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「もうそれ恋じゃん」

なまえはきっと何の気なしにそう言ったのだろう。俺はもう何年もずっとずっとお前に恋をしているぞと、言葉にはせずに答えた。

長浜城では会えなかったなまえと、城下町でまた再会できた。喜ぶ間もなく連れて行かれたのは前に行けなかった甘味処。よかった、ここはなにも変わっちゃいなかった。しかし安堵する間もなく告げられたのは会うためだけに城に来るなという素っ気ない言葉だった。話すうちに事情はわかったし、代わりに提案された条件も悪くはないものだったのでとりあえずは納得しておく。

「まあもう会えないんだけどな」

饅頭を食む口が止まった。恋仲である女が“いた”。過去形であるそれに少なからずほっとしたのに、どこか遠くを見つめて寂しげに笑うから、胸がひどくざわつく。そんな顔知らない。純粋に見たくないと思ったのか、それとも、こいつにそんな表情をさせる顔も名前も知らない女への嫉妬なのか。このご時世二度と会えなくなるということは死別か、もしくはどこぞの大名にでも見初められて嫁いでしまったかだろう。深く探るつもりはないが、無性に苦しくて仕方ない。理由なんざ分かりきっている。もう会えないと分かっているくせに、未だその心に巣くっているのであろう女が憎い。誰かを想ってそんな顔をしないでほしい。いやだ。見たくない。

ほとんど無意識に伸ばしていた手はなまえの頬に触れていた。温かい。ようやく表情を崩したなまえに適当に言葉を並べて誤魔化すと怒って弾かれてしまったが、その後いつものヘラヘラ顔を晒していたのでまあよしとする。次いで今後いつ会うかの話になり、素直に毎日会いたいと言えば今度は頭を叩かれた。なぜだ。せっかくまた同じ領土で過ごしているというのに。そこでふと出てきたのが、あの男の顔だった。

「……三成に何か言われたのか」
「へ、」
「さっきお前も自分で言っていただろう、俺と三成が険悪になっていたと」
「あー、まあ言ったけど…別にあいつからは何も言われてねえよ」
「………」
「な、なんだよその目…ほんとだっつの」

す、と逸らされた目はやはり何かを隠しているようだった。初めて会ったあの日以降も秀吉と共に秀長様の屋敷にやって来るので度々会うことはあったが、その都度何か言葉を交わすわけでもなく、ただ黙って睨み付けてくるから俺もそれに応えて睨み返すの繰り返し。きっとなまえとの件で気に入らないことがあるからだろう。そんなもの知ったことではないが。

「…まあいい。それより、あいつとは一体どういう関係なんだ?」
「どういう…?」
「ただの腐れ縁というわけではなさそうだったのでな」
「…なんだろうな、幼なじみというか…ちっちぇえ時面倒見てたっていうか…」
「そんな昔からの仲なのか?」
「そうだなあ、それこそあいつがまだ4歳とか5歳くらいの時から兄貴分として一緒に遊んでた気がする…でも、10歳くらいの時にあいつが故郷を離れて移住しちまったから、それ以降はまったく音沙汰なかったんだよ。再会したのは去年くらいだったんだけど、最初あいつが三成だって気付かなくてさあ。未だに根に持ってんだよな忘れてたこと…こわぁい…」

苦笑いしながらそう言ったなまえは最後の串団子もすっかり平らげそのまま茶を啜った。なるほどな、幼い頃から兄のように慕っていたなまえへの想いが、会えない間に歪んで拗れてしまったのだろう。そうなるとあの執着具合も頷ける。

問題は、その三成の気持ちをこいつが知っているのかどうかだ。

「…ずいぶんなつかれているようだな」
「はあ?お前…城での俺とあいつのやり取りを知らないからそんなこと言えるんだよ…そりゃまあ子どもの頃はめたくそに可愛かったけど…」
「なんだ、今は違うのか?」
「俺はまあ昔と変わらず接してるんだけど、あいつ、何なんだろうな…思春期?反抗期?わかんねえけどすごい辛辣だぞ。なまえ兄さんは悲しいです」
「…そうか、それは残念だな」
「思ってねえだろ」

あれほど分かりやすく態度で示しているのに本人はまったく気付いていないらしい。もしくはなにか意図があって悟られないようわざときつく当たっているのか?思い返せば前に町で会った時もえらく高圧的な態度でなまえに接していた気がする。理由があるのかは分からんが三成はなまえ本人に知られないようにしている。そしてなまえも当然のように気付いていないし、むしろ自分には好意的ではないとすら思っている。

どういうつもりなのかは知らんが、そっちが何もしないというのであれば遠慮なく掻っ攫わせてもらうぞ。俺が知らないなまえとの時間なんてすぐに埋めてやる。しかしそのためにはまず、俺ももう少し行動せねばならんようだ。

「適当なことばっか言いやがってよー…んっ?」

ぐっ、と口の端に付いていた団子の蜜を拭ってやった。きょとんとするなまえに見せつけるように、親指に付けたそれを舐めとる。他所の席から小さな悲鳴が聞こえた気がするが、目の前の男は呆れたように目を細めるだけだった。

「…付いていたぞ」
「あー、どうも…?」
「なぜ疑問形なんだ」
「ムカついたから」
「は?」
「まんまとダシにされた…これだからイケメンは…」

ぶつぶつと謎の恨み言を吐くなまえ。少しくらい動揺すればいいと思ったがてんで効果なしだったようだ。これは骨が折れるなと苦笑いした。まあいいさ、生き続ける限り時間は山ほどある。これからもお前が振り向くまで、そして振り向いた後もずっと、呆れるほどに付き合ってもらうからな。

もう一度舐めた指はもう蜜が付いていないのに、心なしか甘く感じた。





190107


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