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石田三成という男は、知り合って年数の短い俺でも分かるほどに不器用で意固地で空気の読めない、けれども真っ直ぐな男であった。性根の腐った人間は山ほど見てきたが、そういった類いの人間ではない。ただその難しい性格のせいか人付き合いが壊滅的に下手で、敵も作りやすい人間なのだろうと思う。清正、正則といった秀吉様の子飼いや他の将との関わり方を見る限り、お世辞にも友が多いという男には見えない。いたとしてもそれはあいつの性格が気にならないほどの鈍感な者か、もしくはそんなあいつを放っておけないお人好しか変わり者くらいだろう。

恐らくその変わり者の部類に入っているのであろう俺は、今日もいつものように忙しなく戦支度に取りかかっている三成のそばにいた。いつもと違ったのは、天地が引っくり返るほどの衝撃的な報せが届いたことと、それを聞いたあとの三成の様子がおかしいことだ。たしかにあの信長が光秀に裏切られ討たれたという話はにわかに信じがたいし、あまりにも唐突すぎただろう。しかし、三成の着目点はそこでは無い気がする。信長自身にそこまでの関心を抱いていたとは思えないのに、驚きこそすれ、あのように顔を真っ青にして狼狽えるだろうか。秀吉様が直々に話をしたおかげか今は落ち着き、それでも苛立ったように兵士たちを誘導している。伝令を聞いた当初は近くの馬を引っ張りすぐさま一人で京へ向かおうとしたくらいだ。普段は顔色ひとつ変えずに淡々と将や兵士に指示を出すあの三成がそれほど取り乱すとは。心配になると同時に、少しだけ興味が湧いた。

「三成、焦るのは分かるがもう少し落ち着け」
「俺は落ち着いている」
「ならちょっとは休めよ!お前あれからずーっとあちこち走り回ってんじゃねえか!叔父貴も心配して…」
「疲れてなどいない。俺は平気だ。それより貴様らも無駄口を叩いていないでさっさと帰り支度をせよ。一刻も早く京へ向かわねばならんのだぞ」
「…そんなに心配しなくても、からす殿ならきっと」
「あいつが俺を置いて死ぬわけがないだろう!!」

分かったらさっさと行け邪魔だと怒鳴り散らされ、清正たちはまだ何か言いたげだったが口をつぐんで三成から離れた。あんなに大きな声で怒鳴る三成は戦以外では見たことがない。清正や正則だって、普段ならさらに激昂して言い争いがさらに加速していたことだろう。そして秀吉様かおねね様がやって来て強制的に仲直りをさせられる。それがいつもの流れだったはずだ。あの二人でさえ言い淀んでしまうほど、気を遣ってしまうほどの事だというのか。

「…からす殿とは何者だ?」
「吉継…」
「…俺たちのもう一人の家族だ。わけあって、中国攻めの前に信長のところに身を置いていた」
「なるほど…それが三成が言っていた、故郷に残してきた女か」

二人を追いかけ話を聞いてみることにした。からすとはまたおかしな名前だなと思ったが、そう考えれば三成のあの焦燥具合にも合点がいく。しかし、二人は俺の言葉に首をかしげていた。

「女?何を言ってる、からす殿は男だ」
「そうだぜ、もうめっっっっちゃくちゃつえーんだ!な、清正!」
「ああ。俺たちのお師匠様でもあるし、兄貴分のような方だ。武芸に秀でていて、その才を買った信長に一時的に引き抜かれていた」
「そうか…そして今回の報せ…共に討たれてしまったのではと考えてもおかしくはないな」
「…きっとお前ももう知っているだろうが、あいつはひどく不器用なやつだ。小さい頃から一緒にいた俺たちでさえ手を焼くほどの意地っ張りだし、仲間内でも孤立しがちなやつだ」
「そうそう!しかも頭と顔だけはいいからそれが余計腹立つんだよなァ!」
「馬鹿、お前のそれはただの嫉妬だろ……とにかく、秀吉様やおねね様のように、そんな三成を理解した上でそれでも真っ直ぐ付き合っていたのが、からす殿だった」

からす殿。なるほどな、大事な理解者の一人であるその男を相当慕っているということか。

「昔はそれほど気にならなかったが、今思えば三成が一番べったりだったからな。無駄に小言を告げに行ったり、学を積めと強引に連れ回したり…最初は気に入らないのかとすら思っていた。翌々考えれば不器用なあいつなりの甘え方だったのかもしれん」
「ふっ、あの三成が…想像すると面白いな」
「いやいや笑い事じゃねーよマジですごかったんだって!お前からす殿のことどんだけ大好きなんだよって感じでよォ、ガチで!」
「…そんなからす殿が、そう簡単にくたばるとは思えない。だからあいつもすんでのところで踏ん張って仕事に集中してるんだろう」

俺たちも早く支度をしようと二人はその場をあとにした。

三成のことをよく理解している上で真摯にやつと接するからす殿。そんなからす殿のことが、正則曰く大好きな三成。まだ顔も知らない御仁ではあるが、あの三成と上手く関係を築けていて、それどころか甘えられる場所でもあるのだ。きっととんだ変わり者に違いない。しかし、性別が男だというのであれば今朝話した“故郷の好い人”とは無関係だったということか、それとも…

少しだけのつもりが、話を聞くうちにとても興味が湧いてしまった。京で会えるように、そして三成の調子が元に戻るよう、俺も彼の人の無事を祈ろう。





190109


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