないだろう。今後は同じ家の者として関わっていくのだ。俺も皆と同じように友好な関係を築けていければいいのだが。

そのためにも、まずは秀吉様が引き寄せている流れを磐石のものにしなければ。










おねね様に褒めてもらおうと奮闘しまくる正則と清正に負けじと暴れたおしたり(清正が鬼の形相で張り切っててわろた)、なんか知らんがボーッとしてた吉継に助太刀したり(こいつに死なれたらマジで三成と高虎に殺される)、援軍に来た左近や敵援軍として来た元親たちとの初対面に感動したり(小少将マジでいい匂いした)…なんだかんだと紆余曲折ありながらもゲーム通りに進行し、ついに秀吉は光秀を討ち取った。

「…わしはやるで、光秀」

横たわる光秀を見つめ、静かに呟いた秀吉。その目は決意に満ちている。ここでついに天下人への一歩を踏み出したわけか。そばにいる三成たちも、険しい面持ちで光秀を見ていた。

(あっちで信長によろしく伝えててくれよ)

声には出さず、そう伝えた。信長はきっとこの結末も予測してたんじゃないだろうか。どこまで見通せていたかはわかんねえけど、まあ、地獄ではまた仲良くやっててくれてるといいな。

このあとは多分秀吉からの事情聴取があるだろう。起きたら襲われてた以外のこと言えねえんだけど大丈夫かな。おねね様は優しいからそれで納得してくれたが、果たして秀吉はどうだろうか。いや問題は秀吉じゃねえな、官兵衛だな。怖いな。

「……さて!帰るで、わしらの家に」

とりあえず、今は無事長浜城に帰れることを素直に喜ぼうと思う。




190113


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