24


『ったくお前も心配性だなあ…大丈夫だってば!俺の強さはよく分かってるだろ?』



大丈夫だと、何度もそう言っていたくせに。呆れたように笑って頭を撫でてきたくせに。だから、無理を言わずに好きにさせたのに。

本能寺での報せを聞いた時、ああ、前にもこんな感覚を味わったなと思った。たしか、そうだ、なまえが城を飛び出したあの日と同じだと。あの日も頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、ただ呆然と立ち尽くした。周りの音が遮断されて、見えているはずの景色も徐々に色を無くし、そしてやがて、思い出したかのように絶望が襲いかかってくるのだ。

あの日と違うのは、心身ともに成長していたからまだ平静を保てたことだ。それでも秀吉様からの制止がなければ形振り構わず京へ向かっていただろう。それに、以前とは違う今の立場が勝手な行動を許してくれない。俺には役目がある。秀吉様の側近として、滞りなく責務を全うしなければいけない。

あいつは生きている。死ぬはずがない。ただそれだけを信じ、たどり着いたのは山崎の地だった。あいつの姿は未だ見えない。


「明智軍、円明寺川を挟んで向かい側に布陣した模様!」
「援軍も少しずつ着陣しています!」

本陣にて明智軍の動きを睨む秀吉様のそばで、じっと待つ。分かっている。あいつのことだ、きっと道に迷っているのだろう。そのうちひょっこり顔を出してくる。なんでもなかったように、遅くなりましたなどとふざけたことを言いながらやって来るのだ。そうに決まっている。

「…三成」
「なんだ」
「あまり苛立つな。手が痛くなるぞ」
「……平気だ」

気付けば鉄扇をぱしぱしと鳴らしていた。手の痛みなど平気だが耳障りになってしまうだろうと鉄扇を下ろす。すると今度は足を鳴らしていたらしくまた吉継に注意をされた。さすがに秀吉様も苦笑いを溢して俺を見ている。

分かっている。分かっているのだ。心配しているのは俺だけじゃない。秀吉様も、清正も、正則も、あいつを知っている人間は皆心配している。だがここは戦場。余計な思考が命取りになる。今は信長の仇討ちという名目のもと、光秀を討ち、秀吉様の名を日本に轟かせるため、奮闘しなければならない。

そう、頭では分かっているはずなのに。時間が経てば経つほど不安が募る。また音が聞こえなくなる。視界が灰色に変わる。

例えば、もしも。万が一、あいつが、なまえが、死んでいたら。

果たして俺は今までと同じように生きていけるのだろうか。音も色も何もない世界で、あいつのいない世界で、息をすることが出来るのだろうか。戦が終わり、泰平が訪れ、なまえだけがいない安寧の世を、それでも受け入れることが出来るのだろうか。

答えなどもう分かりきっている。きっと俺は、



「からす様が着陣されました!」

瞬間周りの景色がまた色付いて、見慣れた烏天狗の面を捉えたその時、息が詰まった。











マ……………ッジで焦った。今回ばかりはマジで死んだと思ったわ。お面を外してたせいでほぼモブ兵クラス(もしくはそれ以下)にまで身体能力が低下していたにも関わらず頭上からの落下物をかわすことが出来たのは本当に奇跡だったとしか思えない。ただ単に躓いたおかげなのだがそこは俺の名誉のため伏せておく。

その後慌ててお面を被り直しテッテケテーと本能寺を脱出したもののまだまだ明智軍うろうろしてるから下手に動けねえしお腹は空くし山崎の場所は分かんねえしで一旦長浜城に戻ろうかな?とそちらへ向かおうとした矢先、なんと現場を確認しに来ていたおねね様と遭遇!事の顛末をすべて話したあと、大変だったねえとおねね様に軽く介抱され共に山崎の地へと向かったのであった…はい回想終了。

「秀吉様、お恥ずかしながら…生き延びてしまいました」

俺の登場と共に静まり返った本陣。なんかすまんなと思いつつ秀吉の前で頭を下げる。周りからの視線がいたぁい。多分ほとんどの奴らが死んだと思っただろうな。俺だって思ったくらいだもん。さて、一時的とはいえ主君であった信長を見捨てた俺を秀吉はどうするか。恐らくまずは事情聴取だろうか。でも多分もうすぐ戦始まるしそっちを優先するだろうか。ぐるぐるといろんなことを考えているうちに、秀吉は俺の前に立っていた。

「……からす」
「はっ」
「…よう帰ってきた」
「!」

まさかの言葉に頭を上げる。同時にその頭を抱き寄せられた。

「恥なわきゃねえじゃろ。お前さんだけでも、生きて帰ってきてくれた。こんなに、こんなに嬉しいこたぁねえ…っ!」
「ひ、でよし、様、」
「本当に、よう帰ってきてくれた!」

多分だけど、秀吉、泣いてる。嘘だろ。俺なんかただの一般兵で、いやまあそりゃそこらの奴よりはスペック高めだけど、でも、そんな。泣いて喜ばれるような人間じゃねえのに。本当はきっと信長だって、蘭丸だって濃姫だって、なんなら長政だって助けられたはずなのに、今から戦う光秀だって助けられるのに、自分のためにそれをしないような人間なのに。秀吉のとこに仕えたのだって三成にバレたから仕方なくなのに。生き残るためで、ただそれだけなのに。他意なんてねえのに。

秀吉はなにも知らない。だから純粋に喜んでくれているのかもしれない。でも、俺の生を望んでいてくれてるという、その事実にただただ胸が苦しくなった。

少しして解放されたあと、背中を強く叩かれた。ようやく拝めた顔はやはり濡れていて、それでも安心したように笑っている。

「ま、詳しい話はまた後で聞くわ!それよりこっち来たっちゅうことは、そのまま参戦してくれるってことでええんじゃな?体は大丈夫なんか?」
「…おねね様のおかげでなんとか回復しました。それに、本能寺での借りも返さなければいけないので」
「さっすがわしの愛烏じゃ!頼りにしちょるでぇ!」

愛烏…新しいな…などと思っていたら今度は後ろから肩を引かれた。振り向けばぐずっぐずに泣いてる正則と、珍しくほんの少しだけ泣きそうになっている清正が。うわあ超レアな光景。なんか思ってたより心配かけちゃってたみたいだな。申し訳ねえ。

「がらずどのおおおおおおお!俺、俺はぁ、ぜっだい、いぎでるっで、うっ、わが、わかっでだぜ、マジで…ひぐっ…!」
「ま、正則殿…ありがとう。私は大丈夫だぞ。とりあえず涙と鼻水拭こうな。清正殿も、心配をかけてすまない」
「…あの時岐阜城で死んでも止めればよかったって、一生後悔するとこでした。お帰りなさい、からす殿」
「ああ、ただいま」

二人の頭をわしゃわしゃ撫で回したあと、おねね様みたく二人まとめて抱きしめてやった。すっかりゲームビジュアルまで成長したくせに中身はてんで変わってねえな、可愛いやつらめ。

…となると、残るは一人である。秀吉は予想外だったが清正と正則がこんなにもグズってくれたのだ。さぞかしとんでもない、それこそSSRクラスの三成の姿が拝めること間違いなし!さあてどこだ三成…あ、

「…三成殿」

きょろりと陣内を見渡すと、秀吉の腰掛けのそばでポツンと佇んでいた三成を発見。キターーーこれはかなり寂しがっていたに違いない。俺と目が合うと静かにこちらへ歩み寄ってきた。よし、来い三成。今日ぐらいは人目も憚らずに泣きついてもいいんだぞ。

「言っただろう?私は大丈夫だと」
「…からす殿、」
「うん?どうしtったああ!!!!」

バッと腕を広げて待ち構えていた俺の頭を、なんと、いま、お馴染みの鉄扇が、弾き飛ばしたのです。ちょっと待って解説しといてなんなんだけど意味分からんなんでだよなんで殴られたの?心配、え、俺のこと心配してくれてなかったの?なんで?嘘でしょ?泣くどころかぶん殴られたんだけど?どういうこと?思わず素で叫んでもうたやんけ。そしてまた静まり返る本陣である。そらそうだわ。

目をぱちくりさせて三成を見ると、その顔はよく見る不機嫌面であった。ウソォ。

「…周りを無駄に心配させた分、戦働きでしっかりと返していただきますよ」
「えっ…あ、はい、それは、あの、もちろんなんですけど…え…?なんで殴られたの…?」
「秀吉様、足りない物資を確認したので手配して参ります」
「お、おう、頼むわ三成…」

苦笑いする秀吉を背にそのまま陣から出ていってしまった三成。そして訳が分からず混乱したまま立ち尽くす俺。哀れみの視線を送る各々。まさにカオス。なんなのあいつ。もしかしてあれかな、心配になりすぎて振り切っちゃったのかな。そうだな、そうかもしれないな。うん。そういうことにしておこう。じゃなきゃ俺が泣いちゃう。

「きっと貴殿ならお気付きだろうが、あの男が一番気が気ではなかったぞ」
「!」

はあ…とこっそりため息を吐いていたら、聞き覚えの無い、しかし何故か知っている声が聞こえた。そこにいたのは前世で画面越しによく見た白頭巾。

「…久方ぶりだな。俺のことは覚えているだろうか」
「……ええ、もちろん。小谷城以来ですね」

そうだ、もう山崎の戦いだから吉継がいるんだった。やっべえ。以前はどうもお世話になりました〜なんて軽々しく絡めねえぞ。まあ多分高虎よりは普通に絡んでくれるとは思うけど…秀吉に仕えてるし…。だからと言って最後に会ったのがあの小谷城の戦で対峙した時とかかなり複雑だよなあ。絡みづれえ。

とりあえず自己紹介だけでもしておこうかなと顔色を窺う。つっても頭巾とか布のせいで全然わかんねえんだけど。

「噂のからす殿が、まさか貴殿のことだったとはな」
「え」
「俺は大谷吉継。昔はいろいろあったが、今後は同じ羽柴家の者としてよろしく頼む」
「あ、ああ、こちらこそよろしくお願いします…」

言うだけ言うと三成と同じように陣を出てしまった吉継。三成のもとへ向かったのだろうか。ていうか噂のってどういうことだまさかみんな中国で俺のこと噂してたのか?変なこと言ってねえだろうな。まあ吉継の様子を見る限りそんなに変な様子でもなかったから、名前くらいは知られていたのかもしれない。

…ん?ちょっと待った。さっき吉継なんて言ってたっけ。あいつが一番気が気ではなかった的な…

「お待たせいたしました秀吉様。全軍、いつでも出陣可能です」
「!」
「よっしゃ!ほな、まずは要である天王山を押さえるで!」

おおおおおお!!というヤル気満々の雄叫びを上げて次々と出陣していく兵士たち。そうかもうそんな時間か。

「っしゃああああ!行こうぜ清正ぁ!からす殿ぉ!」
「久々に三人で手柄争奪戦だな」
「病み上がりだからお手柔らかに頼むぞ」

さっきとはうってかわってイキイキとしている正則と清正に続き、俺も双剣を手に陣を出た。今回のミッションは羽柴軍の完全勝利である。

待ってろよ光秀、本能寺のリベンジマッチだ。




190111


|