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それは天下の大悪党、松永久秀が信貴山城と共に自害した日から少しした頃の事だった。秀吉と共にその戦に参加していた俺だけでなく、子飼いトリオである清正、正則、三成もセットで信長のいる岐阜城に呼ばれたのである。なんだろなんだろ、頑張ったからご褒美くれんのかな。でもそれなら子飼いが来る意味がわからんしな。

それにしても悪党はやっぱり悪党だったわ。生で見てもほんと笑っちゃうくらいぶっ飛んだオッサンだったもん。あんまり絡みなかったからなんとも言えねえけど、まあ、最期は信長の手じゃなくて自分で自決できてよかったなと。俺ですか?俺はもちろん秀吉のそばでえんやこらしてましたよ〜ゲームだったらサクッと殺ってただろうけどな。冗談ではなくマジで出来るのが今の俺のすごいところである。その気になれば天下統一も夢ではないのかもしれないが、神様との約束があるのでそういうわけにもいかない。まあ松永のオッサンと違ってそんな野望ねえしな。とりあえずは秀吉の天下統一に全力を注ぐだけだ。

そういうわけで、そろそろ信長にも本能寺と共に消えてもらわねえといけないわけだが。




岐阜城到着後、蘭丸に連れられて信長のいる部屋へ。中には信長だけでなく勝家や利家、光秀などなど、俺レベルでも分かる武将達が鎮座していた。こっわ。謎のプレッシャーよ。秀吉は首をかしげつつも落ち着いて信長の前に座る。清正と正則ほどではないが少しビクつきながら俺も秀吉のそばに座ると、二人も同じように静かに座した。三成は…落ち着いているように見えるが、どうだろう。ひょっとしたら内心ビビってるのかも知れねえけど、それを他人に悟らせるような奴ではないもんな。

蘭丸が信長の近くに座ると、魔王はようやくその口を開いた。

「サル。此度の中国攻め、うぬを指揮官に命ず」
「は、ははーっ!このサルめにお任せくだされ、必ずや成し遂げてみせましょうぞ!」

一瞬呆けていた秀吉だったが、慌てて頭を下げていた。なるほど中国征伐か。となるとしばらくあっち方面に遠征…いや待てよ、たしかその間に本能寺の変が起きて、秀吉はそっから大返しするから…不味いなこれもし本能寺でなにかイレギュラーなことが起きたら対処できねえぞ。でも秀吉と一緒にここに呼ばれたってことは俺も中国に行かされるってことだろう。本能寺の変が起きた正式な日にちとか知らねえから事前に戻ろうにも手遅れだった場合どうすることもできなくなる。どうしよう。おねね様に相談して俺だけ長浜城で留守番するとか?でもその理由を尋ねられたら答えられない。どうしたものか。本能寺の変が滞りなく完了してくれれば最良なんだけど、どうなるかはその時が来るまでわからない。俺が転生しちまったせいで何かしらおかしなことが起きてもなにもおかしくないのだ。そしてそれを食い止めるために俺がいる。なんとも矛盾した話だけどな。出来るだけ有名な戦には参加しとかねえと後が怖い。

「では、この四人はわしの側近として…」
「そこの烏天狗は、信長が預かる、ぞ」
「!」

信長の言葉に顔を上げたのは俺だけではなかった。三成も同じように驚いた顔をしている。今まさか俺のこと預かるっつった?な、なんだってー!いやまあ今後のこと考えると願ったり叶ったりではあるんですけど急すぎるというかなんというか…ごにょごにょ…

「の、信長様、それは何故…?」
「先の信貴山城での戦、その者の働きが一際目を引いていた故よ。名をからすと申したな」
「……はっ。羽柴家家臣、からすと申します。信長様にそのようなお言葉を頂き祝着至極にございます」
「からすよ…うぬはサルのそばを離れ魔王のそばで舞うのが不服、か?」
「…まさか。私はしがないただの若武者にございます。舞えと仰せられるのであればいかなる地獄へもお供し、信長様のお気に召すまま舞うといたしましょう」

秀吉の心配そうな視線が刺さる。秀吉だけじゃねえな、清正とか正則も少し不服そうだ。心配してくれてんのかな。それなら嬉しいな。

俺の言葉にどことなく満足そうに笑っている信長に、ただ、と続けた。

「私はあくまでも秀吉様の飼い烏。果てる場所は主のそばのみと決めておりまする」
「…命の危機に晒されれば、この信長さえも捨て置くと申すか」
「そういうことになりますな」
「なんと無礼な!」
「っ、」

淡々と答える俺にぶちギレた蘭丸が刀を抜いた。しかしそれよりも驚いたのは、同じタイミングで清正と正則が俺の前に飛び出してきたことだ。それだけじゃない。信じがたいことに、あの三成までもが俺の腕を引き隠すように包んでくれている。ここにきて三成がデレたーーー!!!じゃなくて、ちょっと調子乗りすぎた?ピンチ?勝家とかもちょっと怒ってない?間違いなくピンチじゃない?すまんて…でも俺マジで本能寺でも殉ずる気なんかさらさらないからね。蘭丸がおるからそれでええやん。見逃してくれや。

「…うちの者の失言は俺たちが代わりに詫びます。だから刃をお納めください、蘭丸殿」
「からす殿だって悪気なかったんすよマジで!そんだけ叔父貴が好きだってことだよな!?」
「清正殿、正則殿…」
「たしかにこちらが無礼を働いたことは謝罪すべきです。しかし、一時の感情に任せて信長様に認められるほどの武芸を擁する人間を斬り捨てたとあっては、他でもない信長様本人の名に泥を塗りかねぬ行為ではないでしょうか」
「なっ、」
「悪意の有無に関わらず非礼を詫びるべきは間違いなくうちのからすでしょう。ですがそちらも小姓にあるまじき短絡的な行動は慎まれるべきかと」

う、うおおおおおお…遠回しに「この若輩者が」っつってるのが副音声で聞こえる…ヒエエ…しかしこんなにも三成が味方でよかったと感じた日があっただろうか。俺なら間違いなく心折れて泣いてるわ。もしくは秒速で叩き斬ってるね。恐らく三成もそれが狙いなんだろう。俺から自分に注意を逸らすためにわざと挑発するような物言いをしている。それくらい気付かない俺ではないぞ。

しかしたしかに俺も少し調子に乗ってしまっていた。せっかく秀吉が指揮官に指名されたのに空気悪くして無かったことにされたらそれこそ歴史改変に繋がるかもしれない。三成の腕をすまんとやんわりほどき、清正と正則にもありがとうと小さく伝えた。そのまま深く頭を下げる。イエスジャパニーズドゲザ。

「…出過ぎた物言いでありました。申し訳ございません」
「ククク…よい、許す。お蘭、うぬも刀を納めよ」
「…はっ」
「サル」
「はっ!」
「良き家臣を持ったな」
「…本当に、皆、わしには勿体ねえ大事な家族です」

秀吉の言葉にまた少し笑った信長は、蘭丸と共に部屋から出ていってしまった。た、助かった〜…とりあえずしばらくは織田さん家でお世話になるってことか。蘭丸と絡むの怖いけどこれも本能寺までの辛抱だ。頑張れ俺。

しばらくして他の家臣連中も部屋を後にしたので、必然的に俺たち五人だけになった。別れの挨拶をする前に謝っとかねえと。

「…秀吉様、先ほどは」
「ええんじゃ、気にすんな。普通に嬉しかったしのう?」
「……三人にも迷惑をかけた。すまない」
「いいっていいって!それよりからす殿さあ、マジでここに残んのかよ。せっかくもうすぐ俺たちの初陣だってのによォ」
「今さら信長様の言葉に異を唱えられるとは思いませんが、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、私なら平気だ。二人こそ張り切りすぎて空回りしないようにするんだぞ。私も落ち着いたらすぐに合流するから」
「合流する前にヘマをして今度こそ斬られないよう今後は言葉遣いに気を付けた方がよろしいですよからす殿」
「三成殿に言葉遣いについてとやかく言われるとは思わなかったなあ心遣い痛み入るよそちらこそ私がいないからといって他の家臣や他所の家臣に対して無礼な物言いをせぬよう気を付けるんだぞ」
「余 計 な お 世 話 で す」
「こ ち ら こ そ」

清正と正則と秀吉にはほんと大感謝だし守ってもらえたことに関しては感動すらしたけどこ〜〜〜〜〜〜〜いつだけはほんと可愛くねえ〜〜〜〜〜〜さっき俺を庇ってくれた三成と同一人物?ほんとに?影武者とかではなく?しかししっかりと言い返せる辺り俺も成長したのではないだろうか。嬉しくねえ。

お互い頑張ろうなと言葉を交わし、やがて秀吉たちも部屋を後にした。俺も改めて信長にちゃんと話聞きにいかねえとなあと部屋を出ようとしたら、ひょっこり顔を覗かせた三成が俺を部屋へ押し戻す。びっくりするから急に出てくるのやめて。軽くヒエッつったから俺。

「なんだどうした、寂しいのか?」
「黙れ。本当に大丈夫なのか確認しに来ただけだ」
「だーから大丈夫だって。ちょっと怖いけど多分たまにおねね様が様子見に来てくれるだろうし、なにもずっと城に籠りっきりってわけでもねえだろうしな。そっちに加勢させてくれることもあるだろうよ」
「……危険を察知したらすぐに逃げろ。相手は魔王だ。いくらお前でも、簡単に出し抜けるはずがあるまい」
「別にケンカ吹っ掛けるつもりもねえし平気だよ。まあさっきのはちょっと失言だったけど…からすの時は死ぬほど猫被ってるから大丈夫大丈夫」
「………」
「信用なさ過ぎわろた…ま、お前らこそもう初陣なんだろ?秀吉様に良いとこ見せようって張り切りすぎんなよ」

いや待てよ、三成はまだだっけ?よく覚えてねえや。まあ別に何十年も会えなくなるわけじゃないしな…あれかな、また俺が忘れるとでも思ってんのかな。いや〜さすがにもう忘れねえよ着実にゲーム時のビジュアルに近付いてるもんこいつ〜綺麗な顔してやるじゃないですか〜。

脳内でふざけていたら、不意に右手を掴まれた。そのまま自分の頭に持っていったので思わずは?と溢してしまったが気にせず俺の手を頭に押し付ける三成。なになになに、新しい遊び?黙ってるから怖い。まさかとは思うけど、え、もしかして、頭撫でてほしい感じ…?嘘でしょ…?恐る恐るわしゃわしゃと撫でてみると、されるがままでいる三成に頭を抱えたくなった。なにこいつ今日は100年に一度のデレ日?今日だけ佐吉きゅん?そんなに寂しいの?

「………えっと…お、お気に召しましたでしょうか三成様…?」
「ふん」
「ハア?」
「精々励むがよい。役立たずが援軍に来られても困るのでな」

いや武働きならお前の百倍は動けるわ!!!!と叫びそうになったが堪えた俺は本当に大人だと思う。いや大人だ。本当に大人。マジ大人。あと、ふんと鼻で笑ったわりには嬉しそうな三成に免じて黙って流しておいてやろうと思う。素直じゃないやつめ。

さて、本能寺の変までぼちぼち頑張るとするかあ。





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