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やって来たのはおねね様の部屋だった。初めて入るなあ清正にバレたら殺されるなあなどとどうでもいいことを考えながら敷かれた座布団の上に座る。ふかふかだ。対峙する形で座ったおねね様はどこか穏やかな顔をしていたので少しだけ驚く。てっきり隠し事をしていたからいつものお説教がくるものだと思っていたのに。

「…あたしが知ってるのは本当にちょっとだけだよ」
「!」
「三成と昔っから仲良しだってことと、家族思いのとってもいい子だってこと」
「……いつから、知ってたんです?」
「姉川での戦いでうちの人を助けてくれたでしょう?その時から、少しだけ調べてたの。黙っててごめんね?」
「そんな昔から…」

そうかそんな初期から知られてたのか。まったく気付かなかった。常人ならある程度近付くと気配を察知できるけど、忍びともなるとそうもいかないってことだ。この城で初めて会った時に察することが出来たのはきっと本気で気配を消していなかったからだろう。忍びってすげえな。となると、半蔵とか小太郎とかにも既に知られてるとか?いやでもまだ接点一切ないから大丈夫か。くのいちは…素顔の時に会ったけどもう忘れてそうだな。めっちゃ子どもだったし、三成ほど構ってやったわけじゃねえし。

もうすでに知られているなら意味はねえなとお面を外す。クリアな視界に映るおねね様はやっぱり穏やかに笑っていた。

「…うちの人を騙すような悪い子だったら、すぐにお説教して追い出してたんだけどね」
「……おねね様の判定で、俺は悪い子ではなかったと」
「最初はもちろん疑ってたよ?でも、清正も正則もすぐになついてたし、うちの人もあなたみたいな若い子に騙されるほど甘い人じゃない。それに何より、あの三成が大好きな子だもん。悪い子なはずないよ」

えええええ…まさかここで三成の恩恵にあずかるとは…いや別にマジで裏切ってるとかそんなことはないんだけども。しかしあいつのおかげですべてを知っているおねね様がそれでも俺を放置していてくれたことは事実。

「…けどやっぱり三成が俺のこと好きっていうのは納得できねえ…!」
「えっ、どうして?あの子にしてはすっごく分かりやすいと思うんだけど…」
「いや、その、俺だってあいつが素直になれないひねくれ小僧ってのは重々分かってるんですよ?それに死ぬほど嫌われてるとまでは言わないです。言わないですけど…あいつ…ううううん…好きとかそういうんじゃなくて都合よく言うこと聞いてくれる駒ぐらいにしか思ってない気がする」
「そんなことないよ!多分あなた以外のみんなはよーく分かってると思うなあ」
「うそだあ」

頭を抱えて唸る俺とは裏腹にからからと笑うおねね様。彼女の言葉を疑う気はさらさらないけれども三成はマジで俺のことそんなに好きじゃないと思う。嫌いではないけど大好きではないと思うぞほんとに。未だに時々ではあるけど俺があいつを忘れてたこと引っ張り出してくるからね。しつこすぎワロタ。

「…まあでも、おねね様が言ってくれた通り、俺はここを裏切るつもりなんか毛頭ないし、信頼してここに置いてくれる限り秀吉様やみんなの為に力を使います。そこだけは信じてほしい」
「もちろんだよ。でも、よかった。あなたの口からちゃんと聞きたかったの」
「そうですか…でも、今後もおねね様と三成以外には正体は明かせません。ごめんなさい」
「…その理由は教えてもらえない?」
「……ごめんなさい」
「そう…ちょっと寂しいけど、わかった。あたしも秘密にしておくよ。いい?からすもなまえも、もう立派なあたしの子なんだからね。何かあったらすぐ言うんだよ?」
「…はい。ありがとうございます」
「うんうん、やっぱりいい子だね!」

手をついて頭を下げると、その頭を優しく撫でてくれた。ま、ママァーーーー!!!そら清正もねねコン拗らせるわ今同じ立場になってようやく痛感した。プレイ中すっげえ馬鹿にしててごめんなおねね様の包容力マジでやべえわほんとごめんな。一生甘えたくなるお母さん力に全俺が泣いた。

しかし冷静に考えると、生存確率的な意味でこれはかなり有利になったかもしれない。三成だけでは心許なかったのは事実だし、おねね様が事情を知ってくれているならそれだけで他所の秀吉より下の武将からは守ってもらえるし、秀吉本人からの追及も封じてくれるだろう。まあ秀吉はそんなことするようなやつじゃなかったけど。そう思うと恵まれてるなあ俺。これは本腰入れて秀吉支えていかねえとなあと改めて決意した。








「…ということがあったんですよねえ」
「なぜ高虎が来ていた時点で俺を呼ばなかったお前は本当に本当に本…当に馬鹿なのか?馬鹿なんだな?」
「いや違うて。俺だって探しに行こうとしたけどその瞬間におねね様が…というかむしろお前の方こそ何してたんだよああいう時にこそ俺のそばにいてくれなきゃいけねえのに!肝心な時に離れてちゃ意味ねえだろ!」
「……そこまで言うなら、やはり四六時中そばで監視しておく必要が」
「いや!そうなると三成様のお仕事の邪魔にもなりますので!そこまでしていただかなくても大丈夫かと思われます!」

おねね様との対談後に見つけた三成に嫌味ったらしく今日の出来事を伝えたらとんでもなく不穏な提案をされかけたので丁重にお断りしておいた。今度こそ俺の胃が死ぬ。

「…しかし、そうか、おねね様が…」
「まあ忍びだもんな。むしろ気付かない方がおかしいかなって」
「……からすのまま高虎に見つかっていたら、どうするつもりだったのだ」
「は?んなもん殺される前にドロンして実家に逃げ帰るつもりでしたよ」
「…本当に馬鹿だな」
「アアン!?」

ふんと鼻で笑った三成に思わず俺の中の正則が出てきてしまった。しかしそれを無視してすたすたと歩いていったのでさらに腹が立つ。おねね様見てますかー!やっぱりあいつ俺のこと大好きじゃないと思いますよー!見てますかー!

なんかもう今日は疲れたから部屋に引きこもっててやろうかなあ。うん、そうだな。そうしよう。そんな俺の思惑に気付かずにそのまま歩いていく三成とは真逆の方へ足を進めた。







「…逃がしてやるわけがないだろう」

本当に馬鹿だな、お前は。





190102


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